奥銀座とおじさんの思い出|編集者・池田園子

ライター紹介

池田園子
池田園子
フリーの編集者/記者。女性向けメディア「DRESS」編集長。著書に離婚経験後に上梓した『はたらく人の結婚しない生き方』など。プロレスが好きで「DRESSプロレス部」を作りました。

ふた回り年上の男性と

女将と目が合ったとき「私も共犯者よ。ふふふ」と心の声が聞こえた気がした。

奥銀座の「鳥福」。お座敷席で対面しているのは、ふた回り以上年上の男性で、その日は3度目の来店。1度目も男性、2度目も男性。微笑みながらも、相手を鋭く射抜くような女将の目に見つめられると、別にいけないことをしているわけではないが、ドキリとしてしまう。

鳥福をリピートする理由は主に2つある。自宅からすぐの立地にあること、ふわふわな「つくね」を突然食べたくなること、以上。女性限定で自家製梅酒が1杯サービスされることも、魅力のひとつ。

さて、件のおじさんは「渋い店を選んでくれたねぇ」とご満悦の様子。昭和の風情を醸し出す焼鳥屋をいくつか知っておくと、おじさんをお連れするときに重宝する。他にも奥銀座「さくら家」や茅場町「鳥徳」など、今宵は渋く過ごそうというときのための店をいくつか押さえてある。

西を去ったら人生が変わった

東京の西から東へと移り住んで10ヶ月。結婚していた頃、三軒茶屋に住んでいた私は、自分が銀座を少し湾岸沿いに入った奥銀座エリア・新富町に引っ越すとは想像していなかった。

物件探しを始めた当初は、エリアを西だけに絞り込んでいた。祐天寺や荻窪、高円寺あたりを中心に探すも、ピンとくる物件は皆無だったのだ。

そんななか、妹から新富町周辺を絶賛され、なじみのないエリアながらも、目を向けてみることにした。新しい世界を見ようと。

なじみの不動産営業マンに案内された物件は、新富町・八丁堀の両駅に近く、築10年弱で綺麗だった。収納スペースも多く、独立洗面台もある。決して広くはない1DKだが、女ひとり、再出発するには適当な物件。即決した。

新富町での新生活から2ヶ月後、離婚が成立した。軽やかなひとり身に戻ると、様々な変化が起き始めた。好ましい出会いや再会に恵まれたり、あっさりしたつながりだった人と急に仲良くなったり。

ワインと日本酒が幅広く揃う、奥銀座の隠れ家「蔵葡」

前出のおじさんとも友達になった。

彼は映画に精通している。何か“お題”を出すと、観るべき作品をキュレーションしてくれる。「アラフォー女性向け媒体で仕事をしているから、彼女たちの気持ちを理解できる作品を」と告げると、デヴィッド・リーン監督の『旅情』をセレクトしてくれた。

決して趣味とはいえないが、映画は好きだ。しかし、いわゆる名作を観ることをサボってきた私は、その道に詳しい方々が厳選した「これだけは観ておけ」という作品を押さえて、ショートカットしたいと考えている。時間は有限だし、遅れを早々に取り戻したい。

だから今は知を授けてくださる、ずいぶん年上の方とも意図的に関わる。自分もいつか文化的素養のある「面白いおばさん」になって、うっとうしがられない程度に、若い人へ知を授けてあげたいと思う。そうやって恩返しは循環していくのだ。

おじさんとの2回目の食事会は、中央区役所裏にあるワインバー「蔵葡(kurabuu)」へ。日本ワインが充実した店だが、而今や新政、獺祭、九平次など日本酒も数多く取り揃えるバル風の店。ただし、私はあまりお酒が強くないので、料理重視である。

1皿目は「アボカドアイスが乗ったタップリ野菜ボウル」(880円)を。もりもりの葉物野菜の中に野菜チップスが混じる。上にどっさりのったアボカドアイスは、こっくりとしていて、口の中を冷たいアボカドがとろけていく感覚。

2皿目は「季節野菜のタップリ山椒あんかけ」(1,280円)。贅沢にゴロゴロと入った根菜に山椒が絡んで大人な味わい。

メインは「3種の肉の盛り合わせ」(2,580円)。おじさんは食欲旺盛な私を眺めて「いい食べっぷりだね! いいね!」と喜々としているけれど、あなたもけっこう食べてるから、なかなかいいよ。私はたくさん食べる男性としか、デートしないと決めているから。

「手を引いてくれない」という飛び道具

店を出て、新富町駅に向かう。道すがら、おじさんは「手を引いてくれない?」と言ってきた。 こちらの手を突然つなぐでもなく、「手つないでもいい?」と許可を取るわけでもなく、「手を引いて」とは恐れ入る。

この「じいさん感」は30〜40代の若者にできる芸当ではないと感心し、すぐに手を引いてあげた。手を引くという言葉に忠実に、私が彼の3歩前をゆき、先導する形だ。

無事に駅まで送り届け、夜風に当たりながら、ひとり家路を歩く。男の人と手をつないで(厳密には手を引いて、だが)外を歩いたのはいつぶりだろうか。元夫と仲が良かった頃だから、半年以上前ではないか……と残念な記憶が蘇る。

人の手って温かいなぁ。ときめく相手と手をつないで、昼間の東京を散歩してみたいなぁ。おじさんのおかげで、恋愛スイッチがオンになった。季節が変わろうとしている頃だった。

・この記事の前編はこちら!
月一度、奥銀座で密会を。

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