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お客によってカルボナーラが変わる?イタリアンの名店「ラ・ブリアンツァ」の噂は本当なのか

ライター紹介

池田園子
池田園子
フリーの編集者/記者。女性向けメディア「DRESS」編集長。著書に離婚経験後に上梓した『はたらく人の結婚しない生き方』など。プロレスが好きで「DRESSプロレス部」を作りました。

カルボナーラを初めて食べたのはいつだっただろう。記憶を手繰り寄せてみると、おそらく19歳のとき。気になる男性とのデートで、ホラー映画を観終わったらすっかり夜になっていた。

登場人物が血だるまになるグロテスクな場面をさんざん観て、吐き気を催した瞬間もあったのに、劇場を出たころにはお腹がけっこう空いていた。ゲンキンなお腹。

カルボナーラ愛を語る男、初めて食べる女

近くにあったカジュアルなイタリアンで適当に頼んでもらい、しっかりお腹を満たした後、その人は締めにカルボナーラが食べたい、と言う。

「僕、カルボナーラ、すごい好きなんよ」

確かこんな感じの西の言葉で、愛媛出身のその人はカルボナーラ愛を強調する。

運ばれてきたカルボナーラは、パスタの表面が薄黄色くつやつやと輝き、こんもりと盛り上がった中央に、温泉卵がどっしりと乗っていた。周りに薄いベーコンがチラチラ覗く。

「やっぱこのタイプだよな。上に卵が乗っているのがいい、生クリームのこってり感がたまらない」

その人はその店のカルボナーラを僕好みで100点だと絶賛した。

「このカルボナーラ、美味しい。私も好きだな」

そのときは背伸びしたくて、「初めて食べた」とは言わずに、卵を潰しすぎないように慎重に扱いながら、味わってゆっくり食べた。

私のカルボナーラ像は、こっくり濃厚

実家に住んでいたころ、カルボナーラを食べた記憶はない。我が家のパスタといえば、ソーセージとピーマン、ケチャップ、オリーブオイルあたりで作る「ナポリタンパスタ〜池田家バージョン〜」が定番。

だから、初めて食べたカルボナーラは、より記憶に焼き付いた。さらに片想いをしていたその人と数回会い、告白するもあっさりフラれてしまう。いろいろな理由で、忘れられない味になった。

当時形成されたのは、カルボナーラ=生クリームが入っていて、濃厚でクリーミーな美味しいパスタ、のイメージ。「初めて」の味は記憶に強く刻まれる。

あれから10年以上経って、何度カルボナーラを食べただろう。ひとりで食べるカルボナーラ、誰かと食べるカルボナーラ……実に幾多ものカルボナーラを通り過ぎてきた。

そのどれもがこっくりしていて、「なんとなく濃いものがほしくなる」元気がほしいときに注文することが多かったと思う。

ラ・ブリアンツァの「カルボナーラ」の噂

久しぶりにカルボナーラを食べる機会が訪れた。

「六本木のラ・ブリアンツァでは奥野義幸シェフが、お客の年齢や性別、人柄に合わせてカルボナーラを提供する」という噂を聞いて、食べにいくことにしたのだ。

▲奥野義幸シェフ

▲奥野義幸シェフ

奥野シェフに不躾な質問をする。

「お客様によってカルボナーラを出し分けている、って本当ですか?」

答えはイエスであり、ノーでもあった。

「例えば、イタリア人のお客様がいらっしゃったら、僕はイタリアっぽいカルボナーラを出します。すると、その人は『地元で食べてるカルボナーラだ!』と喜んでくれるでしょう。それと同じように、日本人の高齢のご夫婦だったら、小さなお子さんとお父さんお母さんの3人家族だったら……など、作り方を変えたほうが良いお客様かどうかを考え、料理を提供するのが僕たちの仕事です。プチ・オートクチュールなことをしてもらうと、自分を気にかけてくれたんだなぁと、嬉しい気持ちになりますよね」

一般的に日本人はカルボナーラには、生クリームや牛乳が入っているのがあたりまえ、と思っていると奥野シェフは言う。その瞬間まで自分もそう思い込んでいた。

「イタリアでは生クリームや牛乳、バターはカルボナーラに使われていなくて、さらに具材はパンチェッタ(豚バラ肉の塩漬け)ではなく、グアンチャーレ(豚の頬肉を塩漬けにして熟成させたもの)を使うことが多いんです」

イタリア8州のレストランで修業し、今も海外ひとり旅を通じて、世界各地のいろいろなレストランを食べ歩く奥野シェフはていねいに教えてくれた。

お客によって料理を変えるのは思いやり

「パスタの茹で具合やパスタの種類、クリームの有無、チーズの種類、卵は卵黄だけにするのかどうか、肉の量をどれくらいにするかなど、変えようはいくらでもありますし、変えること自体はたいしたことではないんです」

作り方を変えること、それは相手によって話し方を変えるのと同じだと、奥野シェフはわかりやすく説明してくれる。耳が少し遠くなったおばあちゃんと20代の若者がいたら、前者にはゆっくり話をし、後者には通常のスピードで話すだろう。つまりはそういうこと。

料理には気遣いや思いやりを込めることができるのだ。ケース・バイ・ケースになるが、奥野シェフがカルボナーラの作り方を変えるのは、変える必要があると思ったとき。料理を通して、作り手のメッセージ、言葉、気遣いが食べる人へと伝わっていく。

私はこの日、「オーセンティックなカルボナーラを食べたいです」と伝えて提供されたカルボナーラは「ランオウボナーラ」。

卵は卵黄しか使われていない。

これまで食べてきたカルボナーラと違い、カルボナーラなのにどこかさっぱりしていることに衝撃を受ける。

あっさりしたクリーム感が美味しくて、あっという間に食べてしまう。さっぱりしたカルボナーラ、ランオウボナラーラ。

カルボナーラ=生クリームを使っているものだ、と決めつけていた自分の視野の狭さや固定概念を持ち続けていたのが恥ずかしい。世界は本当に広いのだ。

料理には生き様が現れる

目の前の人を想って、考えて作られる料理。そのすべてに作り手の「生き様」が現れているのだと思う。

相手の状態を想像できる優しさ、相手を喜ばせたくてするひと工夫、相手仕様にカスタマイズした味付け……そこには技術や実践の量だけでなく、作り手の人生経験やそこから何をどれだけ考えてきたか、といった人としての器が反映されている。

シェフは料理を通して、皿の上に自身の生き様を表現するのだ。意識していても、していなくても、確実に「その人」が出ている。

まだまだ知らないカルボナーラが、この世にはたくさんある。作り手の数だけ、いやカルボナーラを食べる“シーン”の数だけ、存在するのかもしれない。

その多様性は温かさにあふれている。次は誰とどこへカルボナーラを食べにいくだろう。そこで、どんなカルボナーラと出会えるだろう。

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