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【相撲めし】秘伝!友綱部屋に代々伝わる「湯豆腐ちゃんこ」

平成最後の大相撲一月場所が、大変な盛り上がりをみせました。初日は豪栄道関に栃ノ心関、高安関と3大関が負けを喫し、ツイッター上で戸惑いの声をあげる相撲ファンを多く見かけました。

追い打ちをかけるように、横綱・稀勢の里関が小結・御嶽海関に敗れ、進退をかけた場所であるにもかかわらず、初日から黒星という衝撃も走りました。もう、目が離せないどころじゃ…。

そんなこんなで、今年も引き続き大相撲に夢中な私が、新年最初に訪れた相撲グルメスポットは「相撲ばる 魁ちゃん」(錦糸町)。

壁には展示室なる案内が

壁には展示室なる案内が

なんと「相撲展示室」なる、貴重な相撲の“資料”を展示したスペースが併設された「体感型居酒屋」なんです。

父と叔父、祖父が関取の家系に生まれて

オーナーである西野邦昭さん(元 魁将龍)は中学卒業後の1995年3月、友綱部屋に入門。最高位は幕下6枚目で、あと一歩で関取という地位まで上がっていましたが、怪我のため2010年3月に引退しました。

西野邦昭さん

西野邦昭さん

力士時代は身長196cm、体重149kgの体格でしたが、引退して約9年経った今は体重が減り、元バレーボール選手かバスケ選手を思わせる、すらりとした見た目に(特にダイエットはしていないそうです)。

元関脇・魁輝関の長男である西野さん。さらに、祖父が元十両・一錦関、叔父も元小結・巴潟と、多くの関取を輩出する家系に生まれました。

西野さんの父、元関脇・魁輝関が使っていた座布団

西野さんの父、元関脇・魁輝関が使っていた座布団

父は西野さんが小学2年の年まで、現役関取として活躍。引退から数年後、10代目友綱親方を襲名し、友綱部屋を経営していたこともあり、西野さんも大相撲の道へ進むことを期待されていたと振り返ります。

高校に行ってもやりたいことがない→大相撲に行くか

「初めて土俵に上がったのは父の引退相撲のときでした。その後、小4でわんぱく相撲に出場して、江東区大会で優勝したんです。それから後楽園にある相撲道場(針ヶ谷道場)へ通い始めたんですが、厳しい稽古がつらくて1年も経たないうちにやめました」

相撲界に入ってからは15年もの長い間、現役生活を続けた西野さんですが、入門前は相撲へのやる気はなかったといいます。

転機は中学卒業前。進路を考えるとき、父から「やりたいことがあるなら高校に進学してもいい」と言われるものの、特にやりたいことが浮かばなかった、と西野さん。

かつて友綱部屋があった場所が「相撲ばる 魁ちゃん」に

かつて友綱部屋があった場所が「相撲ばる 魁ちゃん」に

父の現役時代から付き人である若手力士をそばで見ていたり、父が継承した友綱部屋の力士と関わったり、常に相撲が身近にあった西野さんは、大相撲の世界に自然と足を踏み入れていました。

「雪駄と羽織が嬉しかった」三段目昇進時の思い出

「当時(中学卒業時)身長が190センチを超えていたんです。世間では目立つ大きさですが、体の大きい人ばかりがいる相撲界に入れば目立たなくて済むなぁ、と思いました。『やってやるぞ!』という意欲はなく、どちらかというと消極的な気持ちで入門しましたね」

左端の方には現役時代の西野さんの写真が

左端の方には現役時代の西野さんの写真が

力士デビュー後、大変だったのは「たくさん食べること」。元々、大食いなほうではなく、力士としては線が細かった西野さんは、もりもり食べて太ることに苦労したといいます。

一方、相撲部屋という特殊な集団生活には馴染み、コツコツ努力を続けるうち、19歳のときに三段目(序ノ口、序二段の次の地位)に昇進。すべての力士は相撲界での地位を表す番付を1枚でも上げるために、日々精進しています。

「番付によって、身につけられるものが変わってきます。序ノ口と序二段は素足+下駄ですが、三段目になると雪駄を履けるんですね。雪駄は踵に金属が付いているので、歩くとジャラジャラと音がして、カッコいいなと感じたのを覚えています。三段目では羽織も着られるようになるので、昇進したときは本当に嬉しかったですね」

