皆さん、りんごは好きですか? 好きと答えた方へ、さらに質問です。りんごの品種、いくつくらい思いつきますか?
ふじ、紅玉、つがる……私はここでギブアップですが、青森県だけでも流通しているりんごはなんと約40種にも及びます!
うち約30種を半年間毎日(!)食べ比べ、そこで得た驚きや気づき、りんごへの愛を綴った本が『ききりんご紀行』(集英社)。
私たちの身近にありながら、意外と知らない「りんごの奥深い世界」について、著者の谷村志穂さんに伺いました。
1991年に処女小説『アクアリウムの鯨』(八曜社)で小説家デビューした谷村さん。女性の愛や性を繊細に描く作品には女性ファンが多くついていて、『海猫』『余命』(どちらも新潮社)など映画化されるものも少なくありません。
一方で、旅やライフスタイルをテーマにしたエッセイも執筆されています。でも、特定の食べ物に焦点を当てた作品は初めてです。谷村さん、どうしてそんなにりんごにハマったのですか?
りんご県・青森で人気となった「りんご連載」
「最初のきっかけは、2015年10月〜2016年4月までしていた、青森の新聞『東奥日報』での『りんごをかじれば』というタイトルの連載です。“りんごを食べながら”と“りんごについて聞きかじろう”というふたつの意味をかけていました」(谷村さん、以下同)
ご存知の通り、青森県=りんご県。対して、北海道出身の谷村さんは「外野」で「りんごビギナー」なので、りんごに詳しい(と思われる)地元の人たちが、どんな思いで読んでくれるかな? という心配があったといいます。
「でも皆さん、温かく迎えてくださいました。お世辞8割だと思いますが、『いつもりんごを食べているけど、意外と知らないことが多かった』という感想をくださる方たちも。とても身近な食べ物だからこそ、当たり前の存在になっていて、りんごのことを深くは知らない方もいるのかなぁと思ったんですね」
実際、連載の担当記者や本書の担当編集者Yさん(青森県出身)も、谷村さんの原稿を読んで「そうなの!? 初めて知った!」と思うことが多々あったといいます。連載をきっかけにりんごへの熱がぐんぐん高まり、すべての連載に大幅加筆して完成したのが、『ききりんご紀行』というわけです。
「りんごに餌付け」されてしまうくらい、愛してます
執筆中、毎日欠かさずりんごを食べるようになった谷村さん。本書には、「毎朝楽しくりんごをむいている私である。そのせいか、なんと! 体重が二キロも増えてしまった」「毎日りんごを食べる生活を続けるうちに日に日に体重が増していく」など、美味しいりんごと体重増との間で格闘する姿も描かれています。
しかし、読み手としては「わかる〜。でも、なんだか幸せそうです」と感じました。たとえ少々増量したとしても、りんごと共に過ごす谷村さんの日常には、りんごへの飽くなき探究心から、ワクワク感とルンルン感があふれているように見えるのです。
「でも、太るのはつらいですよ(笑)。編集担当Yさんとりんご県に行くと、もぎたてのりんごを食べさせてもらったり、新しい品種ができたからと分けていただいたり、りんごを使った料理を出すお店を訪れたりしてましたから、りんごを食べるときはかなりの量を食べています。『さすがに今日は食べすぎだな』と思いつつ、美味しそうなりんごを前にするとついつい手が…(笑)」
「ただし、りんごに限る」ではありますが、食の好みも少しだけ変わったといいます。甘いものよりは断然お酒が好きで、スイーツ類はほとんど食べなかった谷村さんが、りんごのスイーツだけは食べるようになりました。
取材当日の深夜2時にも「事件」が。取材準備をしているとりんごを食べたい衝動にかられ、真夜中だしマズいよなぁ……という迷いを捨て去り、自宅にあったりんごの焼き菓子を食したそう。
「頭の中にりんごのイメージが広がると、食べたくなってしまうんです。我が家ではその現象を“りんごに餌付けされている”と言っています(笑)」
りんごの蜜は"ストレス"でできる
体重増に悩みながら(?)、谷村さんはりんごの知識を着々と増やしていきます。本書でも、よほどのりんごマニアでない限り、なかなか知らないようなりんご情報がいくつも登場しています。
たとえば、「りんごの蜜と甘さは関係がない」と聞いて、驚く方は多いのではないでしょうか。詳しい解説は本書の「その9 王林には蜜はない 蜜はストレスでできる」に譲りますが、簡単に言うと、品種によって蜜の入りやすさは異なり、蜜は低温などの“ストレス”でできるのだといいます。
谷村さん自身も知られざるりんごの世界にふれるたびに、驚くことばかりだったと言います。
