グルメの世界で「聖地」といえば、そのジャンルのお店が多く出店されているエリアを指すことが多いもの。カレーなら東京・神保町、とんこつラーメンなら福岡が有名ですね。
しかし、たった1店舗でも強烈な印象を与えるお店があれば、その場所は聖地たり得るのです。
福岡県中間市がカレー好きの間で聖地と言われる理由。それは「ここで食べたら他のミールス(南インドの食事)は食べられない」と言われるほど、絶大な支持を集める店「KALA(カーラ)」があるから。
博多駅から北東に向かって電車を乗り継ぐことおよそ90分。福岡市内でもかなり北九州寄りの筑豊電鉄・筑豊中間駅に降り立ち、聖地を訪れました。
完全予約制のディナーコースを頂く
カレーファンの間では「KALA」へ行くためだけに福岡まで行く価値がある、そう言わしめるお店ではどんな料理が出てくるのでしょうか。
昼は「ランチミールス」として、2,000円からいただけるKALAですが、この取材では要予約のディナーコースを頂きました。
その日毎に異なるコースなので、同じものが食べられることはあまり無いかもしれませんが、全6品をご紹介します。
アサリのスパイス蒸し ブッシュライム(フィンガーライム)添え
ココナッツの甘い香りが心地よい蒸しアサリです。塩分がぎりぎり感じられるだけ含まれていて、その微かな塩分がアサリのうま味、香草の香りを引き立てます。
「季節によっては馬刀貝(まてがい)や牡蠣を使うこともありますよ。貝は半生くらいがちょうど美味しいです」
と解説して頂いたのは、常連客からは「BOSS(ボス)」と呼ばれ親しまれてる店主の石川直隆さん。
ふるの牛のレアピックルとラズベリーアチャール
2品目はちょんとのせられた牛肉にスパイスが振りかけられた一品。ふるの牛は福岡県鞍手郡(くらてぐん)の地元牛です。
石川さんは「そこいらのブランド牛よりもうんと美味しいですよ」と太鼓判を押します。
一品目のアサリ蒸しに比べて、少しだけ塩味が増した気がします。それでも普段食べている食事で味わう塩分から比べるとはるかに控えめ。
ペッパーの香りが全体を締め、ジャンの効いたソースもお肉と絶妙な相性の良さを見せてくれました。
火がよく通った外側とレアな内側が口の中で混ざり、噛みしめるごとに牛肉本来の野性味ある香りが鼻に抜けていきます。
マッシュルームのカルパッチョ トリュフソルトで
マッシュルームのカルパッチョを口に運ぶと、第一感はマスタードオイルの香り。
さっと火入れしたマッシュルームは、生を食べているかのような歯触りがあります。
お皿に少しだけ盛られた塩をつけることで、不思議とマッシュルームとマスタードの香りが引き立ってきました。
マッシュルームにのっている香草も主張しすぎず、トリュフ塩を含めた全体的な味わいとして見事に調和しています。
「マッシュルームの代わりに椎茸を使うときには白ネギを使うなどしてバランスを取っていますよ。和の食材にはネギの香りの方が相性が良いこともあるから」
すべての食材には、それを使う理由があるんですね。
ダルのスープ
甘い香りのするダルのスープです。一見、さらっとしたスープのようでしたが、スプーンで掬ってみると崩れ切らない豆の名残も感じられるどろっとした感じがあります。
塩分はほとんど感じられないレベルで、豆の風味をゆっくりジワジワと舌が感知していくようなスープでした。
思えばアサリ、牛肉、マッシュルーム……と、ここまでは塩分をはじめとした口の中で感じられる刺激が少しずつ強くなっていった気がするんです。
それがこのスープで一気に、素材の味100%のみ!といった味わいに引き戻された気がします。素材の味わいを引き出す、引き算の料理とでも言うのでしょうか。
「すべてが主役ではダメ。縁の下の力持ちのような存在がいて調和を図るから、全体が美味しくなるんですよ」
コース料理と聞くと、順々に味を濃くしていく印象があったので、このタイミングでのダルのスープは驚きでした。
ノドグロのポリチャトゥ ニルギリソース。
ポリチャトゥは包み焼き。ニルギリは南インドの紅茶の総称です。
それにしてもノドグロ(アカムツ)は高級食材ですよ。こんなに贅沢に丸ごと一尾を出してくださるなんて。
ポリチャトゥはスパイスを6種類ほど使っているそうです。
「ノドグロは脂がのっているからミントみたいな葉っぱは良く合うよ」
へぇ。今度応用してみよう。
付け合わせにはレモンセヴァイと日向夏のアチャールです。レモンセヴァイは、米粉の麺にレモンとスパイスで味付けして熱したもの、アチャールはピクルスです。
ああ、なるほど…。
脂が十分にのっているノドグロだからこそ、さっぱりしたレモンセヴァイとアチャールが上手に余計な脂を消しています。美味しさにちょうどいいだけの脂を残し、しっかりしたノドグロの旨みが…。
魚の濃密なところは十分伝わってきているのに食べ疲れしないし、飽きも来ない。そして相変わらず余計な塩分がなく、「ノドグロをいま味わっている…」という充実感で満たされます。
