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突然のドクターストップで引退。相撲歴24年、栃東の元付き人が引退後に掲げた夢

五月場所目前。相撲ファンにとっては、たぎってしまう今日この頃です。元力士が営む飲食店を訪ね歩く本連載「相撲めし」3回目で伺ったのは「浅草ちゃんこ場」

迎えてくれたのは、最高位幕下7枚目の元・東桜山勝徳(田代良徳さん、以下田代さん)。188cm、160kg超という現役時代と変わらない、「むしろ大きくなっている」という立派な体格は、ひと目で元力士だとわかります。

現に今、力士モデルとして大活躍している田代さん。「力士のセカンドキャリアのひとつとして成立したら面白いなと思い、相撲界で言えば序の口みたいなエキストラの仕事から始め、さまざまな仕事をこなしてきました」と話す田代さんは、2017年『VOGUE』の誌面を力士モデルとして飾りました。

グローバルなファッション誌のトップともいえる『VOGUE』にモデル登場するなんて、本当にすごい!

それにしても、いただいた名刺にある「ちゃんこ長」という謎な肩書きは一体。まぁ、相撲ファンにとってはちゃんこ長=所属する相撲部屋でちゃんこを任されている料理番、とわかるんですが。

「オーナーと話し合って、“店長”とかよりも、堅苦しくない肩書のほうがいいだろう、ということでちゃんこ長にしました(笑)。

実際、厨房に立つのはメニュー開発のときくらいで、年3回程度。力士感覚で調味料を大胆に入れるんですけど、僕がどれくらいの分量を入れたか、そばで書記役がメモしてくれて、一般の人の舌に合うような味に調整して、レシピ化していくんです」

そんな田代さんの相撲人生をじっくり聞かせていただいた後、どすこい感のあるメニューをいただきます。

勝つ喜びを知ったらやめられない

田代さんが小2のときに相撲を始めたのは、周囲の「体が大きいのを活かさないのはもったいないよね」との声がきっかけでした。両親と担任教師が“連携”し、小学校の相撲クラブへ通うことに。

当時は「通わされた」という感覚で、相撲へ熱い思いを持っていたわけではありませんでした。「相撲をする環境があったから、相撲をとっていた」くらいの気持ちだったそう。

しかし、8歳で相撲の道を歩み始めてから、小学生時代、2度の「わんぱく横綱」に輝き、徐々に相撲が楽しくなっていったと振り返ります。

「子どもは最初、遊びの延長というか、軽い気持ちで相撲をとっているんです。でも、大会に出て勝つと嬉しいけど、負けたらすごく悔しくて。負けたくなくて本気になるんです。勝つ喜び、幸福感を一度でもおぼえると、相撲をやめられなくなります

相撲で勝つことには中毒性がある、と田代さん。負けてもまた勝ちたくて、つらい稽古をがんばるし、負けてもまた相撲をとりたくなる。力士が苦しい稽古に耐えて、勝負をし続けるのはその一点に尽きるといいます。

強い者が上位にいくシンプルな社会

中高は明大中野、大学は明治大学と、どちらも相撲部に所属し、青春時代は相撲漬けの日々。すでに中2のときには187cm、155kgという力士として申し分ない体格になっていたというのは驚きです。

大学卒業後、名門・玉ノ井部屋へ入門してからは、猛稽古を積みました。「部のために」「母校の名誉を背負って」という意識が強かった相撲部時代とは違い、プロは完全に「自分個人の名誉のために」戦う場。稽古をするのもしないのも、すべて自分の意思と責任に委ねられています。

「現役力士は今700人くらいいますよね。序列が700番まで決まっている、というわけです。同じ部屋に所属する力士も、戦いはしないけど同じくらいの番付にいるならライバル。

『あいつが昼寝しているなら俺は昼寝せずに稽古をしよう』と思うくらい、ライバル意識がないと強くなれない世界です。

相撲は“反射”のスポーツで、取り組みでは体に染み付いている動作しかできません。体に動きを覚え込ませるために、稽古にそれまで以上に打ち込みました」

しかし、これほどわかりやすい実力社会は類を見ないと言っても過言ではないでしょう。一般社会で、平社員がどれだけ仕事をしても数カ月や数年でマネージャーや役員、社長になれるわけではありません。

力士の場合、年6回の本場所で勝ち上がっていけば、番付という地位が上がり、給与も増え、とにかく勝ち進めば横綱という最高の地位が待っている社会。独特ですが、“出世”のプロセスはとてもクリアだといえます。

引退して目標を失った

引退を決断したのは、「十両」への道も見えてきていた2007年9月。足首、膝とケガをし、まさに“爆弾”を我が身に抱えて現役を続けてきましたが、医師からドクターストップがかかりました。

次は腰にくる。腰を悪くすると歩けなくなったり、それに類する後遺症が残ったりする可能性がある。今がんばっても十両に上がれるかどうか。ここでやめるのも勇気ある決断だ――。