左膝の大怪我で引退を考えた

三段目の次の地位、幕下に昇進したのは21歳。幕下で相撲をとるようになって3年が経つ頃、九州場所での取り組み中、左膝の靭帯を損傷してしまいます。その影響で2場所を全休し、翌場所も5日休んだ影響で番付は下がり、三段目まで落ちることに。

手術で人工靭帯を入れた膝は、かつてのようには動かなくなり、「引退」の文字が頭をチラつくようになった西野さんでしたが、その後も4〜5年現役生活を続けます。

「魁聖(友綱部屋所属の現役幕内力士。ブラジル出身)が来日し、友綱部屋に入ることになったんです。親方から頼まれて、魁聖の面倒を見ることになりました」

魁聖関が幕下5枚目まで番付を上げ、5勝2敗と勝ち越した2010年3月場所をもって、西野さんは力士を廃業。一般社会で働く前準備として通信制高校へ進学し、高校卒業資格を取得しました。

スペシャリテは「湯豆腐ちゃんこ」

西野さんが初めて働いた職場は、後援会関係者に紹介された居酒屋でした。1年の修行を経て、2011年からは「相撲ばる 魁ちゃん」の前身である「ちゃんこ魁」を手伝い、2016年に「相撲ばる 魁ちゃん」として店をリニューアルオープンしたのです。

店内にはいろいろな相撲グッズが。手製のカードも

店内にはいろいろな相撲グッズが。手製のカードも

ここで必ず食べたいのが、100年以上の歴史を誇る「秘伝のタレ」をかけて食べる伝統のちゃんこ鍋「湯豆腐ちゃんこ」(1人前2480円・税別)。京都で生まれた湯豆腐が大阪に伝わり、独自の進化を遂げたのが秘伝のタレの始まりだと言われています。

初代友綱親方はかつて、相撲が東(東京)と西(大阪)に分かれていたとき、大阪相撲に所属する力士で、タレの起源が大阪であることから、友綱部屋に代々伝わる湯豆腐ちゃんこのタレも大阪由来のものだと考えられています。

秘伝のタレでさらに美味しく

秘伝のタレ

秘伝のタレ

醤油に卵黄、鰹節、あおさなどをベースに作ったタレは、ちゃんこ鍋の上に乗せていただきます。これが「甘辛じょっぱい」感じで、とにかく箸を動かす手が止まらない…!

秘伝のタレを好きな分量だけ乗せる

秘伝のタレを好きな分量だけ乗せる

元々スープに味が付いている鍋とは違い、自分好みの量を乗せたり、スープで薄めたり…と、そのときどきで好きな食べ方をできるのも嬉しいです。

雑炊も最高…

雑炊も最高…

稽古でたくさん汗をかいて塩気の強い食事をとりたい力士もいれば、年齢を重ねて薄味の食事を好むようになった親方もいるのが相撲部屋。

皆で食事をしていても、各自が好きな味付けで食べられる、皆に優しいちゃんこ鍋であるのも、湯豆腐ちゃんこの魅力だと思いました。

相撲居酒屋+αな魅力を持つ店

おにぎりに塗った力士みそ

おにぎりに塗った力士みそ

他にも、にんにくやひき肉と味噌などを混ぜて作る「力士みそ きゅうり」(420円・税別)や「魁皇関の鶏にんにく焼き」(650円・税別)など、食欲をおおいに刺激してくるメニューが盛りだくさん。お店へ来たら、相撲展示室も楽しんで!

相撲展示室の様子

相撲展示室の様子

貴重な昔の本も

貴重な昔の本も

レアすぎる番付表も

レアすぎる番付表も

力士の髷を結うときに使う

力士の髷を結うときに使う

ちなみに、本場所開催中はテレビ中継を流しながら、西野さんが相撲解説をしてくれるそう。元力士だからこそできる説明はぜひ聴きたいものです。

他にも「相撲語り会」という、相撲好きが集まって飲んだり食べたり、相撲のカードゲームで遊んだりといったイベントも時々開催しています。詳しくはお店のFacebookページをチェック。

食べて、飲んで、見て、交流して…と、居酒屋という枠を飛び越えた「相撲ばる 魁ちゃん」。相撲に興味がある方は、お気軽に足を運んでみてくださいね。

ライター紹介

池田園子
池田園子
フリーの編集者/記者。女性向けメディア「DRESS」編集長。著書に離婚経験後に上梓した『はたらく人の結婚しない生き方』など。プロレスが好きで「DRESSプロレス部」を作りました。
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