本がなかなか売れない時代と言われている。
そんな厳しい状況の中で、絶好調に売れている本が「東京とんかつ会議」(ぴあ刊)だ。
豚肉に衣をつけて、揚げて、切ったものを食す。
庶民的だけど、ご馳走。
肉だけど、箸で食べたい。米と食べたい。
昔ながらの料理だけど、フォトジェニックで今っぽい。
そんな「とんかつ」を、これ以上なく食べつくし、語りつくしたこの一冊。実は、RettyTOPUSER PROのマッキー牧元さんが山本益博さん、河田剛さんと執筆し、RettyTOPUSER PROの大木淳夫さんが編集したという、Rettyゆかりの一冊でもある。
そこで、お二人にとんかつへの偏愛を大いに語ってもらった。
TOP USER PRO紹介
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マッキー牧元
- 株式会社味の手帖編集顧問。タベアルキスト。「料理王国」他14媒体で連載中。フレンチから居酒屋まで全国、世界中で年間600食を食べ歩く。2017年7月にRetty・TOP USER PRO就任。
TOP USER PRO紹介
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大木淳夫
- 「東京最高のレストラン」編集長を創刊より務める。他の編集作品「グルメ多動力」(堀江貴文)「東京とんかつ会議」(山本益博/マッキー牧元/河田剛)等。
なぜ今「とんかつ」なのか
大木淳夫氏(以下、大木):「この『東京とんかつ会議』。実は企画の段階から社内や書店の方々にも評判がよかったんですよ。最初はとんかつってちょっとニッチなのかもと思ったりしたのですが、みんなが好きなメニューなんだと改めて実感しました。
そもそも「東京とんかつ会議」は、今から5年ほど前にマッキー牧元さんと料理評論家・山本益博さんのお二人の想いから始まったんですよね」
マッキー牧元氏(以下、マッキー):「最初は山本さんがFacebookで東京とんかつ番付を投稿されていて、それを見て声をかけました。新しいもの、今までのものを二人でもう一度改めて捉え直してみましょうと。だから、最初は”とんかつ往復書簡”とかとんかつ文通なんて名称をつけてたんですが…(笑)
そこからグルメアナリストの河田剛さんが参加して。とんかつのお店を実際に回ってレポートをFacebookに投稿する。まさに大人の遊びという感じですね」
大木:「その投稿を、フォロワーたちがシェアしていく。フォロワーはグルメ界のインフルエンサーとも言える人たちも多くて。それでとんかつが脚光を浴び出して…。
今のとんかつブームは、まさにそのFacebookでの”東京とんかつ会議”が作り出したと言っても過言ではないですよね」
マッキー:「で、実際にとんかつ屋を調べてみたら、新しい店がどんどん増えている。
そして、やっぱりその実力を実感したのは池上の『とんかつ 燕楽』ですね。都心から離れた場所にあるお店がこんなレベルで存在している。これは都心のお店もうかうかしていられないなと」
- とんかつ 燕楽
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東京都 大田区 池上
とんかつ
大木:「レベルが上がったきっかけって何かあったんでしょうか」
マッキー:「それは豚肉が美味しくなった、ってことですね。
10数年前かな、狂牛病の影響などもあってイベリコ豚などが登場し、フランス料理でも豚肉を使うようになりました。
日本でも銘柄豚として、X豚などが出て来ましたよね。素材が美味しくなった、そこからとんかつは劇的に美味しくなったんだと思います」
「東京とんかつ会議」が定義する「とんかつ、たるもの」
大木:「"東京とんかつ会議"がとんかつ界にもたらしたものって大きいと思うんですが。まず、とんかつとは脂を食べると定義したのが非常に意義があったと思うんです」
マッキー:「脂に肉の甘い香りが溶けているんです。肉が本来持っている香りの魅力を堪能するのがとんかつの醍醐味です。だから、とんかつはロース肉であるべきだ、なんです」
