1.前置きと仕入れ
人間には、ハチャメチャな値段の食材をメチャクチャな量作ってみたいという欲望があります。そういうわけで、まずは「カラスミ食べ放題」という狂ったパーティーを開催した時の画像をご覧ください。
一般的なご家庭で製造が可能で最も高級な食材とは何かと考えると、カラスミはかなり有力な候補と言えると思います。
ちょっと検索していただければわかりますが、国産の上物だと末端価格で100グラム1万円以上になってきますね。
1グラム100円と考えると、500円硬貨が7グラムなので、500円硬貨よりグラム単価が高いということになってきます。すいません、自分で言っててちょっとわからなくなりました。
まぁ、そんなわけでカラスミは自宅で作れます。原料となるのはボラの卵巣、通称ボラ子。
10月くらいから豊洲市場には結構入荷していて、1キロ4千円~4万円くらいです。値段の変動幅がベンチャー企業の株価みたいなことになってるのは、タイミングと品質と産地で全く価値が違うからです。
どこの産地が最上級とか、どこの産地がイマイチとか、そういうことを言うとカドが立つので、各自深めてください。
ボラ子が出回り始めるいわゆる「走り」の時期は値段が高い傾向にありますが、今から作り始めても年末年始に間に合わないという時期になると値段が暴落する傾向があり、僕は10月から12月までちょくちょく市場に通ってボラ子を仕入れます。
この仕入れは結構油断できず、ボラ子が千切れているとかなり辛いです。油断するとザックリ破れた切れ子を掴まされますので、じっくり検分して買うのが良いでしょう。
市場の掟により、掴まされるほうが悪いルールです。キロ4万クラスで切れ子を掴まされたら結構膝から崩れ落ちますよ。
自信がない人は信用できる魚屋さんに「仕入れて!」とお願いするといいでしょう。でも、せっかくやるならいろんな産地、いろんなサイズをやりたいと思いますので、市場へ行くのがオススメです。転んでも泣かない。
2.血抜き
さて、ボラ子を無事仕入れられたところでカラスミの作り方に入ります。
カラスミの作り方はざっくり言って、血抜き⇒塩漬け⇒塩抜き⇒干しの4工程から成ります。カラスミを作る人が最も「辛い」と感じる工程はこの血抜きでしょう。
これは血抜き済みの画像です。血抜き前がどんな感じかはググると出ますが、「マジで?これ全部取るの?」と感じることでしょう。ご安心ください、全部取ります。
血抜きの方法はというと、マチ針などでボラ子の血管に穴を開け、スプーンの柄などで押して血を押し出すという、ほとんど外科手術みたいな作業になります。
なお、ここでうっかり皮を破いてしまうとゲームオーバーとなり、悲しみが訪れます。そんな時は、塩漬けにして生カラスミと言い張りましょう、それはそれで旨い。
氷水に食塩を加え、手の熱でボラ子の鮮度が下がらないよう、冷やしながらこの作業を行うわけですが、「そりゃ異常な値段になるよな」と感じられると思います。
丁寧に血管に穴を開けて、裏の大きな血管の血だけを除いてしまった後に、一晩真水に漬けこめば大体全部取れたりもするのですが、「え、魚卵を真水に漬けるの?」と感じられる方も多いでしょう。
実際漬け込んだ水を味見するとかなり旨味が出ていて、これはもったいないと思います。
ボラ子の値段は血管の入り具合にかなり影響され、血抜きが鬼のようにめんどくさい血管まみれのボラ子は大変安いですが、あまりにひどいものになると水に漬けても血が抜けなかったりします。でも安い、使いたい。
ここで必殺技です。鍋に「ギリギリ手を入れられる」くらいのお湯を張り(料理人基準のギリギリなので、手が弱い人は無理です)、その中で十分に血管に穴を開けたボラ子をやさしく揉んでやります。
その後、塩を加えてキンキンに冷やした氷水に入れて更に揉んでやります。これは僕が発見した方法なのですが、これを何度か繰り返すとかなり血管のひどいボラ子でも綺麗に血が抜けます。
