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「困ったらうなぎに聞く」 うなぎの無投薬養殖を成功させた、元・ラガーマン20年の苦悩

鹿児島県「志布志」市。しぶし、と読む。
 

大隅半島の東部に位置する町だ。電車は約2時間に1本という日南線の終点である志布志駅に降り立った。
 

無人の改札を出ると、がらんとした空間が広がっている。大阪へ向かうフェリーが発着する志布志港を有する以外は、これといった見どころの少ない町に2017年7月、観光客でにぎわう新名所が誕生した。
 

「うなぎの駅」
 

まるで道の駅のような広々とした店内は、その名の通りうなぎ一色!
 

売店では多彩な蒲焼、白焼きなどのうなぎ商品をはじめ、うなぎ弁当、うなぎ寿司とありとあらゆるうなぎグルメが並び、うなぎに合う焼酎(!)まで販売されている。
 

レストランでは、「うな重」「ひつまぶし」「ねぎ玉鰻丼」など、さまざまなうなぎメニューがずらり。
 

あ、あのうなぎが、こ、こんなに!!とテンションもうなぎのぼり。
 

まさに「うなぎのテーマパーク」といえる新名所は、観光客で連日の大賑わいだ。
 

実は、鹿児島県はうなぎの養殖が昔から盛んで、うなぎ生産量日本一を誇っている。
 

にもかかわらず、地元ではうなぎを食べられるお店が少なかった。うなぎの駅は、待ち望まれた「志布志の顔」ともいえる施設なのだ。
 

「まずは、うちのうなぎを食べてみてください」
 

笑顔で出迎えてくれたのは、うなぎの駅を運営する山田水産の養鰻部部長である加藤尚武さん。
 

加藤さんに勧められ、さっそく「うな重」をいただくことに。
 

こんがりと美しい焼き目にうっとり!

こんがりと美しい焼き目にうっとり!

テリッと美しく、焼きあがったうなぎに箸を入れて、ひとくち。
 

うまい!香ばしく、ふっくらほっくり!
 

すっと口の中に溶け込む上品な味わいで、食べ進めるたび、じんわりと旨みが伝わってくる。
 

実はこのうなぎ、志布志市内にある山田水産養鰻場において「無投薬」で養殖されている。
 

「日本初の『オーガニックうなぎ』なんですよ」と加藤さん。
 

うなぎは養殖に際し、一般的に病気の予防を目的として、安全基準内で何種類かの薬品が使われている。
 

しかし、山田水産は2005年、日本で初めて無投薬養殖に成功。そして、それを実現させたのが、目の前にいる加藤さん。
 

うなぎを知り尽くしたスペシャリストである「鰻師」の肩書で、日々「健康で美味しいうなぎ」を育てることに情熱を注いでいるのだ。
 

加藤さんが作業中に着用するTシャツ。背中には「鰻師」の文字

加藤さんが作業中に着用するTシャツ。背中には「鰻師」の文字

 

全員素人ではじめた養鰻チーム

山田水産は1963年に大分県佐伯市で創業。主に、水産加工品の製造販売で業績を伸ばしてきた。
 

そして1997年、新たな事業として、うなぎの養殖をスタート。
 

うなぎ業界では後発だ。しかし山田陽一社長が目指したのは、養殖から加工、出荷まで一貫して自社製造を行うこと。これは業界初の試みだった。
 

加藤さんは千葉県出身、1996年に入社。水産学部出身でもないばかりか、生き物にも特に興味なし。
 

縁もゆかりもない水産の仕事をするきっかけになったのは、大学時代、山田水産の専務である山田信太郎さんとラグビー部で一緒だったからだ。
 

当時の写真。一番左が加藤さん、その隣が専務の山田信太郎さん

当時の写真。一番左が加藤さん、その隣が専務の山田信太郎さん

そんな加藤さんにいきなり「うなぎ養殖プロジェクト」の白羽の矢が立つ。
 

加藤:「養鰻チームの全員が、ほぼうなぎの素人。うなぎは大好きでよく食べてはいましたが、うなぎを育てる知識は皆無でした」
 

そんな加藤さんの心配をよそに、社長は「安心、安全で美味しい『日本一のうなぎ屋』」を目標に掲げた。
 

社長:「どの養鰻場でも専門家だけが養殖を行ってるわけではない。普通の人がやっているのだから、できないわけがない」
 

やるしかない。素人の自分だってやれば、できるはずだ。加藤さんは腹をくくった。
 

加藤:「社会人デビューにあたり、人生をかけて九州に乗り込んだわけですから」
 

元・熱血ラガーマンの血が騒いだ。
 

うなぎと寝食をともにする日々

山田水産がうなぎの養殖地として選んだのは志布志市有明町。

山田水産の広大な養鰻場

山田水産の広大な養鰻場

加藤さんは地元の養鰻場で修業し、養殖を開始。養殖をはじめてからも、もっと良い養殖方法があるのではと、全国の養鰻場を訪ねて、教えを乞うた。
 

加藤:「修業で身に着けたこと、各地で教えてもらったことも導入して、いわば『いいとこどり』をして臨みました」
 

体制としては万全。
 

しかし、ことはそう簡単ではなかった。
 

教わったとおりに作業を行っても、うなぎは思ったようにすくすくと育ってくれない。思うようにいかず、原点である地元養鰻場の養殖法に戻して探求を続けるも、悪戦苦闘の日々。
 

