駆け出しライターが富士そばに求めた光明
富士そばライター――。
私がそんな珍奇な肩書きを名乗り、「名代 富士そば」に通うようになって、かれこれ5年になります。富士そば実食は年間200杯ほど。
「富士そばウォッチ」と称して各店舗を巡っては、その様子を弊ブログ「富士そば原理主義」にひっそりと書き綴っています。
奥深い富士そばの世界を知ったのは、私がフリーライターとして活動し始めた時期と重なります。
当初、私は仕事における得意ジャンルが欲しかった。ラーメンに詳しいライターはすでに存在する。立ち食いそばライターも目新しさはない。さあ、どうしよう。
それなら、よりニッチなジャンルに絞り込んで富士そばで行ったらどうだろう。
そのとき、読んでいた『偉いぞ!立ち食いそば』(著:東海林さだお)に富士そばが紹介されていたことも大きかった。
以来、せこせこと富士そばに通い続けました。
しかし、あるとき真理に気づきます。
「富士そばに詳しくても仕事にならん」
すでに活動から一年以上が経っていました。ニッチ過ぎたのです。せめて「日高屋」や「餃子の王将」くらいにしておけば……。
それでも、宗旨替えしなかったのは身も心も富士そばのドハマりしていたから。
「たかが立ち食いそば」と思ったら大間違い。富士そばには、従来の立ち食いそばにはない魅力に満ちています。その魅力の一部を紹介します。
国内外に130店舗を展開する50年企業
「名代 富士そば」は、1966年創業の立ち食いそばチェーン店です。
東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県の一都三県、さらに フィリピン、台湾、シンガポールの支店を含めると、約130軒の店舗を展開しています(2018年2月現在)。
駅前や角地などに店を構えているので、都内在住の人なら一度は目にしたことがあるでしょう。
コンビニが深夜営業を始める前から、24時間営業を実施。かけそば一杯300円と、サラリーマンの強い味方です。
昨年末、「アルバイト店員にもボーナスを出す」「年末年始は休業する」などのホワイト企業ぶりが、各種メディアに取り上げられたのはまだ記憶に新しいところ。
ふたつの業者からそばを仕入れるワケ
富士そばは、ホールディングス制を導入しています。グループを統括するダイタンホールディングスを筆頭に、7つの会社が傘下にあります。しかし、いくらなんでもグループ会社が多すぎる。
突如浮上した「グループ会社多すぎ」問題にはワケがあるのです。あえて分社化することで各社間に競争心が生まれ切磋琢磨につながる、というのが現会長・丹道夫氏の狙い。
富士そばが興和物産、紀州屋製麺の2社からそばを仕入れいてるのもおなじ理由。2社を競合させて、価格や品質を保っているのです。
「富士そばライターと言うからには、2社のそばの違いがわかるんだろうな?」と期待を寄せる方もいるかもしれませんが、「全くわからん」というのが私の正直な感想です。
食べたところで「あ、今日はいい感じに茹でられてんな」とか「うん、しっかり冷水でしめられてるじゃん」くらいなものです。
そもそも、提供するそばは同等の質でなければなりません。私が「利きそば」できないのも、富士そばの狙いに沿っているのです。
屋号に秘められた「演歌」の魂
ここで、創業者である丹会長についても少しふれておきましょう。富士そばのBGMは演歌と決まっています。
演歌を流すようになったのは2001年から。演歌が好きで作詞家としても活動する会長の「演歌は心のオアシス」という意向によるものです。そこはかとなく公私混同の気配がただようのは気のせいでしょうか。
ちなみに、屋号の「名代 富士そば」の「名代」の読み方をご存じですか?
みょうだい? めいだい? なしろ?
