ライターの蛯原天です。
東京都の南に位置する伊豆諸島、八丈島で生まれ、伊豆大島で育ちました。
東京都ではあるものの海を超えると食文化は特徴的で、不老長寿の妙薬とも言われる「明日葉」や、珍しい地魚を食べ育ってきたように思います。
上京するとそれらを食べる機会が減り、ふと恋しくなるときがあるのですが…、中でも特に恋しくなるのが…。
くさや!!
ご存知ですか?中国の臭豆腐、日本の納豆を圧倒的な差で押さえ、世界で5番目に臭いと言われる、伊豆諸島が誇る魚の干物です。
納豆が452アラバスター(←臭いの単位)とすると、くさやは1267アラバスター。これだけで何となくめちゃくちゃ臭い食べ物だということはわかっていただけるかと思います。
私は子供の頃からおやつや夕食でこのくさやを日常的に食していたわけですけれど、上京してからはご近所へのご迷惑も考えて、くさやを食べる機会は減ってしまいました……。
しかし、昨年の12月都内にくさやを食べられるバーが出来たとのこと!
くさやは私にとってはおやつなので、バー?という疑問はさておき、早速おじゃましてみました。
やってきたのは南池袋。ジュンク堂書店の裏路地にそのお店はあります。
その名もずばり「くさやバー」。
中はシックなカウンターで、一見普通のバーですが、スッと出されたお通しに驚愕。
オールくさや!ああ、懐かしい!柔らかな身に旨味を閉じ込めたムロと、歯ごたえがよくきめ細やかな身のトビのくさや。そして食べやすく八丈島土産でも人気のくさやチーズ。
メニューを見るとほぼ全部くさやを使ったなにか。その他、八丈島の郷土料理が並びます。
異色の経歴を持つ、くさやバー店主
くさやバーのオーナーを務めるのは、八丈島で地魚干物食堂・水産加工品の製造・販売を行う「藍ヶ江水産」代表の加藤幸さん。
現在は八丈島と東京の二重生活ということで、運良く池袋のお店に立つという日にインタビューをさせていただきました。
ーー加藤さんは八丈島のご出身なんですか?
加藤さん「静岡の沼津出身で、八丈島にくるまでは足立区で大工をしていました。シティーボーイだったんです(笑)。
23歳のときにふらりと八丈島へ遊びに行ったんですが、まさかこんなに長く住むことになるとは…。最初はスナックの店員をしていましたが、25歳のとき、八丈島のホテルのバーを借りて独立しました。
その後、八丈島では様々な飲食店を経営しましたね。特にバーが好きで、八丈島に初めてのショットバーをつくりました。『親不孝通り』という飲み屋が軒を連ねるエリアですね」
ーー覚えてます!(笑)一度聞いたら忘れられない名前で…
加藤さん「伝説でしょ(笑)。地元の人で結構繁盛しました。島ではボトルキープのお店がほとんどで、一杯いくらという形でお酒を出すお店はなかった」
ーー飲食で数々成功して、なぜくさやを作ろうと思ったんですか?
加藤さん「お酒一本にしろ、造り手さんの想いを伝えるのが飲食店の仕事じゃないですか。そんなことを繰り返していると、メーカーに憧れるようになるんですよね。
できれば地場産業で、どうせだったら参入障壁の高い仕事をやった方が楽しいだろうなって。くさやはくさや液がないと作れないので、参入障壁が高いんですよ」
ーーくさや作りのノウハウはなかったんですよね?
