偏愛 - へんあい -
【名】ある特定の人や物だけを愛すること。かたよった愛情。
「○○への愛情なら誰にも負けない」と自負するものを持っていますか?
私はと言うと、ドロップ缶に魅せられ、100を超えるドロップ缶を収集しておりまして、まぁまぁ自慢できる程の偏愛ぶりなんじゃないかと思っておりました。
しかし「彼女」と出会い、自分の愛情の底浅さを実感したのです……。
カツオへの圧倒的偏愛!渋谷・かつお食堂で「かつおちゃん」と出会う
今回取材するのは、永松真依さん。
このかわいい女性が偏愛しているのが、お魚のカツオ。
周囲から「かつおちゃん」と呼ばれるほど、彼女のカツオへの熱の入れようは有名なんだとか。
カツオの魅力について教えてもらおうと、今思えばとても軽い気持ちで取材に赴きました。
街が動き出すにはまだ早い朝8時。渋谷・宮益坂上の細路地に出現したのは、異様な存在感を放つ「かつお食堂」の看板。
今回取材する永松さんが営む、カツオ節料理の食堂です。
カウンターのみの、かわいらしいバーのようなお店。
「初がつおさんですね!」
と出迎えてくれたのは「かつおちゃん」こと、永松さんです。(以下、かつおちゃん)
額にはねじりはちまき。Tシャツには「KATSUO100%」のプリント。初対面とは思えない屈託ない笑顔と、風変わりな言葉で迎え入れられて困惑する私…。
どうやらお出迎えの「初がつお」には「初来店」という意味があるようです。
早速、このお店の看板メニューでもある「かつお食堂ごはん」を注文。
ほかほかの白米に、削りたてのカツオ節がゆらゆらと踊るねこまんま。
旬の食材をつかった具だくさんのお味噌汁と、とろとろのだし巻き卵、お漬物がついてきます。まさに、理想の朝ごはん。
・・・!!?
ねこまんまを食べて衝撃。
カツオ節ってこんな味だっけ!?
豊かな香りに、柔らかい舌触り。
カドのないまろやかな塩味と、白米に負けず力強く口に広がるカツオの味わい。
これはなんだ?
私が今まで食べてたあのカツオ節は、もしやカツオ節じゃなかったのか?
使うカツオ節は月によって変えるということで、壁にはその月のカツオ節の産地の写真が。
かつおちゃん「この写真は私が撮ったんですよ! 実際に全国のカツオ節の生産地に行って、出会ったカツオ節を提供しています」
こんなうら若い女性が、全国を巡ってカツオ節を探してきた?
一体どんな理由があって、カツオ節のためにそこまでするのか、その理由を聞いてみました。
美人受付嬢の人生を変えたカツオ節との出会い
今から5年前。
当時25歳だったかつおちゃんは、六本木や麻布で、クラブやパーティー通いに明け暮れる毎日。
仕事は受付嬢。その他、美容部員やミスコン出場を経験するなど華やかに生きていました。
家にもろくに帰らない派手な生活を心配したお母様の勧めで、福岡の田舎に住む祖母のもとを訪ねたかつおちゃん。これが人生の転機になろうとは、知る由もありませんでした。
九州の郷土料理「だご汁」を作ろうと、戸棚からおもむろに削り機を取り出し、台所でカツオ節を削りはじめる祖母。
曲がった腰にしわしわの手で力強くかつお節を削る祖母の姿に、かつおちゃんは感銘を受けたと言います。
かつおちゃん「今までたくさんのキレイな人に会ってきたけど、内側からキレイというのはこういうことなんだと気づきました。祖母を女性としてかっこいいと思ったんです」
その1週間後には、亡くなった祖父の削り機を持って「日本でどれくらいの人がカツオ節を削るのかを知りたい!」と旅に出て、2ヶ月後にはカツオ節の作り方を学ぶために生産地を転々としていたと言います。
かつおちゃん「最初は『この子、一体ナニモノ?』という感じだったと、かつお節職人さんらに言われます。当初は、ハイヒールでカツオ節工場を回っていましたし……思い返すと、恥ずかしいです。
