最近、スーパーなどで年中おいしい「焼き芋」を食べることができますが、秋が深まり、寒い冬が訪れるとともに「焼き芋」が恋しくなる人も多いでしょう。
サツマイモは、急速加熱する「蒸し芋」よりも緩慢(ゆっくり)加熱する「石焼き芋」にしたほうがおいしいとよくいわれます。
石で焼いた芋が蒸した芋よりおいしく感じる要因の1つは、サツマイモ内のβ-アミラーゼという酵素がより働くことで、デンプンが分解され、麦芽糖などの甘い成分が生成されるからです。
β-アミラーゼが一番活発に働く温度は約70℃であることがわかっています。
石焼き芋の場合、そのβ-アミラーゼの活性化温度帯を長い時間かけて通り過ぎるため、酵素がより働き、甘味が増すというメカニズムです。
ここである1つの仮説が浮かびあがります。β-アミラーゼが働く温度帯で加熱をずっと続けたらサツマイモはどうなるのか? 究極の甘さを持った焼き芋ができるのではないか?と。
簡単な実験をしてみましょう。まず、生のサツマイモ(茨城県産べにはるか)6本を準備。
食材内部への熱伝導率がいい「ノンフライ熱風オーブン」を使って調理します。
すべてのイモは、本加熱(200℃設定で30分)し、その前の低温加熱(80℃設定)の有無と時間 の条件を変えてそれぞれ加熱しました。
6個のサツマイモの加熱条件は、以下の通り。
①200℃で30分加熱
②80℃で30分間、その後200℃で30分加熱
③80℃で60分間、その後200℃で30分加熱
④80℃で90分間、その後200℃で30分加熱
⑤80℃で120分間、その後200℃で30分加熱
⑥80℃で150分間、その後200℃で30分加熱
できあがりはこのようになりました(左から右にかけて①→⑥)。
見た目は一見同じようですが、切った断面や実際に持った感じは結構違います。
低温加熱時間が長くなるにつれて、“皮”と“身”の空間が広がる傾向があります。水分が飛ぶからでしょう。
また、低温加熱によって圧倒的にやわらかくなります。
80℃で120分、150分加熱した⑤、⑥は、持っただけで真ん中がへたっと折れるぐらいやわらかくなっています。
同じ力で上から押すとよくわかります。低温加熱なしの①の焼き芋は、全くへこまず、低温加熱が長くなるほど、ぺちゃとなります。
食べてみると、低温加熱なしの①は、甘味不足で全くおいしくありませんでした。それに引き換え、低温加熱した②〜⑥の焼き芋は、実に甘くなっています。
もともと同じイモとは思えないほどです。加熱条件の重要さがわかります。
特に低温加熱が90分までは、加熱時間に応じて甘さが増していく感じがしますが、それを過ぎると、甘さがほぼ飽和に達している印象です。
また、イモのテクスチャー変化も興味深いものがあります。
低温加熱が60分までは、焼き芋のホクホク感が残っていますが、時間とともにやわらかくなり、それ以上低温加熱した⑤や⑥の焼き芋は、ホクホク感は消え失せ、ねっとりした食感を持っていました。
焼き芋としては、これまでに経験したことのないとろっとしたやわらかさでした。
低温加熱時間と甘さ、そしてかたさの関係を考えると、だいたい下のような図になるでしょう。
たった一人の官能試験、イモの数もn=1のトライアルなので正確なことは何もいえないですが、甘さやテクスチャーの理化学的な分析をきちんとしても、似たような傾向を示すのでないかと思います。
もちろんサツマイモの品種によっても、その挙動は異なるはずです。
焼き芋のおいしさのこれまでの概念は、おそらく優しい甘さとホクホク感だったでしょう。
しかし、低温加熱時間を伸ばすと、強い甘さとねっとりとしたテクスチャーを持つようになるのがおもしろい発見でした。
焼き芋のホクホク感を好むのか、ねっとり感を好むのか、実際に食べてみると意見が分かれそうですが、個人的には、十分な甘さ、ホクホク感とねっとり感を合わせ持った④の焼き芋が一番おいしかったです。
是非、自分で“実験“して、「おいしさを自分に最適化した焼き芋」をお試しください。