いつからでしょう。白馬に乗った王子様ではなく、白米に乗った王子様を追い求めるようになったのは…。
私がカレーを作り始めたのは8歳のとき。実家が農業をやっていたこともあり、カレーの材料はそこらへんにいくらでもありました。
養豚、養鶏も営んでおり、特に鶏肉は自宅で捌いて食べることが当たり前。野草だっていくらでも裏山で採ることができたのです。
色々と創作カレーを作りましたが、人生最大の失敗はドジョウを入れたカレー。あれはひどかった。
カレーが好きなだけだった少女も、いつしか大人に。それから少しずつスパイスの魅力に取り憑かれ、以前よりもカレーに没頭する日々が始まっていました。
そしてついに、私は順調だったOL生活を捨て、「自分はカレーで生きていくんだ!」と、料理人の世界に入ったのです。
それが30歳を過ぎた頃。
趣味と仕事は180度違うけれど、カレーで生きていくためには自分のすべてを捧げるしかない。そうして女盛りの真っ只中を、カレーとともに過ごしてきたことになるわけです。
もちろん、人並みに恋はしてきましたが、良縁に恵まれることはなかった。その度に頼っていたのも、やっぱりカレーだったんです。
泣きながらカレーを食べたことだってあります。涙で甘口のカレーがしょっぱくなった、なんてことも。
今まで男性に裏切られたことは多々ありますが、カレーは決して裏切らなかった。それからというもの、私の恋人はもはやカレーなのです。
カレーは尽くした分だけ、きっちり返してくれるから。(いつかカレーみたいな人に会いたい…とまだ一縷の望みは持っていますよ)
そんな私は、常に彼(カレー)のことで頭がいっぱい。電車に乗っているときも、寝る前も、いつもSNSなどを駆使して彼(カレー)に関する情報をとにかく集めまくっています。
好きすぎるが故のネットストーキング、とでも言いましょうか。
そして気づきました。このご時世、ネットを駆使すれば、今まで知らなかった彼(カレー)に腐るほど出会える可能性があるということに。
日々、私にハマりそうな彼(カレー)を発見しては、猛烈にアタックをしているところです。(怖い)
そんなある日、とあるウワサを耳にしました。
「ラーメンが激ウマなお店のサイドメニューに、ラーメンを上回る勢いで人気のカレーが存在しているらしい」と。
サイドメニュー?盲点でした。
ドラマで言えば脇役、寿司で言ったらガリみたいな存在ですかね。メインじゃないけど、一定数その信者がいて、確実になくてはならない存在。
私はちょっとへそ曲がりなので、ピカピカに輝いている主役、つまり脂ののりまくった大トロよりも、名脇役のガリがないとちょっと物足りなかったりもするんです。
おっと、いけない。なぜ寿司で例えたんでしょう。カレーですよね、カレー。例えるなら、ズバリそれは福神漬けです。もはや福神漬けがないとカレーは完成しないという人も数多いるほど。
なぜ今まで彼(カレー)のような男性を見落としていたんでしょう。私としたことが、王道の彼(カレー)ばかり見ようとしていました。
でも、単に「サブ感」そのものが好きなわけではありませんよ。メインにならない理由こそが私を魅了するのです。
あと少しのところで、なかなかメインになれないサブもたくさんいるでしょう。しかし、「あえてメインにならないサブ」もいるはず。
メインになりうるポテンシャルは十分なので、スポットライトを当てようとしなくても、自ら光を放てるサブ。
まさにスラムダンクの「流川くん」のような存在ですね。余計なことは言わないし、普段はそこまで主張しないけど、試合になると爆発的な活躍をするという。
サラッととてつもないダンクシュートをかましたり、周囲を魅了する圧倒的な実力が彼の持ち味。
不器用だからこそ、プレイで示す。クゥ〜しびれます。
まさに男の中の男。あえてメインにならないサブってかっこいいんですよね。みんなが心奪われるわけです。
さて、そんなカレー界の流川くんがいるのは、ここ両国!
江戸自体の伝統が息づく、歴史ある下町です。
多くの方が「お相撲さんの街」というイメージを持っているのではないでしょうか。
オフィスも多く、ランチや仕事終わりに飲みたい人もたくさんいるのため、駅前には飲食店が多くあります。
そんな両国駅から10分ほど歩いたところに、ポツンとあるのがお目当のお店。
周囲にはパラパラと飲食店が点在しているだけ。なぜこの立地にしたのかも気になるところです。
こちらが、牛すじラーメンが絶品と話題の「シマシマトム」さん。
店内に電話はありません。だから予約もできません。材料がなくなり次第、閉店になることもしばしばあります。
つまり彼(カレー)に会うためには、アポなしで行くしか方法がないんです。なかなか手強いですね。でも、そんなドS感にますます惹かれてしまいます。
あまりの人気ぶりに、ランチタイムはいつも満席。私以外にも彼(カレー)に惹かれて来た人がたくさんいました。ライバルが多いってことですね…。
あ〜お腹が空いた。さっそく彼(カレー)を呼んでみましょう。
と、言ってもここの彼(カレー)、単品での注文はできません。ラーメンのサイドメニューとして鎮座しているんです。
しかもランチのみの提供で、1日約20食限定。(なくなり次第終了)
彼(カレー)に会えるチャンス自体が少ないところに、私は燃える想いを抑えられません!