何が良いのか悪いのかもわからない。わからなければ、わかる人に聞くしかない。
 

トラブルが起こるたび、修業先へ相談に駆け込む日々が続いた。
 

加藤:「毎日がトライ&エラー。失敗の原因を考えて、改良する。その繰り返しでした」
 

良いうなぎを育てるには、「水と栄養」が大切。うなぎの健康状態を見極め、常に最適なコンディションを保つ。
 

当時、うなぎを「見る目」ができあがっていなかった加藤さんは、とにかくうなぎにつきっきりで観察する、それしかないと思った。
 

やるときは徹底的に。そう、養殖場内の管理棟に「住み込み」である。
 

養殖場の目と鼻の先にある管理棟

養殖場の目と鼻の先にある管理棟

加藤:「農家のみなさんが、畑の前に住んでいるのと同じです」
 

と、こともなげに語る加藤さんは、当時「夜中でも1時間ごとに見て回った」という。
 

まさに、うなぎと寝食をともにする日々。一定して良質なうなぎを育て上げるまでに、3年もの月日がかかった。
 

「当たり前」を疑え

安定出荷ができるようになったある日のこと。うなぎの病気を予防する薬を与えている作業をしていた加藤さんに社長が尋ねた。
 

社長:「何で薬をやるんだ?」
 

加藤:「この時期にはうなぎの病気予防のために、薬をまくものだ、と教わったからです」
 

そう答えた加藤さんに社長が返した言葉は、意外なものだった。
 

社長:「本当に必要か?」
 

業界では当たり前のこと。しかし、確かに「病気になってもいない」のに薬が必要なのかと言われると、答えに困る自分がいた。
 

加藤:「現状、病気になっているわけでもないし、なくてもいけるのかなあと。うなぎの素人だから、考えられたことなんですが(苦笑)」
 

そもそも、山田水産が目指しているのは養殖のみならず「うなぎを商品として送り届ける」こと。
 

加藤:「安心、安全で美味しい商品を送り出すために、薬は必要のないものではないか」
 

業界の常識を覆すべく、またも加藤さんと養鰻チームによる苦悩の日々が始まった。
 

お前はうなぎを苦しめている

しかし、薬を与えなくなったうなぎには、やはり病気が待っていた。次々とうなぎが死に、その数は半分近くに。
 

加藤:「来る日も、来る日も、死んだうなぎを掬うのが仕事という日々でした」
 

リスクが大きすぎるチャレンジだったのだ。格闘し続ける加藤さんに社長は言った。
 

社長:「全部死んでも会社はつぶれない。だから、やれ。責任はとる」
 

当然ながら、うなぎの大量死は企業として莫大な損失を意味する。それでも、日本一のうなぎ屋を目指す社長の「度胸」を受けて、ひるむわけにはいかない。
 

加藤さんは、ますますの努力に励んだ。しかし、ひとつの病気を克服しても、また違う病気が発生し、途方にくれた。
 

そのころ、かつて指導を受けた宮崎県のうなぎ生産者が加藤さんのもとを訪れた。そして、うなぎを見るなり、こう言った。
 

「お前はうなぎを苦しめている。『助けてくれ』って言ってるじゃないか。それがわからないのか」
 

加藤さんはショックを受けた。
 

黒潮にのってやってきたシラスウナギが、自分の養鰻場にたどり着いたら死んでしまい、ほかでは元気にすくすく育つ。
 

「お前のところに来たうなぎが、かわいそうだ」
 

かわいそうな、うなぎ。
 

加藤:「そんな思いで、うなぎを見たことがありませんでした」
 

自分が行ってきた方法は、果たしてうなぎにとって、やさしかったのか。
 

加藤さんはチームのスタッフと一緒に、これまで行ってきた作業のひとつひとつを徹底的に見直し、考え続けた。
 

そして、たどり着いた結論。
 

加藤:「すべての作業を『人間主導』から、『うなぎ主導』に切り替えることにしたんです」
 

「うなぎ主導」の養殖とは

うなぎの無投薬養殖を実現するためには、とにかく「病気に強い元気なうなぎ」を育てることしかない。
 

病気になるのは「人間が管理を怠ったから」と加藤さんは語る。
 

 