加藤さん「元々あったくさや工場で、先代から引き継いで、その人に口頭で教わったんです。はじめの頃は、美味しいものをつくれるときもあれば、ひどいなと思うときもあって。
そもそもくさやって、1年通して同じ味のくさやは作れないんですよ。長くやっている方でもそうです」
ーーよくわかります。
加藤さん「なのでそのふれ幅を安定させようと試行錯誤しました。安定したものが作れるようになったのは3〜4年経ってからです。
このふれ幅は、業界の中でもとても狭いほうだと自負しています。その決め手は、くさや液の管理だと思っているんです」
くさや液とは、くさやの臭いの根源。
かつて干物を作る際、塩干し用に塩水を使用していたのですが、高価な年貢の塩を節約するため、塩水を捨てずに繰り返し使い続けているうち、魚の蛋白質を源に塩水の発酵がはじまったものと言われています。
八丈島のくさやは、伊豆諸島の中でも特徴的な10〜13%と塩分濃度の高いくさや液に一晩漬け込み、翌朝水洗い・塩抜きをし、干して作られます。
このくさや液が、各製造所の味の決め手になります。
加藤さん「くさや液を管理するためにマシンを使って撹拌(かくはん)し、酸化させています。くさや液は生き物なんですよね。製造していない時期も、魚を入れてあげて、くさや菌にごはんをあげるんです。
そして撹拌して酸素を食べさせてあげる。ぬか床と一緒です。また発酵とか微生物についても勉強しました。都内の手作り酵素を作る教室に言ったり、くさや液という生き物をどう美味しく安定させようかってね。
そこでわかったのは、毎日酸化させてあげると旨味が増すということ。だから私の作ったくさやは、うまみ・甘みが他とは違うと思います」
くさやはBARにこそ置くべきメニュー
加藤さん「勿論営業もしました。くさやのメーカーとして営業で回る時に、くさやはバーに置くべきつまみだと思ったんです。ウイスキーにも合うし。こんなに酒の肴になるものはないと思っていて。
なので全国のバーに営業をかけたけど、扱い方がわからないとか、9割以上が『うちはいいよ』と。味を見てもらえなかったところもあります。
それが悔しくて。だから自分でバーをやってやろうと思いました。くさやが作れて、語れて、バーができる会社はうちしかないと思うんです。
私自身くさやが作れるバーテンダーですからね。こんな人間は他にいないですから。そこで、昨年9月頭に東京でくさやバーをやろうと思い立ちました。そして、同年の12月20日にオープンしました」
ーー早すぎる!
加藤さん「ほんとは11月オープン予定のはずが、工期が遅れちゃって。自分では時間がかかり過ぎたと思っています」
ーーその行動力、尊敬します!
くさや初心者も安心!おすすめのメニューと臭い度をまとめてみた!
お客様にも人気の高いメニューを聞いてみました!
熟成生くさや 1280円(臭い度 ★★★★★)
加藤さん「島の人間ならわかると思いますが、くさやってみんな手でむしって食べるでしょう?」
ーーそう言われれば、確かにそうですね!(手で食べるイメージ以外持ち合わせてなかった…)
加藤さん「干すと身が引き締まり、箸で食べづらい。手でむしる文化が定着しています。
私は沼津の出身ということもあり、干物のように箸で食べられるくさやがあればと思ったんです。この『生くさや』は、ムロアジを48時間くさや液につけて、干さない。
そうすることで、箸で食べやすい柔らかさと、ジューシーな旨味を実現しています」
くさやは焼く前と後で臭いが3倍にもなると言われています。店内後方に位置する個室(通称:VIPルーム)はくさやを焼くための専用ブース。こちらに移動し、くさやを焼き、食べます。
八丈島のくさやはカラリと干されたものが多く、箸で身がほぐれるのは本当に珍しい!
旨味と発酵した酸味がじゅわじゅわと湧き出てくる!ご飯と合わせて食べたくなります!
くさやアヒージョ 980円(臭い度 ★★☆☆☆)
バケットもりもりが嬉しいアヒージョ。ブロッコリーやパプリカなどシンプルなアヒージョに見えますが、
オイルを混ぜると底から大量のくさやが。でもこれがバケットに合う!臭いはほぼ感じず、くさやの酸味をアンチョビのように味わえるメニューです。
【裏ワザ】ハニートラップ 無料 (臭い度 ★☆☆☆☆)
本当にもうダメだ…と思ったら、バーテンダーさんにギブアップを申告してみて。
はちみつを出してもらえます。
大学芋を食べているようなスイーツっぽい食べ物になるから不思議!一気に食べやすさが増します。
バーテンダーさんに聞く、くさやに合わせたいお酒!
