私がうどんに目覚めたのは、幼いころに食べた母のうどんがきっかけです。
母は西の生まれゆえ、作るのは薄口の素朴なうどん。“ホウレン草の卵とじ”をトッピングするのが我が家の定番でした。
現在はフードライターという仕事の傍ら、趣味が高じ、一介のうどん好きとしてテレビやイベントでその魅力についてお話しする機会が増えています。
そもそもうどんってどんな食べ物でしょうか?
「小麦粉と水をこねただけでしょう?」
そんな答えが大半を占めそうです。たしかにうどん作りに必要なのは、小麦粉、水、塩とどれも家にあるものばかりで、料理としては実にシンプル。
でも「こんな少ない材料じゃ美味しさに限界がなあ……」という方にこそ、お伝えしたいことがあります。
小麦粉、水、塩だけだから“こそ”無限なのです。
ある店主さんのお言葉を拝借すれば……
「うどんは小麦粉の芸術です!」
職人の数だけ「理想のうどん」がある
うどんの美味しさを生む要素について考えてみましょう。
まず小麦粉。産地や品種により、弾力や粘り、滑らかさといった特性がまるっきり違います。
水や塩の量、温度、熟成時間なども仕上がりを左右する絶対条件。生地を踏む人の体重だって食感に影響します。
こうしたピースのひとつひとつが、職人の技と相まって生まれる奇跡の結晶、うどん。
正しい着地点などなく、その座標は職人さんによってさまざま。 “美味しいうどん”の在り方は作り手の数だけあるのです。
なぜ、「うどきち」は未知の麺を追求するのか
“美味しいうどん”に決まった形はないことを強く実感させてくれるのが、このお店。
埼玉県所沢市に店を構える「うどきち」です。
こちらは常時5~7種類のうどんを提供する、全国でも類を見ないお店です。
通常食べられる「もち麺」「田舎麺」「ウルトラもち麺」「白もち麺」「肉そば」の5種類をざっくり区別するとこんな感じ。
1.「もち麺」…伊勢うどんに使われる粉と全粒粉を独自ブレンド。もちもち食感で香りもいい。
2.「田舎麺」…埼玉でポピュラーな武蔵野うどんに手もみの工程を加えるなど、倉田さん流にアレンジ。
3.「ウルトラもち麺」…餅のような特徴を持つ粉と全粒粉を独自ブレンド。吸い付くような質感。
4.「白もち麺」…伊勢うどんに使われる粉100%。もちもち食感。
5.「肉そば」…うどんと中華麺の特徴を併せ持つハイブリッド麺。
この5種類に限定麺も加えた個性派G7が一堂に会すと、これがなかなかの迫力。
使う粉に合わせ、水や塩の量、熟成時間に至るまですべてばらばら。
麺に合わせて「鹿肉汁」「カレー肉汁」「塩肉汁」といった専用つけ汁まで開発する追求っぷりに頭が下がります。
それぞれの味はぜひお店で体験してほしいのですが、どれもずば抜けて絶品。
言うなれば、「うどきち」は一癖も二癖もある役者(men=麺)が揃う超エキセントリックな劇団なのです。
なぜこれだけの種類を作るのか。また、その原動力はどこから来るのか。うどん作りへの思いを伺いました。
商売という目線で見たらダメなのかも……
――ズバリ直球で伺います。倉田さんがこれだけの種類を作る理由を教えてください。
「『マニアだから』の一言に尽きますね」(倉田さん)
――マニアもいろいろですよね。とにかくいろんな小麦粉で麺づくりを実験する"粉先行型"だったり、逆に理想の麺に向かって"麺質設計"するタイプだったり。
「そうですね。私の場合、粉は手段で、目的ではないです。イメージするうどんに向かって、いろいろな粉で試行錯誤を繰り返しながら近づけていきます。
正直、商売ということだけを考えたら、粉ありきの方が上手くいくのかも。地産地消を謳ったり、当店ではこの粉を使っていますと打ち出した方がお客さんにも伝わりますし。
お客さんにわけが分からないままとりあえず食べてもらうウチのスタイルは、商売としては……(笑)」
――最初からこのスタイルで?
「いえ、開業当時は『もち麺』だけで、正直、半年くらい鳴かず飛ばずで。来てくれた人は『うまい!』と口コミを書いてくれるんですけど、利益より家賃の方が高いわ、貯金はどんどん減るわで潰れるんじゃないかと不安でした。
そのころ、あるラーメン屋で茹でる直前に麺を揉んでいるのを見て。それがすごく美味しくてビビッときたんです!(笑) 手もみを取り入れるところから始め、ようやくたどり着いたのが、今の『田舎麺』なんです。
これが地域の名産である肉汁うどんのイメージにぴったりはまったことから、看板の『創作うどん』を『武蔵野うどん』に変更したところ、売り上げが安定するように。それから、よーし好きなことやるぞと今のスタイルになりました」
――そこですよ! 普通に考えれば、ピンチの状態から脱したら、守りに入るというか、現状維持を目指すと思うんです。
「私の場合は『やっと好きなことできるぞー!』でしたね(笑)。ただ、好きにやるけれどお客さんのことは裏切りません。
少しでも手を抜いてしまえば、お客さんは離れて結果的に自分が好きなことができなくなるじゃないですか」
毎日15時間の努力がうどん作りに繋がる
――倉田さんにとってうどん作りは、もはや仕事を越えてライフワークですね。
「そうですね。今、営業時間2時間45分に対して、一日平均15~16時間は働いています」
<倉田さんの1日のスケジュール>
【AM3:30】 起床。メールチェックや朝食
【AM4:00】 ダシ作りと製麺スタート
【AM11:30】 開店
【PM3:30】 閉店後、掃除や材料の補充
【PM5:00】 夕食
【PM9:00】 就寝
――お店が休みの日は何をなさってるんですか?
「定休日は、かえしを作ったり、新しい麺に挑戦したりと、割と忙しいんですよ。新しいアイディアを思いついたら身体が動いてしまうし、眠くもならない」
「やればやるほど、どんどん追及したくなる。毎日毎日うどんのことばかり、馬鹿みたいでしょ?(笑)」
終わりに
寝る間を惜しんでのトライ&エラー。ただ奇をてらうだけなら簡単だけれども、倉田さんの好奇心を下支えするのは“好きなことはやるけれど、絶対にお客さんを裏切らない”というポリシ―です。
「うどきち」は、誰しもが勝手知ったる存在であるうどんが持つ、ちょっぴりおもしろい顔を教えてくれるお店なのです。
- うどきち
-
埼玉県 所沢市 和ケ原
うどん
ライター紹介
-
井上こん
- フリーライター。食にまつわる記事を書いてます。うどん好きが高じてテレビ出演やイベント監修などうどん関連のお仕事も。西武線沿線うどんラリー2018アドバイザー。筑後うどん大使。「ふくうどん」発売中(https://koninoue.thebase.in/)。福岡生まれ。『うどん手帖』管理人。