大木:「そして定食でなければならない」
マッキー:「そうです。メインのとんかつがあって、味噌汁、ご飯、漬物がある。全てが自らの役割を担うために作り手が一つ一つに気を配るのが日本の和食のスタイルです。
どんな味噌汁の味なのか、ご飯はいつ炊くのか、キャベツはいつ切るのか…食べている人の気持ちを思いやって、作る。それがとんかつ定食の素晴らしさなんです」
大木:「キャベツは大事ですよね。『東京とんかつ会議』の本の中でも、各店のとんかつスコアが付いているんですが、評価項目がとんかつ自体の肉、油、衣だけでなく、キャベツ、ソース、ご飯、味噌汁、お新香となっています。
コメの種類は何か、味噌汁の具材は何か、なども詳しく表記されているのは、定食としての完成形がとんかつの美味しさに繋がるからなんですね」
マッキー:「御徒町の『ぽん多本家』、蔵前の『特選とんかつ すぎ田』のキャベツ、本当に美しいです」
- ぽん多本家
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東京都 台東区 上野
洋食
- すぎ田
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東京都 台東区 寿
とんかつ
大木:「ソースはどうなんでしょう?」
マッキー:「理想のとんかつは、ソースをかけなくてもご飯が進む、ですね。それだけ肉の力が強いということだと思います。でも、ソースも各店こだわりがあって、仕入れたものをそのまま、何種かをブレンド、調味しているものに大別できます。主流はブランドかな」
大木:「食べ方に決まりはありますか?」
マッキー:「左から2切れめか、3切れめを一口に食べるべきかな。そこがロースの芯だし、肉と脂身のバランスがいいところ。揚げたての時に、そこから食べるともっとも美味しい瞬間を逃さないと思います」
大木:「最近はその部分を返して、肉の断面を見せているお店も増えましたよね」
マッキー:「写真に映えますよね。その断面を見せて写真に撮るというのは”東京とんかつ会議”が始まりじゃないかなと密かに思っているんですけど…」
大木:「それはすごい! あの断面見せによって、とんかつがインスタジェニックメニューになって拡散していったんだと思いますよ」
マッキー:「そしてまずは、そのままご飯に乗せて、サクサクの衣をちょっとご飯に落としてから口に運ぶ。そのあと序盤は塩でいくのがいいかな。キャベツも塩で食べて、途中でソースに切り替える。
ご飯の上に溜まった衣は塩を少しかけてから、かき込むと旨い。
そんな風にどうやって食べるかを計算しながら食べ進め、理想は肉、キャベツ、ご飯、が同時に終わるというもの。そうすると、本当に幸せになりますよ」
大木:「おお、同時に終わらせられたらかなり達人ですね。ちなみに、とんかつを待っている間のお作法ってありますか?」
マッキー:「カウンターならやっぱり揚げ方を見てほしいですね。どんな風に揚げているのか、とんかつを語る要素に、やはり揚げる技術があります。
高温と低温の油の鍋を分けるところも、一つの鍋で揚げるところもある。
そして、どこで肉を引き上げるか、その見極めは本当に難しい。タイミングを見計らって油からあげて、油を切って、休ませて、どれだけ余熱で火を通すか…」
大木:「揚げる油も色々あるんですよね」
マッキー:「どんな油がいいか、それもこだわりですが、私は甘くてコクの出るラードがやっぱりいいと思っています。下手に扱うととんかつが重くなってしまう。だからすごく難しい。
味覚って実は味じゃなくて、7割が香りだと言われているんです。この香りを楽しむには油は本当に大事です」
大木:「ちなみに、マッキーさんは、とんかつで飲んだりもするんですよね」
マッキー:「とんかつで飲みます。楽しいですよ。最初はお新香だけ頼んで飲んでおいてね。とんかつ2切れくらいをビールでキューっととか。熱燗もすごく合う」
とんかつの親戚、カツカレー・カツ丼・カツサンドの極意
大木:「ちなみに、本ではカツカレー、カツ丼、カツサンドも紹介しています。これらもとんかつの仲間という位置付けでいいんですよね」
