去る4月8日、焼津みなと祭りで、新しい一つのご当地グルメが誕生した。
その名も「日本一の焼津の自慢 絶対負けない勝男さんのかつサンド」。
このかつサンドは、トンカツではない。食パンで挟んでもいない。”カツオ”のカツをコッペパンに挟んだものである。
売れるのだろうか。売れなかったらどうしよう…店のスタッフは朝から不安だらけだった。
9:30販売スタート!あっという間に行列ができた。そして昼前に300食分が売り切れてしまった。その盛況ぶりにスタッフの誰もが驚いた。
・・・そして、このかつサンドには、静岡に縁もゆかりもない一人の男の熱い想いが隠されていた。
圧倒的に知名度のなさすぎる静岡中部を観光地にするという使命
その男とは、するが企画観光局CMO(Cheif Marketing Officer)片桐優氏。2017年4月に現職に着任した。
「するが企画観光局というのは、観光庁が形成・確立を促進しているDMO(*1)で、観光協会が前身となっています。インバウンドなどによる成長を意識して、より積極的にマーケティング視点を持ちながら地元の観光業を支援していくための組織として2017年10月に発足しました。
”するが”というのは暫定的な名称で、静岡市、島田市、焼津市、藤枝市、牧之原市、吉田町、川根本町の5市2町のいわゆる静岡県中部の地域を指しています」
静岡県中部、そう聞いてピンと来る人はいるだろうか。静岡といえば、都心からも近い観光地として人気のスポットである。伊豆、熱海、浜名湖…。
「みなさん、静岡と聞くと知っているよ、行ったことがあるよとおっしゃるのですが、それは大抵東部の伊豆・熱海なんです。もしくは鰻好きだと浜松、浜名湖のある西部。静岡中部は、2016年度の宿泊観光経済規模は約400億円弱。人口一人あたり何人の観光客を県外から呼べているかを比べると、静岡中部は伊豆の1/10程度です。
以前観光に関する5000人調査を実施した際、”次にどこ行きたいか”の質問(自由記述・複数回答)に対して、静岡県中部の回答数はなんと6件でおよそ0.05%。つまり、観光地として静岡中部は、全く想起されていない場所なんです」
有名な歴史的遺物が少ない、リゾート施設もない。
「地域と観光というテーマについては非常に興味を持っていたのですが…私自身も正直、全く縁のない地域でした。仕事で清水駅に何度か降りたことがある、くらいでしたね」
そんな、ないないづくしの地域を活性化させブランド化する。そのモチベーションは一体どこにあったのだろう。
「縁がなかったというのはむしろ強みになると思いましたね。観光はヨソモノ、ワカモノ、バカモノがやるとうまくいくとよく言われているんです。つまり、先入観なくその地域を捉えることができるということで、私も新しい価値を見出していこうと」
*1: DMO=Destination Management Organization 観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域作りを行う法人のこと。
観光の3大要件、遊・泊・食。「食」は一番大きな要になると信じて
「ないないづくしと言っても、食材は非常に豊かな地域なんです。いちご、みかん、お茶…。そして、何といっても豊かな海がある。実はカツオの水揚げ量は焼津港が日本一。そこを見逃してはならないと思いました」
カツオ、と聞くと高知県の方が有名な印象がありますが…
「焼津のカツオ漁は、遠洋漁業で、鰹節などの加工・製造業が大変強く、そういった意味で逆にあまり目立っていないかもしれません。だからこそ”焼津といえばカツオ”ということを知らしめたい。
でも、新鮮さや素材の味わいだけでは、日本の場合、魚介は競合も多く勝負できない。だから、カツオを”加工する”・”味だけじゃなくてビジュアルも大事にする”という2つを大事にして、ご当地グルメを開発することにしました」
折しも時代は”インスタ映え”大ブーム。
「レシピサイト運営会社に在籍していた経験から、”萌え断”ブーム(*2)、サンドイッチブームは侮れないなと考えていました。サバサンドもじわじわと人気を集めていましたし、魚とパンの組み合わせにも人々はそこまで抵抗はないかなと。
そして、メニュー提案するなら食シーンもきちんと創出していきたい。VICTORY・勝つに繋がる”かつ”なら縁担ぎのメニューとして食べるきっかけを想起しやすいのではないかと。
この理由から、カツオのかつのサンドイッチという大枠は結構早めに決まったんです」
*2:萌え断=食べ物を切断した際にできる美しい断面に「萌える」こと。 サンドイッチやおにぎりなどさまざまな「萌え断」の画像がSNSにハッシュタグ付きでアップされて話題になった。
万人が好きと思える味じゃないと、やっぱり受け入れてはもらえない
こちらがその「かつサンド」。
ほぼレアの状態で仕上がったカツオのかつと、レタス、トマトをコッペパンに挟んだもの。そこにオニオンソースもしくは、おかかマヨのソースがたっぷりとかかっている。
「いい塩梅のレアに仕上げるかつを作るまでは、正直想定以上にうまくいきました。でも、食パンに挟んだところ、これがとにもかくにもうまく切れない。萌え断狙いだったのに、何度やってもぐちゃぐちゃになってしまうんですよ」
「こだわりながら色々と試行錯誤してたのですが、諦めて途中でコッペパンに切り替えました。ソースもトマトやアボカドなどいろんなタイプを開発したんですが、どれもカツオが負けてしまって。カツオのかつの味わいを邪魔しない、この2つが最終的に選ばれました」
このかつサンド、カツオのかつも初めて食べるものなのに、全く違和感なくコッペパンとハマっている。パンと魚の組み合わせはどこか生臭く感じそうなものだが、カツの衣とソースが魚特有の臭みを消して、他の具材とのいいつなぎ役となっている。誤解を恐れずいうと、そう実に普通に美味しいのだ。
「普通に美味しい。それはすごく大事にしていたことです。話題性を狙って珍しいもの、突飛な味わいのものを作っても、人は食べてくれない。ご当地グルメってそういうものが多いですよね。老若男女いろんな人に受け入れてもらえるために、味で話題性を狙うのはやめようと」
「そのぶんお店のしつらえには手をかけて、スタッフの衣装を揃えたりと、パッケージにはこだわりました。自分自身もハチマキを巻いて、頑張って売りました(笑)」
焼津のかつサンドは、驚くほどあっという間に完売だった。
「想定の倍以上のスピードで売れていって、本当に嬉しかったですね。地元のイベントなどでもう少し色々と売り切って実績を重ねたら、今後は地域外にも広めていきたいと思っています。
いろんなお店が焼津のかつサンドを売るようなB級グルメ化をするのか、それともどこどこの焼津のかつサンドとして名物にするのかなどの展開はまだ思案中です。
でもあくまでも狙いは、こうしたメニューを通じて、焼津ってカツオなんだねという認知が広がること。それによって静岡中部を県外の人たちにとって訪れる価値のある場所に変えていく。そこは絶対に忘れないようにしたいと思っています」
静岡といえば、伊豆、熱海、そして”するが”。そしてその”するが”の焼津はカツオの聖地である。人々がそう意識するようになるには、正直、道は果てしなく険しいだろう。
知名度もない、観光資源もない、自身のゆかりもない。でも、だからこそ可能性だけは無限大である。そう、彼と無名の静岡中部の挑戦は、この先もまだまだ続いていく。