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“ホット・アイスクリーム”の作り方 〜新しい料理をデザインする〜

念願だった温かいアイスクリーム"ホット・アイスクリーム"の試作品を作りました。ネーミング的に、矛盾していますが…。

 普通のアイスクリームは、冷たいうちは形を留め、温かいと溶けますが、"ホット・アイスクリーム"はその逆です。温めると固まり、冷やすと溶けるのが"ホット・アイスクリーム"です。

材料

牛乳:1 カップ(200 g)
砂糖:10 g
メチルセルロース:4 g
バニラビーンズ:適量
卵黄:1個(コクを出す場合)

▲卵黄なしの場合

▲卵黄なしの場合

▲卵黄ありの場合

▲卵黄ありの場合

作り方

①材料をすべて合わせる。
②冷蔵庫で一晩寝かす。
③生地をかき混ぜる。
④電子レンジで加熱する。
⑤好みの大きさに取り分ける。

 だいたい50℃を超えたあたりからゲル化し、固まりはじめます。

 ほんのり温かいうち(40℃くらいまで)は固まっていますが、クリームの温度が20℃程度まで下がると形は次第に崩れていきます。

 ホット・アイスクリームは、冷めるとでろーっと"スライム化"します。

 実際作ってみた"ホット・アイスクリーム"の味は、メチルセルロース自体は味がないので、基本アイスの原料の風味がするのですが、熱い"ほわほわ"した感覚が未体験ゾーンでした。

 アイスクリームという"概念"で"ホット・アイスクリーム"を食べると、頭がやや混乱する感じです。ネーミングは変えたほうがいいでしょう。

 温かいので砂糖を控えめにした配合で作ったのですが、もっと砂糖を多めに入れて甘さをはっきりさせた方が良かったかもしれません。レシピはいくつか改良が必要でしょう。

 国内外の前衛的なレストランでは、メチルセルロースのような増粘剤などを使って、新しい食感を持つ料理が次々と開発されました。この増粘剤によるゲル化の役割は、液体の食材に粘りを増して形を保つことと、完全に固めることにあります。

 増粘剤を使って、液体の周りをゼラチン質で覆う「球化(spherification)」と呼ばれるテクニックが「エル・ブリ」のフェラン・アドリア氏らによって料理に取り入られています。

 また、アルギン酸ナトリウムの他に、カルボキシメチルメチルセルロース、カラギーナン、レシチン、グアーガム、キサンタンガムなどの、増粘剤、乳化剤、安定剤の添加物を使って、液体のゲル化や乳化、食感の変化など、新しい食が創り出されています。

 増粘剤等の種類によってできるゲルにはそれぞれ特徴がありますが、その中でも、メチルセルロースは少し変わった性質を持った添加物です。通常、ゲル化した食品は高温になると粘度を失ってやわらかくなり、低温になるほど硬くなりますが、メチルセルロースはその反対に、加熱されると固体になり、低温で液体になるという特殊な性質を持っています。

 食品衛生法でメチルセルロースの使用は、食品重量の2%以下と定められています。食品添加物として売られている粉末のメチルセルロースは水にすぐ溶けませんが、2%の濃度で冷蔵庫で一晩ほどおけば、このように透明でねっとりとした流動性を持つゾルとなります(写真ではわかりにくですが…)。

 加熱して温度を徐々に上げていくと、固まりはじめ、白濁化した固形のゲル(ゼリー状)になります。

 メチルセルロースの溶液が、卵の白身の加熱のような「ゾル→ゲル」といった一方向への変化と異なるのは、冷やすとまた透明の溶液に戻るということです。

 つまり、卵白が「不可逆性」なのに対し、メチルセルロース溶液は「ゾル⇔ゲル」の「可逆性」を持っているということです。

 その性質を利用したのが"ホット・アイスクリーム"であり、メチルセルロースの固化した熱いクリームが、室温にまで冷めると溶けるというものです。

 メチルセルロースと砂糖水を合わせたものを加熱し、粉砂糖をまぶした"ホットマシュマロ"も、分子調理関係では有名です。ほかにも、メチルセルロースを使って、"ホットシャーベット"、"ホットグミ"、"ホットマカロン"なども作ることができるかもしれませんね。

 従来、食品産業では、増粘剤を使って液体のゲル化やソースの乳化を行い、食感を変化させ、さらに安定した製品を生産してきた歴史があります。品質が安定し、再現性のある食を提供するために、増粘剤、乳化剤、安定剤のような食品添加物が用いられてきました。食品加工の業界で行われて来たことが、レストランなどにも導入されているということでしょう。

 世の中にない新しい料理を創り出そうとするとき、世界中の食材が比較的簡単に入手できるようになってきた昨今、新しい味や変わった香りを持つ食材で勝負するのはなかなか難しくなってきました。

 そのため、風味ではなく「食感」に新境地を求め、食品添加物を料理に使うことは、その過剰使用に批判がある面もありますが、何か新しいものを作ろうとする上でのひとつの論理的な帰結であるともいえます。

 おいしい料理をデザインするうえで、食感を添加物などでコントロールすることは今後も盛んに行われていくことでしょう。

ライター紹介

石川伸一
石川伸一
分子調理学者。料理・調理を研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。関心は、食の「アート×サイエンス×デザイン×テクノロジー」。
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