いよいよ夏本番。ビールが美味しい季節! とよく言われますが「正直、そんなにビールが得意じゃない」なんて方も実は多いのではないのでしょうか?
でも実は、日本で飲まれているようないわゆる「生ビール」はビールの中でもごく限られた一部の種類だけ。本当のビールにはもっと種類があって、もっともっと「自由」らしい……
その象徴が、最近よく見かける”クラフトビール”。
クラフトとは「手作り」という意味なのですが、ちょっとユニークなものが多いと思いませんか?
代表的なもので言えば「よなよなエール」とか「水曜日のネコ」など、つい手にとってみたくなるネーミングやパッケージに新しさを感じますよね。
どうやら味も形も名前も自由だというクラフトビール。
銘柄の名前を入り口にしてみたら、ぜんっぜん違うビールの知らない世界が見えてくるかもしれません。
醸造からサーブまで、全部北千住で。「さかづきBrewing」金山さんに質問!
お話を伺いに訪れたのは、北千住にある「さかづきBrewing」。
店内横のスペース(写真左部分)にてビール醸造を行う、正真正銘の「クラフトビールブルワリー(=醸造所)」です。
お店を切り盛りしているのは、元アサヒビール社員の金山尚子さん。
「大学院でも微生物の研究をしていたんです」と話す金山さん、醸造やビールへの愛は筋金入りです。時にはビールの原材料を自分で収穫することもあるんだとか。
金山さんの左後ろに見えるのはビールタップ。横の醸造所で作られた何種類ものビールがここでサーブされます。
名付けの極意、虎の巻をきく
そんな金山さんが丹精込めて作っているクラフトビール。
金山さんの作るビールは色も味も本当に多種多様です。グラス選びも香りやおすすめの飲み方に合わせているんだとか。
そして名前も様々。写真のビールは、左から『秘密基地』、『月の杯ヴァイツェン』、『煙月ブラウン』、『夏祭りスタウト』。
なんて風流なネーミング……。
彼女にとって名付けとは、いわば”最後の送り出し”なんだそう。
「やっぱり造る過程で思い入れの強いこは、名前もすんなり決まることが多いです。でも最近はだんだん難しくなってきて、決まらない時は開店5分前まで悩んでいることも結構あります(笑)」
名前つけのインスピレーションは、だいたい3タイプに分かれるんだとか。
一つ目は、”こんな風に飲んで欲しいな”というイメージからくるもの。
たとえば、今年3月ごろに出していた『居待月』は、「夜が更けるのを待ってから登ってくる月のように、ゆったりと飲めるように」という思いからつけたそう。
二つ目は飲んだ時の印象を言葉で表現したもの。
『小春ホワイト』というビールは、その明るく華やかな色とオレンジピールの香りが「まるで寒い冬の日々の中に、ホワっと感じられる小春日和みたいだから」という理由。
そして最後は使っている材料をモチーフにしたもの。
代表的なのは、グレープフルーツをフレーバリングに使用したIPA(ホップのアロマと苦味が強めのスタイル)、『フルムーンIPA』。グレープフルーツを、店名にも入っている「月」にかけてフルムーン=満月に見立てたことが由来だそう。
どれも親しみやすいネーミングで、なおかつそこに隠されたストーリーを聞くとさらに目の前の一杯へと愛情が湧いてきます。
味も自由ってどういうこと? 名前からみるビールの新たな魅力
金山さんにとって、クラフトビール作りの楽しさは「自由度の高さ」にあると言います。
とはいえ、ビール初心者には正直どう自由なのか想像がつきません。
そこで、実際にその日提供されていた4種類のビールを、金山さんの解説つきで飲んでみました。
「料理に合わせるのも大事なのですが、ビール単体に限って言えば色の白いものから飲んでいくと、麦の香りがだんだん濃くなっていくのでおすすめです」
・月の杯ヴァイツェン
まずは、さかづきBrewingの定番という「月の杯ヴァイツェン」。
店名のモチーフにもなっている「杯(さかずき)」と「月(つき)」の両方をかけあわせた思い入れも深い銘柄です。
飲んでみるとすっきり甘く、爽やかな香り!