ーーくさやメニューに合わせるオススメのお酒はなんですか?
加藤さん「くさやは本当にお酒を選ばず合うんですよ。当店では生ビールは川越のCOEDO、ウイスキーも多種ご用意してます。
しかし、個人的には度数の強い酒が合うと思います。ここは、伊豆諸島の焼酎を合わせてみるのはどうでしょうか?焼酎も基本的にはなんでも合いますが、お客様の好みも聞いてお出ししています」
ーーでは注文したメニュー、くさやアヒージョに合うものをお願いします!
情け島(芋)ソーダ割り 780円
私も大好きな八丈島の焼酎、情け嶋(芋)。
芋とは思えないほど飲みやすい、甘く厚みのある香り。ソーダ割りにすると華やかで、アヒージョと合わせると、洋酒のよう。ハイボールに近い雰囲気になります。
ーー 加藤さんがくさやに一番合うと思うお酒はなんですか?
加藤さん「テキーラかな。東京ではまたレモンやライムを添えてるんですか?今はもうくさやの時代ですよ」
くさやテキーラ 600円
見た目…(笑)。
飲み方は、まず半分ほどくさやを食べて、一気にテキーラを飲みます。そして残りのくさやを放り込む。よし、やってみます!
くーーーー!くさやが、、、合う!
何ということでしょう。テキーラの強い刺激が、くさやの発酵臭でマイルドになるではないですか。テキーラの香りと、くさやの旨味だけが口に広がる!良いところだけが残るんですよ!魔法みたい!
情熱と行動力で、八丈島の伝統を未来へ継承していく
ーーただバーをやることでさえ東京では大変なことだと思います。ましてやくさやに特化したバーということでかなり勝負に出たと思うんですが、お店を初めてから苦労などはありましたか?
加藤さん「ないですね!自分の中に、あーしてこーしてお客さんがこう喜ぶという妄想?イメージトレーニングが出来ていました(笑)。それをちゃんと受け入れて頂いてると思っています」
ーー お客さんの反応はいかがですか?
加藤さん「今までにこのお店に来て、大体の方は『くさいけど美味しい!』と言ってくださいますね。8割くらいの方がくさやファンになっていかれます。
面白いのが、くさやを食べたことのある方が、食べたことのない方を連れてくるパターンが多いことですね。教えたいと思ってくれてるってことですもんね。今までのくさやのイメージを壊せてるかなと思います」
加藤さん「お店をやってよかったなと思います。このお店が出来てからくさやを初めて知って、今まで食べたことのない何千人もの方がくさやを食べてくれた。くさやを身近なものに出来たかなと思うんです」
現在41歳の加藤さん。くさやをつくりはじめて11年。たったの11年です。
そんな彼が八丈島のくさや作り・販路を改革し、くさやは今「珍味」ではなく、日本中の「酒の肴」として愛されようとしています。
八丈島のくさやをはじめ、伊豆諸島には特徴的な味や香りのくさやがたくさんあります。
島の焼酎と合わせ、ぜひこのくさやバーで新しい世界を体験してみて下さい。
- くさやバー
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東京都 豊島区 南池袋
バー
ライター紹介
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蛯原天
- タレント・フリーアナウンサー / 八丈島うまれ、伊豆大島出身。グラビアやバラエティで活動の傍ら、2010年よりインターネットライブメディアの世界へ。出演だけでなく企業のライブ配信の企画構成から技術、広告、執筆まで一手に請け負うマルチプレイヤー。好きな食べ物は赤身肉とチョコレート。