果たして、魚沼産のコシヒカリは本当に美味しいものなのだろうか。
僕は長年、この疑問をずっと持ち続けながら生きてきた。
日本人が「美味しいお米は?」と聞かれたら、最初に出るトップブランドである魚沼産のコシヒカリ。しかし僕は生まれてこのかた、心の底から美味しいと思える魚沼のコシヒカリというものを食べたことがなかった。
これまでの食体験を振り返っても、特A地区といわれる場所で作られた最高級品を自宅で食べた時も「???」という感想しか僕は抱けなかったし、東京や京都の一流の和食店で食べる羽釜で炊いたご飯ですら、一度たりとも心から美味しいとは思った事がない。
さて冒頭の疑問に戻ろう。魚沼産のコシヒカリは果たして本当に美味しいのだろうか。
と、いうわけで僕はこの疑念を晴らすために、新潟に米を食べに旅行にいってきた。そしてついにこの長年の疑問に対する真の回答を見つけ出すことに成功したのである。
米の旨さはどの水で炊くかが命
せっかく新潟に出かけるわけだから、魚沼だけとはいわず、新潟市や佐渡、越後湯沢等の、新潟各地で旨そうな米を食べることにした。
まず最初に米を食べたのは新潟市内であったのだけど、この時点で「今まで食べていた米はいったい何だったのだ」というレベルで僕は衝撃を受けた。口当たりの時点で、既に今まで食べたどの米よりも優れていた。
言葉にすると若干陳腐な表現になってしまうのだけど、なんかすごくモッチリしていたのである。
米の甘みが芳醇に広がるあの感覚は、少なくとも自分が今まで食べてきた米とは完全に異なる種類の食べ物であった。
この米を最初に食べさせてくれたのは新潟市のとある鮨屋だったけど、大将いわく「新潟の米は、どうしてもモッチリしてしまうので、粒を立てたい江戸前の鮨を作ろうと思うと非常に握りにくい」と語られていた。
このお店では米は燕三条のものをブレンドして使っていたとのことだったけど、僕が思うにこのモッチリとした個性は米だけでは絶対に説明がつかない。
様々な産地の米を何十種も東京で炊いて食べた身からすれば、この差が説明できる原因はひとつしか思い浮かばない。水である。
新潟の米は、新潟の水で炊かないと完成しないのだ。その考えを強めたのは、その後訪れた佐渡での食体験であった。
不思議の国「佐渡」で出会った究極の米
不思議の国、佐渡。国鳥である朱鷺を有するその島の食材は、東京ではあまり有名ではないけれど、非常に質が高いということは知り合いの食通界隈からは随分と耳にしていた。
今回の旅で佐渡だけでも記事が何本もかけるくらいには素晴らしい体験をたくさんしたのだけど、佐渡で何に一番驚いたかといえばダントツで米である。
佐渡の米はこれまで食べたどの米よりも旨すぎた。そう、圧倒的に。
正直、どこで食べても素晴らしく美味しかったのだけど、あえて一番をあげるとすると、最近できたばかりの「たびのホテル佐渡」で食べた朝食バイキングが米自体を楽しむという点でいえば圧倒的に良かった。
【たびのホテル佐渡】
・公式サイト
ご飯のお供として最高のおかずが十数品提供されたそのホテルの朝食は、僕が今まで食べてきたどの朝食よりも素晴らしい食体験のひとつであった。
さきほど新潟で食べた米がモッチリしていたと言ったけど、佐渡の米はそれをさらに加速させたような食感だ。
これはちょっと現地で食べてもらわないと、いかんとも説明しがたいのだけど、少なくとも自分の今までの食体験を総合して考えた限りでは、東京や京都の一流の料亭の米よりも、佐渡で炊かれたお米のほうが絶対に絶対に旨い。
マイルドな糖質制限ダイエットをやっているはずの自分ですら、あまりの旨さゆえに、気が付くと毎朝3杯のご飯を平らげる有様である。
以前、とある千葉にある鮨屋では「お米が育った田んぼの水をわざわざ汲んできてシャリを炊いているらしい」という話を聞いた事がある。
僕はその鮨屋にいったことがないので何ともいえないのだけど、確かに今回の旅行を通じて圧倒的にわかったことがひとつある。
米の旨さを決めるのは、炊き方やとぎ方以上に、どこの水で炊くかがもの凄く重要なのだ。
少なくとも、いくら究極の米を使おうが、新潟の"あの水"を使わないと、新潟のお米の真価はおそらく発揮されない。
似たような話は海外でも聞く。かつてミシュランの三つ星をとった銀座の「小十」がパリに店を出店するときに最も困ったのも、米の味だったという。
パリの水で炊いた日本の米は、店主の奥田さんいわく、美味しくないのだそうだ。
結局、日本からミネラルウオーターをわざわざ運ぶことでこの問題を解決したのだという。
以前はそれを聞いても「ホンマかいな?」としか思わなかったけど、今ならその意味が十分によくわかる。米の味は、水でメチャクチャに左右されるのだ。
魚沼が絶対的王者たる理由
こうして佐渡で圧倒的な食体験をしてしまった僕は、その後訪れる魚沼で果たしてこの食体験を超えられるのかが、少しだけ心配だった。まあ結局は杞憂に終わったのだけど。
いろいろ調べた結果、新潟で最高峰の米を食わせてくれそうな所は魚沼にあるオーベルジュ・欅苑だった。
女将の素晴らしいホスピタリティと、樹齢1500年を超えるケヤキの生み出す唯一無二な店内の雰囲気の中、今回の旅の集大成ともいえる最後の食事が始まった。
素晴らしい山の幸や自家菜園の野菜を日本酒と楽しんだ最後に出てきたのは、自家菜園で作られた本物の魚沼産のコシヒカリと、炒った枝豆を和えて作られた混ぜご飯だった。
僕は恐る恐るそれを口に運び咀嚼した。
食感は・・・佐渡や燕三条のものと比較すると意外や意外、モッチリ感は弱い。
しかし真の驚きはここから始まった。初めはじわりじわりとこみあげてきた米の味が、咀嚼を繰り返すたびに徐々に徐々に強くなっていくのだ。それが強まることはあれど弱まることはない。
「米から・・・旨味があふれ出てくる・・・。これが・・・本当に美味しい米の味・・・。」
僕はそれこそ天地がひっくり返るぐらいの衝撃を受けた。
そして魚沼産コシヒカリが美食大国日本で王者を、他のどの土地からも奪われない理由を心の底から理解した。
米自体に含まれている、旨味の含有量の桁が全然違うのだ。
これが・・・本当に美味しい米というものなのか・・・。
文字通り圧倒された僕は、旨味に身を捩らせる中で、これが果たして炊きたての白米になると、どんな食体験へと昇華するのか、その未知へのゾーンへ身を震わせた。
さてその白米の味だけど・・・それをここで記述するのはやめておくことにしよう。是非とも欅苑へ行き、一泊した翌朝にでる白米の味を楽しんで欲しい。
ツヤツヤに輝く、白米を口に運んだ時、あなたの眼の前に、今までみたことがない甘美な風景が写りだすことだけは間違いない。
最高の米はここにあった。
お米王国新潟。そして、その最高の産地で作られた最高峰のコシヒカリを、育てられた土地の水で炊いたこの一品。これこそが僕が求めてやまなかった、究極のご飯。
あなたはきっとまだ、本当の本当に美味しい「魚沼産コシヒカリ」を食べたことがない。
- 欅苑
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新潟県 南魚沼市 長森
日本料理