医師の言葉で冷静になった田代さんは、小2から通算24年とっていた相撲を30歳でやめました。中高の相撲部、さらに大相撲の世界での稽古は、毎日交通事故に遭っているような激しいダメージを伴うもの。それを20年以上続けてきた田代さんの体は、もう限界に来ていたのです。

とはいえ、相撲をやめたものの、とくにセカンドキャリアを考えていたわけではない田代さんは、声をかけられたことは何でもしようと気合を入れます。

現役時代、夢を追いかけて華やかな世界に身を置いてきた力士は、引退したことで目の前の目標を失ってしまいました。

社会経験ゼロの状態で、一般社会へ放り出された今、失うものは何もないし、これ以上は下がることもない、と心を強く持てたのだといいます。

足立区のスーパーを有名店にした仕掛け人

引退後、最初にしたのはホームページの制作・運営をする自身の会社の立ち上げ。

そんな折、最初に来たのは「本を書きませんか?」という話でした。

『みんなの大相撲 あなたの知らない力士たちのドスコイ生活』(ベストブック/2008年刊)を書き上げてからはメディア露出が増え、ケーブルテレビ会社に半年、スーパーマーケットに8年勤め、約7年店長として活躍しました。

「スーパーでは最初、お金の管理全般を任されていたんですが、部長や社長が参加する会議にも参加していたんです。客側の目線で新しいことをいろいろ提案していたら、1年で店長に抜擢されて、お客さんが喜ぶ売り方を試すうちに、年商10億を達成し、メディアにじゃんじゃん出る有名スーパーになりました。

当時は1カ月に何度もテレビに出ていましたね。実務を通して基本的なことやメディア戦略、ブランディング、お金の流れ、銀行との付き合い方など、いろいろなことを学ばせてもらいました」

スーパーの休みの日に個人事業として続けていたホームページ制作・運営も軌道に乗り、現在は50ものクライアントを抱えています。3年前に法人化したタイミングでスーパーを退職し、そこで正式に参画したのが「浅草 ちゃんこ場」(実際は5年前から金土日のみ参画)でした。

約9年会社に雇われてきた後、今度は経営側に回れるなら新しい景色が見えるし、相撲界を引退した元力士の受け皿になれる、と考えたのだといいます。

「どすこいサラダ」のどすこい感

相撲界から一般社会へ飛び出して、自身の居場所を切り拓き、活躍している田代さん。そのエネルギッシュで行動力あふれる生き様はものすごくカッコいい、という感想しか出てきません。

ここまでお話をたっぷり伺った後、まずいただいたのは「どすこいサラダ」(650円)。千切りキャベツやにんじん、水菜など、たっぷりの野菜が、海苔で蓋がされた状態で、一升枡に入って登場します。

こだわりはドレッシング。炒めてホクホクにしたニンニクと味噌を和えた「力士味噌」をドレッシングにプラスしています。ちなみに力士味噌は、ナッツを入れたりひき肉を入れたり、相撲部屋それぞれの味があるのだとか。

味噌という私たちになじみのある和の調味料とにんにくの組み合わせで、食べれば食べるほど食欲が増してくる、いくらでも食べられそうな一品です。

合計400gの「黒トンバーグ&黒トンテキ」

続いては、超人気メニューの「黒トンバーグ&黒トンテキ」(1,800円)。どちらも200gずつと、お腹が空いている人にはたまらない組み合わせ&量。

女性3人組などでひとつオーダーすると、「足りない」「もっと食べたい」となり、2皿目を注文する人も少なくないそうです。

肩ロースの肉はびっくりするほどやわらかく、わさびを溶かしたたまり醤油につけると、甘みのあるソースと肉が絡んで、「くうう〜っ!」と叫んでしまう美味しさ。筆者はひとりでぺろっといきました。

M. Moriさんの投稿より引用

M. Moriさんの投稿より引用

画像引用元:https://retty.me/area/PRE13/ARE9/SUB902/100000863965/

この日はオーダーしなかった「特製塩ちゃんこ鍋」(3,200円/ひとつ2〜3人前)にも、田代さんのこだわりが詰まっています。

所属していた玉ノ井部屋の味を引き継いだものではありませんが、小学生時代から出会ってきたさまざまなちゃんこのうち、とても美味しいと感じたものをメニュー化したのが特製塩ちゃんこ鍋です。実家で母が作ってくれた味も活かされているとのこと。

次に個人的に伺う際は、特製塩ちゃんこ鍋を食すのだと決めました。

本連載では、元力士が経営していたり、元力士が働いていたりする飲食店を常に探しています。「こんなお店があったよ」などの情報があれば、ぜひ筆者のTwitterFacebookなどにご連絡をいただけると幸いです。

ライター紹介

池田園子
池田園子
フリーの編集者/記者。女性向けメディア「DRESS」編集長。著書に離婚経験後に上梓した『はたらく人の結婚しない生き方』など。プロレスが好きで「DRESSプロレス部」を作りました。
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