加藤:「うなぎを病気にするのも、させないのも人間。うなぎのせいにしたり、餌や天候のせいにしたら、その先はないんです」
 

原因は己にある。強い信念をもって「うなぎ目線」で取り組んだ。
 

加藤:「困ったら、うなぎと向き合う時間を長くする。ただ、じっとうなぎを見ているだけでわかるんですよ」
 

うなぎのことは、結局「うなぎに聞く」しかないのだ。

山田水産の養鰻場を加藤さんに案内してもらった。のどかな山間にうなぎの住むビニールハウスが広がる。
 

ハウス内では、うなぎたちが気持ちよさそうに泳いでいた。
 

丈夫な鰻を育てるためのポイントは、「水の入れ替え」「餌の与え方」。そして、それを見極める「人間の観察力」だと加藤さんは語る。
 

水の入れ替えは、うなぎが心地よい環境で育つために必要不可欠。病気の要因はストレスも大きいからだ。
 

水は、地下70mからくみ上げた地下水を使用し、温度、水質、酸素量を徹底的に管理している。
 

朝5時と午後2時の1日2回、水質をチェックし、結果はデータ化して保存。
 

すべての池の水位や水温は、コンピューターで24時間集中管理され、異常があればスタッフに自動通知される。
 

加藤:「でも、機械だけではダメ。どれだけ効率化しても、人間しかできないことがある。そして、それがいちばん大事なんです」
 

うなぎの状態と水質のデータを見て、「人間」が正しく判断することが大切なのだ。
 

餌もうなぎの成長段階に合わせて、きめ細かく調整。一切作り置きしないで、そのつど新鮮なものを与える。
 

餌やりはうなぎの状態を観察する重要なタイミングでもある。ポイントは「餌の食べ方」と「泳ぎ方」だという。
 

加藤:「餌を入れると、うなぎが群がって集まってきますが、すぐにワッと寄ってくるときと、あまり寄ってこないときがあります」
 

寄りが悪いときは、何かがおかしい。
 

鰻が発するサインを見逃さない。異常を感じたら、すぐに対処する。
 

作業の合間には、「池周り」も欠かさない。池のにおいや水の色もこと細かに観察する。
 

うなぎは個体差があるため、成長過程において、大きさにあわせてグループ分けをして育てる。
 

加藤:「私たちはクラス替え、と呼んでいます(笑)」
 

選別を繰り返しながら、8ヶ月から1年半で卒業。出荷にいたる。
 

ここまでの仕組みを構築して、ほぼ病気を克服。無投薬での安定出荷を軌道にのせるために、5年の月日を要した。
 

「うなぎ主導」の無投薬養殖は神経を研ぎ澄まし、うなぎの声に耳を傾ける繊細な作業だ。
 

しかも、たかだか10匹、20匹の話ではない。
 

山田水産の養鰻場の総面積は10万3000平方メートル。東京ドームのほぼ3つ分で、年間約1000トンもの「健康なうなぎ」を育てている。中途半端な意識では、到底ムリだ。
 

「鰻師」の匠の技があってこそ、である。
 

「うなぎの養殖に終わりはない。もう、それは永遠です」

丹精こめて育てた健康でおいしいうなぎはもちろん、加工にもとことんこだわっている。
 

すべて焼き上がりの美しさを考慮して、手作業でさばく。

素材のよさを最大限引き出す焼き方も追及。蒲焼はローラーで計4回、「タレつけ」と「焼き」を交互に繰り返す。
 

かくして完成した山田水産のうなぎ商品は、全国のスーパーへ販路を拡大。主力商品に育った。志布志の「ふるさと納税」商品としても、大人気だ。

実に、加藤さんがうなぎの養殖をはじめてから、22年の月日が過ぎた。
 

けれど「手綱は決して緩められない」と語る。
 

加藤:「病気になるリスクはいつも孕んでいます。常に危機感を持って、養殖にのぞまなければ失敗する」
 

そして、こう続ける。
 

加藤:「無投薬だけでは自己満足。無投薬はもちろん、さらに味を追求して、もっともっと美味しいうなぎを育てたい。完成形はないし、これで大丈夫という終わりはない。もう、それは永遠です」
 

もっと先へ。さらなる「極み」を目指し、鰻師の終わりなき旅は続く。
 

 
・山田水産の公式ホームページはこちら
 

ライター紹介

池田陽子
池田陽子
薬膳アテンダント/食文化ジャーナリスト。立教大学卒業後、出版社などにて女性誌、機内誌の編集を手がける。国立北京中医薬大学日本校に入学し、国際中医薬膳師資格取得。自身の体調の改善、ふだんの暮らしの中で手軽に取り入れられる薬膳の提案や、漢方の知恵をいかしたアドバイスを、執筆、講習会などを通して行う「薬膳アテンダント」として活動。また、日本各地の食材を薬膳的観点から紹介する活動も積極的に取り組み、食材の新たな魅力を提案、発信を続け、食文化ジャーナリストとしての執筆活動も行っている。サバファンが集う「全日本さば連合会」の広報担当・サバジェンヌとしても活動。

■池田陽子公式HP
http://www.yuruyakuzen.com/
■全さば連
http://all38.com/

【※編集部注】水産物は有機JASの認証対象に含まれないため、山田水産ではオーガニックに精通する安心農業株式会社が定める有機水産基準、認証総合規則にのっとったオーガニック認証を取得しています。記事内の「オーガニック」の表記は、上記のオーガニック認証を意味します。

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