「りんごの木の成り立ちには今でも驚きをおぼえています。“ふじ”が実る木はふじの木ではあるのですが、よく見ると、台木といわれる土台になる木に、そのとき栽培される品種の木が接ぎ木されている場合が多いです。
たとえば、根にはマルバカイドウ、その上にかつてスターだった“国光(こっこう)”という品種、さらにその木の上にふじの木が高接ぎされている……というふうに、接ぎ木に次ぐ接ぎ木で成り立っているんですね」
1本の木に明らかに別の種類と思われる木がついていて、コブのようなデコボコした部分が散見されるりんごの木。それを知ったおかげで、りんご園に行って、りんごの木を見る楽しみができたと谷村さん。知れば知るほど、りんごの世界は深くなり、追いかけたいものになっていくのですね。
りんご大好き作家、谷村志穂さんイチオシのりんごたち
旅先ではりんご園を訪れたり、現地でしか手に入らない新種のりんごを買ったり……そうして約30種ものりんごたちを食べてきた谷村さんに、とくにおすすめのりんごを教えていただきました。
内山果樹園のりんご
「無肥料で作られるりんごで、野性味があり、味や手に持ったときの重みがずっしりして力強さを感じます。たくさん肥料を与えて作られるりんごは、過保護な子どものようで、美味しい時期も短いのに対し、内山さんのりんごは本当に丈夫で長持ちするんです。“引き算の美学”を感じさせるりんごで、一度食べるとみんな好きになりますね」
*りんごのベストな保存方法は、ひとつひとつ新聞紙でくるんだ後、ラップでくるんだり、ポリ袋に入れたりして、「保湿」を意識すること。スキンケアの考え方と同じで、水分量を維持し、乾燥させないことがコツだと谷村さん。りんご保存袋という専用の袋もあるそうです!
はつ恋ぐりん
「酸味の強さと味の濃さを楽しめるりんごです。日本では作れないと言われていましたが、青森県産業技術センターりんご研究所が開発に成功し、生食もできるりんごになっています。青緑のような色とつやつやした質感が特徴的で、その美しさは一瞬『食べていいのかな?』と思ってしまうほど」
生で食べても美味しいりんごたちですが、料理に使うとさらに楽しみも広がります。本書でも簡単にチャレンジできるレシピがいくつか紹介されています。中でも谷村さんがおすすめするのがフレッシュジャム。
「皮をむいたりんごを切って、グラニュー糖をまぶして煮て、やわらかくなったらざっくりマッシュして、水気を飛ばしたら完成です。とくに紅玉はすぐに煮崩れてくれるし、はじめから酸味もあって、作りやすいと思います。ふじはけっこうしっかりしていますね。私はジャムは、硬くてしぶいくらいのりんごで作る方が好きです。我が家では薄いトーストをカリカリに焼いてバターをたっぷり塗って、その上にジャムを乗せて食べています。本当に美味しいですよ」
りんごの「主張しすぎない」という魅力
りんごが大好きになり、今や料理やスイーツで出されたりんごに対し、「このりんごは、何りんごだろう?」という疑問が脳内をぐるぐると巡り、シェフに質問せずにはいられなくなったという谷村さん。「どうしても気になってたまりません(笑)」と微笑みます。
取材中も前出の「クイニータタンのキャラメルアイス添え」と「タルトタタン」に使われているりんごの品種について、シェフに嬉々として質問する姿が印象的でした。
「りんごの“主張しすぎなさ”も、ここまでりんごを好きになった理由のひとつでしょうね。たとえばメロンも好きですが、メロンだとこうははまらなかったと思うんです。なんとなく“どうだ、俺はメロンだぞ!”って感じがしますから(笑)。りんごはポケットに入るくらいの大きさといい、いい塩梅の重さといい、ちょうどいいんですよね」
谷村さんから直々にりんごの魅力を伺うと、りんごの世界に興味をそそられずにはいられなくなります。本書を読むだけでも、りんごっていいなぁ、気になるなぁと、りんごへの見方が変わること間違いなしです。
一番早い時期で8月には、早生種と呼ばれるりんごが収穫されます。それまでに『ききりんご紀行』を読んでりんごの“予習”をし、獲れたてのりんごを楽しみに過ごしてみてはいかがでしょうか。
「青春と読書 4月号」
3月20日に発売される「青春と読書 4月号」(集英社)にて、谷村志穂さんの新連載「りん語録」がスタート。人気作家の連載小説や共感を呼ぶ楽しいエッセイなどを満載した、内容充実の一冊。さらなるりんごの世界を知りたい方はぜひ購読してみてください。
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