プチミールス
十分すぎる料理を頂き、いよいよ最後にミールスを頂きます。
少しだけ辛いラッサムをかけて、あとは自分の好みの味付けで。
一口目を食べると、やはり味付けとしては薄め。ネットのレビューで「味がしない」などと書かれている理由も分からなくはありません。
しかし、コース料理で味付けのバランスを知り、スパイスや塩分、食材の味を味わうことを学習しながら食べ進めていたので、微かなしょっぱさ・酸っぱさ・辛さが十二分に口の中に広がってきます。
例えば、本当に薄い灰色という色は、普段黒い色ばかり見てきた人は白だと思うのではないでしょうか。逆に、真っ白なものを見てきた人は薄い灰色に確かな色味を感じるはず。
コース料理を食べていく中で私は、まずBOSSに真っ白な状態に導いてもらい、そこからグラデーションの変化が分かるように調教されていったのかもしれません。
その結果が、ミールスで収束したように感じます。
ニンニクとブラックペッパーの香り、トマトの酸味、ナスの甘み、豆の濃厚さ。それぞれの食材の個性が、サンバルやラッサムに入ったスパイスの香りに導かれるように引き伸ばされていく感覚。
まったくもって、不思議な体験です。
ミリ単位の味付けに研ぎ澄まされる感覚
アサリ蒸しからミールスまでの全6品、全体を通して感じたのは塩分が総じて控えめなこと。
そしてその控えめな塩分にはグラデーションがあり、穏やかに始まりサビで盛り上がっていく音楽のようにコース料理の構成には抑揚がありました。
素材の重要性、調味料のバランスについてBOSSのお話を聞きながらコースを食べるなかで、徐々に口中の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかりました。KALAのインド料理は「ミリ単位で味付けされている」そんな繊細さを感じました。
「インド料理って、あの辛い料理だよね」
少しでもそう考えている方がこのコースを食べたら、きっとインド料理への認識が変わることでしょう。
現代の食事情とKALAが考えていること
「今は、口に入れた瞬間のファーストアタックで美味しいと思わせる風潮だよね」
BOSSの石川さんが語ります。わかりやすく「うまい」と思わせないといけない。そのために味付けを濃くして、塩味を強くした料理が世の中には多いのだとか。
「レバ刺しをなぜ美味しいと思うかって、ごま油と塩のタレが美味しいからだよ!」
うーん、ごま油と塩のタレをつけないレバ刺しを食べた記憶がありませんね。
ん?そもそも、レバー自体の味の違いを意識したことすらなかったかもしれません。
「インド料理は出汁を取らないんですよね。でも美味しい。それは、塩と脂と香りのバランスがいいから。昆布のような出汁の味に頼らなくても、素材の味をしっかり生かしたらとても美味しいですよ」
確かに、レモンセヴァイも米粉の麺を茹でただけということでしたが、スパイスとレモンの酸味・爽やかさが米粉の甘味を生かす、そんな一品でした。
そしてKALAのコース料理はファーストアタックの印象で決定づけられる味わいではありません。始まりがあり、クライマックスがある…そんな物語性を感じる一連の料理だったように思います。
塩分は常にマイナス1
少なめだった塩分についてBOSSに聞いてみました。
「塩分は『ちょうどいい』と飽きられちゃう。常にマイナス1、マイナス1.5くらいで仕上げるのが理想ですね。塩を入れ過ぎるとソースが壊れちゃうんですよ。普段、自分が朝ご飯を食べるときに目玉焼きや納豆を食べますけれど、調味料は入れませんからね」
塩分は常にマイナス1。日常生活から素材の味わいと向き合っているんですね。
「塩は、ほんの少し効かせるだけで次の楽しみを想起させるの。そういう使い方をしてます。あとは、甘みの強い食材には少しだけ塩を強めに入れるとか。目的を持って調味しないとダメですよ」
KALAの美味しさの秘訣の一端を知れました。
美味しい料理を知り、自分に活かす
「自分はこれをやっていこうという気概をもって料理を続け、折れない矛を持つべきだよね。そうしないと大衆食と高級食の二極化の時代に安いほうに流れていってしまう」
BOSSの言葉。これは料理人に限らず、誰にでも言えることではないでしょうか。
「料理長やナンバー2は常に外食しないとダメですね。引き出しが増えませんよ」
筆者はBOSSの前で料理のコメントを取っているつもりが、いつの間にか人生哲学まで学んでいました。
親分肌なBOSSの人柄に惹かれ、料理のダイナミクスと緻密さを絶妙にミックスさせた料理を味わい、伝説のインド料理店「KALA」のすごさの片鱗を味わったような気がします!
- Spice & Dining KALA
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福岡県 中間市 東中間
イノベーティブ