正解は「なだい」。「名が世によく知れわたること」という意味だそうです。
「富士」は会長が「東京に出て初めて見た富士山の美しさに感動した」から。これまた“演歌”みたいな理由なのでした。
富士そばにはマニュアルが存在しない
さて、このあたりで私が富士そばにハマっている理由を記します。
富士そばの魅力、それは「自由すぎる経営スタイル」にほかなりません。
富士そばが、店長の自由裁量によって店を切り盛りしていることは有名な話です。つまり、チェーン店でありながら店長の個性が店に色濃く反映されるということ。さながら個人店のような味わい深い趣きを放ちます。
驚くことに富士そばには、飲食店に必須であるマニュアルが存在しません。大まかな接客・調理マニュアルはあるそうなのですが、最終的な手引きは店長にゆだねられます。
たとえば、そばの湯切り。そばの仕上がりにも影響する大事な工程ですが、会長は「よく切りなさい」と伝えるだけ。
そばつゆはスープサーバーで作られているので味が統一されそうなものですが、甘みが立っていたり、醤油が効いていたり、出汁の香りがゆたかだったり、店舗で味が違ったりする。
メニュー構成も店舗によって微妙に異なります。なかには、工夫を凝らして創作した「店舗限定メニュー」を発売する店も。この店舗限定メニューがくせ者なのです。
富士そばウォッチがもたらす愉悦と優越
普段目にすることのない斬新な店舗限定メニューを見つけたときは、心のなかでガッツポーズ。
こういった出会いこそ、富士そばウォッチにおける最重要ポイントと言っていいでしょう。
言うなれば、カプセルマシーンやトレーディングカードにおける「レアもの」。幼少時代のあの尽きることのなかった好奇心や高揚感を、アラフォーを迎えた今でも富士そばで体験しているのです。
富士そばは公式ホームページ、Facebookアカウントを持っていますが、そこで紹介される店舗限定メニューはごくわずか。
世に知られることなく生まれ、ひっそりと消えていく限定メニューのことを思うと、胸が張り裂けそうになります。
だから、せこせこと富士そばの店舗を訪れては券売機に新メニューがないかチェックすることになります。
「新聞記者は足で書く」という言葉がありますが「富士そばライターも足で書く」のです(?)。
手間をかけた分、斬新なメニューと出会えたときの感動はひとしお。富士そばウォッチは、さながらトレジャーハント。
「ポケモンGO」をしながら街をふらふら歩いてる人たちに「富士そばウォッチのが楽しいよ!」と声高に訴えたい。
それでは、どのような店舗限定メニューがあるのか。現在は取り扱われていないものもありますが、とくに印象深かったものを挙げましょう。
1.カレーなる冷やしゴーヤとろろそば(新宿三光町店)
ぶっかけそばに、カレー、とろろ、ゴーヤをトッピングしたもの。
ゴーヤによって、富士そばに「苦味」という新たな概念をもたらした意欲作。
まとまりのない構成ながら、各トッピングのポテンシャルもあって、充分満足のいく一杯に。ダジャレをふくんだ品名から店長の人柄が伺いしれる。
2.ポテサラダそば(渋谷下田ビル店、神田店、鶯谷店)
かけそばに、フライドポテトを盛りつけた「ポテトそば」に次いで発売。
ぶっかけそばにフライドポテトをトッピングした。ポテトにはシーザーサラダ風のドレッシングかかっていて、これがポテトと好相性。
ポテトを完食後、そばを食べれば味の変化を楽しめる。
3.合い盛り(田町店)
そば好き、うどん好きの需要を同時に満たす一杯。そばとうどんを同時にすすれば、乱切りそばのような食感になる。
世の中にハヤシ&カレー、ビール&黒ビールなどがあるなか、ここまで地味なハーフ&ハーフはめずらしい。現在、田町店は閉店。
4.肉三昧そば(代官山店)
鶏肉好き、豚肉好き、牛肉好き、ついでに温玉好きの需要を一気に満たす一杯。
通常、富士そばでは牛肉を使うことがないので、このメニューもレア度が高い。
似たようなコンセプトで、カレーライス+かつ丼+牛丼の「よくばりコンボ」も存在する。
5.冷やし肉トマトそば(市谷店)
私を富士そばの世界に引きこんだ思い出深いメニュー。
豚肉、ほうれん草を添えたぶっかけそばにトマトペーストがかかっている。そばつゆにトマトの酸味が加わり冷やし中華風の味わいが生まれる。
ここで紹介したメニューはほんの一部。なかには、「普通、販売しないだろ」とツッコミたくなるようなものもありますが、その隙を楽しむのも富士そばウォッチの醍醐味。私にとってはどれもかけがえのない「レアもの」です。
希少性の高いメニューを発見したときの愉悦、そして「どんな変な代物でも愛せてしまう私」という優越。
それらを原動力に、私は今日も富士そばを食べ歩きます。
美味い・不味いでは語れない富士そばの魅力
ここまで読んできて、「そもそも富士そばは美味しいのか?」と思う人もいるでしょう。そのことについては、今回は触れないことにしておきます。
飲食店の良し悪しは、「美味い」か「不味い」かという極端な基準だけで評価できるものではありません。
「店長の人柄がいい」「内装がオシャレ」「コスパがいい」「スタッフがイケメン(またはカワイコちゃん)」「ワクワクさせるようなメニューを提供する」など、評価の切り口はさまざま。
ぜひ、あなたならではの切り口で、富士そばの魅力を見つけてみてください。