金山さんの解説によると「甘いバナナの香り」がふんわりと感じられ、「奥行きのあるクローブ香」が後からくるそうです。聞いてからもう一度飲むと、ビール初心者の私でも確かにわかりました。
今まで飲んだことのあるビールの中でもダントツに苦味がなくて、本当にこれがビールなのだろうか…と驚きの味でした。
・秘密基地
次にいただいたのは、ベルギーやフランスの一部の農家が作っていたものが発祥の”セゾン”という種類のビール、『秘密基地』。
保存のためにスパイスやハーブが使われることも多いそうですが、金山さんはなんと自分で摘んできた「よもぎ」を使って作ったそう。
飲んでみると確かに、ほんのりハーブの香り! さっきの『月の杯ヴァイツェン』より少し苦みは強めかも。
金山さんは「少し青臭さがあるでしょう?(笑) 自分が小さい頃に、草をなぎ倒して秘密基地で遊んでいた頃を思い出すんです」と由来を教えてくれました。
個人的には、この「秘密基地」がこの日飲んだ中で一番のお気に入りでした。ハーブティーやアロマが好きな人にはおすすめです。
・煙月ブラウン
煙がかかったように霞んで見える月をイメージしてつけた「煙月」。
その名の通りスモーキーな香りが特徴的なブラウンエールです。味もちょっと苦め、大人の匂いがします。
同じスモークの香りがする燻製やスペアリブと合わせるのがいいみたい。確かにこれなら、肉料理と一緒に飲みたくなる!
さっきまでの白いビールとは全然違うどっしりした風味。だんだんクラフトビールの魅力がわかってきました。
・夏祭りスタウト
最後にいただいたのは、見るからに黒い『夏祭りスタウト』。
スタウト、は黒くなるまでローストした大麦を使ったビールのことだそう。でも、「夏祭り」の由来はいったいどこから来たのでしょうか。
飲む前に金山さんに聞いてみると、「実は夜店の定番、チョコバナナをイメージしたんです」とのお答えが。ちょ、ちょこばなな?
「実際に、スタウトにカカオ豆とバナナを漬け込んだんです。そんなに強くは香りませんが、ぜひ飲んでみてください」
“フルーツやカカオを漬けて作る”という過程が、もう世間で知られているビールのイメージじゃない!
ワクワクしながら飲んでみると、確かに少し香るかも…。
もっとたくさんビールに慣れたら、チョコバナナの香りと楽しめるでしょうか。もう一度飲んで、確かめてみたい一杯です。
色も材料も味も、全部幅があってすっごく自由! 今日飲んだ4種類は全て一瞬で判別できるくらい、本当にそれぞれ違う味わいなんです。今まで飲んできたビールは、すごく狭い範囲のものだということがよく分かりました。
ちなみに、金山さんが今までで一番成功したと思うネーミングは『白昼堂々』だそう。
ビールの出来とイメージ、名付けの全てがぴったりハマって、金山さんとしても売れ行きとしても上々だったんだとか。
私も「じゃあ、白昼堂々で」って頼んでみたい! 言いたい!
金山さんも「やっぱりビールも、"ジャケ買い"みたいに名前で売れていくこともよくあります」とのこと。
残念ながら『白昼堂々』はもうソールドアウトしてしまいましたが、人気だったものは復活する可能性もあるそうなので、これからも見逃せません。
最後に、金山さんにとってのクラフトビールの魅力をお聞きしました。
「ビールって、本当に自由なんです。他のお酒に比べて度数が低いから色んな種類を飲み比べられるし、麦芽以外の原材料も、香りづけも多岐に渡っています」
でも、最初から上手くいっていたわけではないんだそう。
「実は、お店を始めて一番最初のビール作りは失敗してしまったんです。誰が飲んでもわかるような焦げた風味になってしまって。でも、そのときお客さんが『こういうビールがあっても面白い!』と言ってくれたんですよね。それから、お店も、お客さんも、ビールも全部自由だから楽しいって思っています」
確かにお客さんもすごくラフで、色んな客層の方が集まっていました。パブには珍しく、ファミリーや女性の一人客も多いんだとか。
「名前に凝っている理由は、あまりクラフトビールに馴染みのない方にも親しんでもらえれば、という願いもあります。”ビールが苦手”っていう人にもクラフトビールなら払拭できるかもしれないので、ぜひチャレンジしてもらえると嬉しいです」
一口にビールといっても、ひとつひとつ手作りで作られたクラフトビールはその味もストーリーも本当にさまざま。
作った人の愛情がたっぷり注がれたビールの名前をきっかけにすると、今まで知らなかったクラフトビールの世界を覗き込めるかもしれません。
- さかづきBrewing
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東京都 足立区 千住旭町
クラフトビアバー
編集部注:文章中にて紹介した「ビール」は、現行酒税法上では発泡酒に分類されるものもございます。