マッキー:「血縁はあるよね。だから親族という感じですが、美味しい要件はちょっととんかつとは違うなと思っています。
カツカレーはカレーが馴染みやすいように薄いのがいいなあと。またお箸を使わずフォークやスプーンを使うのが条件だから、切りやすいというかちぎれやすいものがいい。
カツ丼は薄めの揚げたてカツを、蓋を閉めて提供してほしいですね。蓋を締めることでかつとご飯が蒸らされて馴染むということもあるし、蓋を開けるというのが宝箱を開けるというか、やっぱりご馳走感がでる。
そしてカツサンドはヒレがいいんです。とんかつはロースと断言したばかりですが。ヒレの方が柔らかさがあるからパンとの食感の相性がいい。そして出来立ても美味しいけど、時間があってすっかり馴染んだものを翌朝食すのもたまらない」
大木:「ああ、あの冷えたのがむしろ美味しい。たまりませんねー」
「東京とんかつ会議」が目指す世界と未来
大木:「それにしても、これだけとんかつが注目されるようになったのは何故だと思われますか?」
マッキー:「まず第一に美味しさですね。先ほど言った通り豚肉が美味しくなって、とんかつが本当に美味しくなった。これは本当に大事。
第二に、油あるいは脂の知識が増えて、油が必ずしも体に悪いものというイメージでなくなったこと。
第三に、女性がSNSで”実はとんかつ好き”とカミングアウトし始めたこと。あれ、とんかつ好きだって言ってもいいんだという認識になって、どんどん広がったんだと思います。女性に支持されると食は強いですよね。
今もとんかつ屋に行くと、数人あるいは一人できている女性たちがいっぱいです」
大木:「なるほど。女性を味方にすると食は強いですよね。そして、これからとんかつはどう進化して行くのでしょう」
マッキー:「とんかつの未来、希望も含めて3つの方向があると考えています。
まず一つ目は、地方のとんかつ店が東京並みにレベルが上がること。
今仙台、大阪、浜松、名古屋、鹿児島には1店ずついいお店があるのを把握しているのですが、その数が増えないと全体的に伸びていかないので。東京で修行をした人たちが、地方で出店するなどしてどんどん拡大していってほしいですね。
二つ目は本来のとんかつ屋じゃないお店が、とんかつを極めて行く面白さ。
例えば、白金台のフレンチ『TIRPSE(ティルプス)』は月に一回、1週間『つかんと』というとんかつランチを出しているんです。これはもう、華やかですよ。とんかつの為に独自のソースを作ったりするんです。
- TIRPSE
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東京都 港区 白金台
フランス料理
あるいは代々木八幡の『もんじゃさとう』。Rettyグルメニュースでも紹介したのですが、もんじゃととんかつのコラボレーション!これがまたよかった。
- おそうざいと煎餅もんじゃ さとう
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東京都 渋谷区 富ヶ谷
もんじゃ焼き
こんな風に、異ジャンルの人たちがとんかつを新しく解釈して行くと、とんかつの可能性がどんどん広がっていく。
そして、最後はやはり海外進出ですね。海外の人たちに、とんかつは絶対受ける自信があります」
大木:「それはあの定食スタイルでの進出ですか?」
マッキー:「キャベツの千切りをレタスにしたりシュークルートにしたり。ちょっとした変化は必要ですけど、いけると思ってます(笑)」
大木:「『東京とんかつ会議』が『日本とんかつ会議』『世界とんかつ会議』に発展して行くんですね、きっと。それは今から本当に楽しみです」
東京とんかつ会議
山本益博・マッキー牧元・河田剛 著 1400円(税抜・ぴあ株式会社刊行)
超一流の大衆料理「とんかつ」愛にあふれた完全ガイドが誕生。とんかつ豆知識、映画の中のとんかつ、マッキー牧元さんがペンネーム露臼勝太郎(ろうす・かつたろう)として執筆したとんかつ小説も特別付録として掲載されています。