横浜市港南区にある「上大岡(かみおおおか)」という駅をご存じでしょうか。
横浜市の“副都心”に指定されている上大岡は、京急本線と横浜市営地下鉄ブルーラインが走り、毎日多くの人々が乗り降りする市の主要ターミナル駅のひとつ。
人気デュオ・ゆずに縁のある街としても知られ、京急線の発車メロディに代表曲『夏色』が採用されているほか、曲のタイトル(『駅(恵比寿~上大岡)』)にも使われています。
そんな上大岡に、とてもユニークなラーメン店があると聞きつけてやってきました。
なんでも、ラーメン店の看板を背負いながら、店内にビールの醸造所を作ってしまったのだとか!
果たしてどんなお店なのか、期待して上大岡の駅に降り立ちました。
上大岡発のクラフトビールが飲める「Roto Brewery、麺や 天空」へ
京急線上大岡駅の東口を出て、ゆるやかな坂を上っていくこと5分、「Roto Brewery、麺や 天空」(以下、Roto Brewery)に到着しました。
うわさ通り、窓からは迫力のあるビールの貯蔵タンクが見えます。
内装はカウンターのみのシックな雰囲気。今年の3月にオープンしたばかりの新しい店舗です。
早速、「上大岡ビール」2品を注文。美しい黄金色のクラフトビールが運ばれてきました。
「クリフトIPA」は柑橘系の香りがしっかり感じられる一杯。豊かな香りに対し飲み口はすっきりとしています。
後味にほのかな苦みが感じられる「アリーナ・ホワイト」は、3.7%と低アルコールなので、スイスイ飲めてしまいます。
どちらもクラフトビールらしい個性のある味わい!このおいしさが小さなラーメン店で味わえるというのは驚きです。
衝撃の出逢いから6年、ビール醸造所を立ち上げるまでの道のり
Roto Breweryを運営するのは、麺や天空をはじめ上大岡周辺に6店舗を構える麻生達也さん。
なぜラーメン店でビールの醸造を始めることになったのか、その経緯を伺いました。
「もともとはショットバーを始めようと思っていて、ビールも普通の国産ビールを出す予定でした。
でも、それじゃおもしろくないなと思って、タップの機械を入れて、いろんな国のビールを入れ替えられるようにしようと思いついたんです。
そんな折に、スコットランドのメーカー・ブリュードッグの『パンクIPA』というクラフトビールと出逢いました。
飲んでみると、これがすこぶるおいしかったんです」
しっかりとしたホップの苦みと麦のうまみ、ほのかな柑橘系のアロマ。初めて飲むおいしさに、麻生さんは衝撃を受けました。
当時のブリュードッグは、まだ創業から3,4年目。
「若い会社がこんなにおいしいビールが造れるなら、自分も造れるのでは?」と思い、その頃から醸造業に興味を持つようになりました。
翌年、当時38歳だった麻生さんは東京農業大学を受験。見事合格し、醸造学科に進みます。
一年ほど醸造の基本を学んだ後、仕事との両立が難しくなり大学を中退。
学科で学んだことを活かしながら、醸造所の実現に向けて徐々に準備を始めました。
「その頃、知人に誘われてドイツで開催されていた醸造設備の展示会に行ったんです。
その中で、スロベニアのメーカーの設備と出逢いました。
話を聞いてみると、もともと薬を作るための設備を製造していた会社のもので、シンプルな設計だけどクオリティの高さを追求している。他にはない魅力を感じていました」
実際に醸造設備を目にしたことで、ますますビールづくりへの思いを募らせていった麻生さん。
そのころ、日本で酒税法の改正案が可決されたというニュースが飛び込みます。
麦芽比率が下げられたり、使用できる副原料が増えたりと、翌年の施行に合わせてビールに関する定義が大きく変わることを知り、こうしてはいられないと麻生さんは行動に移します。
スロベニア大使館を通じて、展示会で気になっていた醸造機械メーカーとコンタクトを取ったのです。
「大使館に問い合わせたら、幸運にもメーカーの関係者が横浜市内に住んでいることがわかったんです。早速、直接会って話をしてみると、メーカーの社長がぜひ会いたいと言う。
昨年の7月にスロベニアに向かって、設備を造ってる工場や施設を見て、作り方も体験しました。
帰国してから、即決で設備を購入。今年3月には発泡酒の醸造免許も取得しました。
自分でビールを造りたいと思ってから形になるまで6年ほどかかりましたが、ようやく念願叶って『上大岡ビール』が誕生しました」
ビールのおいしさを引き立てるラーメン&天ぷらも必食!
5月12日に、駅前の京急百貨店でお披露目イベントを開催。
「奇をてらったビールではなく、オーソドックスなビールを造ろう」という目標を立てて作った上大岡ビールは、「口当たりがよくておいしい」と好評を博します。
当日は駅前で試飲してそのままRoto Breweryに向かう人が続出し、開店からすぐに満席になってしまったといいます。
上大岡ビールのおいしさをさらに引き立てるのが、自慢のラーメンです。
「上大岡はクラフトビールを出す店がなく、なじみが薄い。お客さんを呼ぶためのアイテムが欲しかった」と語る麻生さんが考案したのは、鶏のうまみとあっさりした煮干しの風味を感じる一杯。
食感のいいちゅるりとした太麺、塩麹に漬けて驚くほどしっとりと仕上がった鶏チャーシューなど、ビールと一緒に楽しむもよし、〆に注文するもよし、万人に好かれるおいしさです。
さらに、個性豊かな天ぷらにも注目。珍しい野菜の煮つけなど、味がついた状態の食材に薄く衣をつけて揚げるので、つゆや塩をつけなくてもそのままおいしくいただけます。
見ためよりあっさりしているので、ビールとの相性はもちろん、ラーメンと一緒に注文してもおいしいメニューです。
「いま店で出しているのは、上大岡ビールの第一弾。今後いろんな味わいのビールを造っていこうと思っています。
クラフトビールとラーメンを出すお店は他にもあるけど、ビールを造って提供しているところはありませんよね。
ゆくゆくは海外展開も狙っているので、上大岡ビールで外国の人たちをびっくりさせたいです」
まだまだ始まったばかりのビールづくりですが、早くも「ボトルに入れて販売してほしい」という声があちこちから上がっているといい、その注目度の高さがうかがえます。
近い将来、「上大岡といえば『上大岡ビール』」と誰もが答える日が来るかもしれません。
ライター紹介
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芳賀直美
- フリーライター/編集者。神奈川県出身。WEB制作会社、編集プロダクションを経て2016年に独立。カルチャー、美容、グルメなど、ジャンル問わず執筆中。パンダとお酒が好きです。