かつおに、かつお節に、職人さんらに触れる度に、自分を見つめ、生き方を学ばせてもらっています」
一番古い製法でつくる静岡県の西伊豆をはじめ、北は気仙沼、南は宮古島まで。
カツオ節の生産者の苦労や魅力を間近で感じていったかつおちゃんは、半年後には脱サラ。
カツオ節の魅力を伝える「カツオ節伝道師」として人生を歩むことを決めます。
かつおちゃん「伝道師と言っても、最初の頃は試行錯誤でした。以前まで行きつけだったクラブでカツオ節を削ってみたり、カツオ節でアートを制作したり。
でもいろいろ試した結果、カツオ節は食べ物なので『食べて美味しい』ことをシンプルに伝えたい、そんな想いでかつお食堂を開きました」
前世はカツオ!?異常なまでのカツオ偏愛ぶりに迫る
24時間休みなくカツオのことを考えている
かつおちゃん「本当におかしいなって思うんですよ、自分でも。気付いたらカツオのことばかり考えてて…。
昼はかつお食堂で働いて、それ以外はカツオ節の販売店で働いたり、休みの日はカツオの漁師さんに会いに行ったりと、24時間フルタイムカツオな生活です。別の意味で家に帰ってこなくなったと、母親がまた心配してます(笑)」
まさにカツオのように、止まると死ぬかのような回遊魚生活。
かつお検定を受ける
かつおちゃん「3年前に『カツオ検定』に合格したんです。鹿児島県・枕崎市で開催される検定で、地元の方をはじめ、全国から多くの方が受けに来ます。学生時代を思い出すように勉強しましたね(笑)」
……と下線がいっぱい引かれたテキストを見せていただいたのですが、素人目からも試験に出ないであろう「カツオの食いつき」という文言にばかり線が引かれている謎。
誰が、どこで、どのような想いで作っているかを大切にしたい
かつおちゃん「全国各地にいらっしゃるカツオ節の作り手さんのもとを訪れて、その地域の歴史や、誰がどのような想いで作っているのかを肌で感じました。大切に育てられたカツオ節のストーリーを知ることで、よりおいしく楽しくなります」
かつお食堂で食事をすると、かつおちゃんから「カツオ節の作り方」についての講義を聞けるのでお楽しみに!
全国のカツオ節職人を呼んで「カツオ祭り」がしたい
かつおちゃん「次の目標として、カツオ節のイベント『カツオ祭り』を計画中です。出来れば秋に!カツオの旬は春なんですが、カツオ節ができるのは秋なので。リアルを体感できる会場で、皆さんには生産者さんから直接カツオ節を手にとってほしいです」
私の前世は絶対にカツオ
かつおちゃん「この髪もカツオに近づきたくてこの色にしたんです。私の前世は、絶対にカツオだったんですよ! この前もカジキに襲われる夢を見たんです」
その圧に思わず、きっと前世そうだったんだろうなと納得してしまうくらいに、カツオへの愛を一心に語ってくれたかつおちゃん。
使命深い彼女のその目に、その声に、私もこの食文化を伝える一翼になりたいと発心してしまいます。
かつおちゃん「ありがつおございました!!花がつおな1日を〜!!」
笑顔で彼女に見送られ、気持ちよく朝の道玄坂を下ってゆく。
カツオ節に魅せられ、真剣にカツオ節を削る清々しい彼女の横顔を思い出し、月ごとに変わるねこまんまを味わいに「またお店に足を運ぼう」と決意するのでありました。
- かつお食堂
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東京都 渋谷区 渋谷
和食
ライター紹介
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蛯原天
- タレント・フリーアナウンサー / 八丈島うまれ、伊豆大島出身。グラビアやバラエティで活動の傍ら、2010年よりインターネットライブメディアの世界へ。出演だけでなく企業のライブ配信の企画構成から技術、広告、執筆まで一手に請け負うマルチプレイヤー。好きな食べ物は赤身肉とチョコレート。