さらになんと、お値段が100円!まさに飴と鞭の極み!たまりませんね。このこの〜。
ただし、100円と侮ることなかれ!そんじょそこらのラーメンについているミニカレーではございません。
このカレーを単品メニューとして出してもいいレベルなんです。味、量ともに100円の域を超えてきます。
利益度外視!つまり彼(カレー)は見返りを求めない尽くすタイプなんですね。もう、好き。
彼(カレー)と話してみて感じた第1印象は、見た目は小ざっぱりしているのに、話していくと引き出しがどんどん出てくる感じ。
舌にまとわりつくような牛脂の甘みのおかげで、一口目にして口の中が旨味でコーティングをされたような感覚になります!
後追いでじわりと感じるスパイスは、少しずつ爽快感に変わっていく。舌の上でとろけるように柔らかく煮込まれた牛すじは、気がついたら消えてなくなっていました。
なんと儚いのでしょう。だけど、しっかりと心に留まり、私の脳に残像を残していきました。
聞くところによると、この牛すじはラーメンの出汁を取る時に香味野菜と一緒に煮込んでから、肉だけを取り出してカレーに作り変えているのだとか。
したがって肉以外の食材は入れずに、スパイスと調味料だけで出来ているんです。
だからこそ余計な脂が削ぎ落とされて旨味だけが残り、雑味の少ないなめらかなカレーに仕上がっているんですね。
お店は、店主の河野さんとその奥さんで切り盛りしているんだそう。
なんとなくラーメン屋の店主と聞くと、寡黙でこだわりが強く、とっつきにくい印象がありますよね。
頭にはタオル、そして青色のパーカーと合わせたかのような、青いメガネ。それだけでもこだわりが強そうなのに、このコワモテな雰囲気。
やっぱり最初はビビリましたが、お話をしてみると優しくてキャラクターのような愛らしさがある、とっても気さくな方でした。
河野さん:「僕はお蕎麦屋さんのカレーを目指しているんです。なので、前提としてラーメンのお供的存在にしたかったんですよね。コスパ良く、満足度を感じてほしいのが一番なんです。
ラーメン=大衆的で、どこかファストフードに近いイメージがあるじゃないですか。それを捨てたくないんですよね。オシャレにすれば良いってもんじゃないっていうか。
僕も前職の時はよくランチを食べに、その街のいろんなお店に行ったんですが、なんとなくおいしかったお店があったことは覚えているけど店の名前までは思い出せないんです。
地域に根ざしたラーメン屋さんって、そんな感じで名前は覚えてないけどフラッと行くじゃないですか。肩肘張らずに店にも入れるし。しかも、しっかりおいしいから何年もお店が続いてるわけで」
「地域の人がフラって入ってこられる"街のラーメン屋さん"が理想ですね。カレー付きなのに、1000円出してもお釣りがくる、みたいな部分にこだわってます。
実際、僕はラーメンよりもカレーの方が好きなので、カレーにかける強い思いもあるんです。でも、このクオリティだと100円がちょうどいいのかな、って。
これを単体メニューとして提供するとなれば、見た目やスパイスなど、もっとこだわらなくちゃいけないはずなんです。どっちも本格的にやりたいんですが、いつも妻に止められるんですよ。「二兎を追う者は一兎をも得ず」って(笑)」
独占欲の強い私としては、好きな人に毎日会いたいので彼(カレー)も定番メニューにしてほしいところですが、あくまでもラーメンのお供としてのカレーというスタンスは崩したくないんだそう。
毎日は会えないし、しかもいつ会えるか約束もできない。もどかしすぎて耐えられないです。カレー界の流川くんを独り占めするのは、なかなか至難の技ですね。
カレーももちろんですが、ラーメンも絶品でした。カレーの爽快感に浸りながら、ラーメンのスープをすすると、牛骨の旨味が一気に広がってまたカレーが食べたくなる。
すると今度はラーメンのツルツル感を感じたくなり、その無限ループが完成。わたしの口内はまさにカレーとラーメンの交差点。大渋滞です。
河野さんの作るラーメンもカレーも本当に絶品で、とにかく食後の満足感が半端ないんです。ここまで人のことを満足させられるホスピタリティは、他にない強みだと感じました。
彼曰く、『理想は特別なラーメン屋よりも、ただのラーメン屋』。目立ちたがりの花形的存在よりも、獅子奮迅と闘志を燃やし、いざという時に実力を発揮するような影の立役者を目指しているんだそう。
まさに、スラムダンクの流川くん。主役ではないけど、抜群の存在感で周囲を魅了するんですよね。
外観をちょっとオシャレにしちゃったもんだから、年配の方の中には「ラーメン屋に似つかわしくない」と、離れていく人もチラホラいるんだそう。
そこだけちょっと後悔していると、もの悲しげに話していた河野さん。でも、まだまだ勝負はこれからですもんね。
スパイスをとことん追求したり、見た目にこだわったり、現代のカレーはどんどん進化を遂げています。
でも、そんな時代だからこそ昔ながらのシンプルなカレーが、私は一番好きだったりします。
不必要なものをできるだけ削ぎ落とした、ミニマルなカレー。グレイビー勝負で潔い!
とりあえず、この彼(カレー)はキープしておくとして、理想の王子様を探す旅はまだ始まったばかり。
終わりのない道のり。もんこのカレージャーニーは死ぬまで続きます!
- シマシマトム
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東京都 墨田区 両国
ラーメン
ライター紹介
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一条もんこ
- カレー・スパイス料理研究家。年間800食以上のカレーを食べ、レトルトカレーは3000食以上を試食。現在はあらゆる角度からレシピ、メニュー、商品開発等を手掛け、自身が考案したレトルトカレー『あしたのカレー』は6ヶ月で5万食を売り上げた実績も持つ。 https://monko.club/