仕上がりにも問題は出ません。一晩水に漬けるよりは旨味も抜けず手っ取り早いので、僕はこの手法を採用しています。皆さんもやってみましょう。
処理の悪いボラ子は「ボラ臭い!」ということもあるのですが、その場合にもオススメの処理です。
ちなみにキロ4万クラスになると「そもそもこれ血抜きいらないのでは?」みたいなやつなので、課金で解決できるブルジョワは課金で解決しろ。
3.塩漬け
地獄の血抜き作業が終わると、塩漬けに入ります。ここも人によってやり方は千差万別。サッと塩を振って半日という人もいれば、塩に埋めて一週間という人もいます。
更に言うと、塩漬け⇒塩抜きの工程をショートカットする食塩水漬けという手段もあります。これだと食塩水の濃度さえ間違えなければ、一手で完璧な塩分濃度を作れます。(廉価なカラスミは大体この製法らしいですね)
塩漬け⇒塩抜きというのはカラスミ製造工程の中でもコアな部分で、一回ガチガチに塩に漬けたものをもう一度丁度いい塩分濃度まで抜くというのは結構難しい作業です。
じゃあ食塩水漬けでいいんじゃないの?という考えも至極合理的です。そういうわけで、僕は昨年両方をやってみました。
結果として、「塩に長期間漬けたほうがカラスミの風味が強く出る」という結論が出ました。
これは、いわゆる鮭の山漬けなんかと同じ原理だと予想されます。塩蔵の間に蛋白質が分解され、風味と旨味が出るわけですね。
では、塩水漬けはフェイクか?というと、非常にクリアな風味に仕上がるというメリットがあり、カラスミを調味料として使いたい人などにとっては選択肢になると思います。
少量の塩で短期間漬けるスタイルも、風味がクリアに仕上がります。僕は「塩蔵品ってのは旨味と風味が炸裂してるから面白いんだよ」という信念を持っているので、大体4日~1週間ほど漬け込むスタイルです。
深く考えず塩で埋めてあげて、定期的に水を捨ててやればいいでしょう。高級なボラ子を用いてより完璧を期す場合は、毎日塩を換えるという狂った製法もあります。肉より高い塩とかでやる狂人もいます。
一番難しいのは「少量の塩で短期間漬ける」スタイルでしょうね。塩の量を間違うとどうなるかというと、普通に腐敗します。
この辺り、塩が何グラムとかそういう世界観ではないので、己のカンと信念でやりましょう。塩水漬けの場合は10%くらいが手堅いです。
僕は大体こんな感じです。漬けムラを出さないように気をつけましょう。
4.塩抜き(酒漬け)
お疲れ様でした、一番厄介な場所にやっと辿りつきましたね。はい、ガチガチに塩が入ったボラ子を酒や水に漬け、適切な塩分濃度に戻す作業です。
ここで使う酒も大変個人差があります。僕は今年、魔王とアードベック、獺祭などを用いました。
カラスミ界ではそれほど狂ったことではありません。ただ、「魔王を使うことによって異常に旨い」ということはないので、風味の綺麗なお酒なら大体なんでもいいと思います。
あと、水でやる人もいます。僕は「腐敗怖くね?」と思ったのでウォッカの水割りなどでもやりましたが、問題なかったです。個人的にはアイラモルトのピート香が好きですね。
僕は昨年累計15キロくらいカラスミを仕込んだので、冷蔵庫がこのような事態になりました。
これを3ラウンドくらいやった。なんでもまず10キロくらいやらないとわからない。この塩抜きの酒や水の量に関しては、ボラ子のサイズや塩の入り具合などによって全く別物になりますが、ガチガチに塩を入れた場合はこの画像を参考にされてください。
大体こんなもんでちょうどいい味になります。塩が軽い場合は、己の感性を信じましょう。
この状態で2日ほど抜くわけですが、ここでいくつかトラップがあります。まず温度です。
冷蔵庫で冷やしっぱなしだと、塩が抜けにくい。塩の抜け加減はボラ子を揉んでみて全体に柔らかくなっていればOKなのですが、冷蔵庫に入れっぱなしだと「どれだけ待っても抜けない、外側はブヨブヨなのに芯が残るチクショウ!」という事態が起こります。
また、甘味の強い日本酒を使った場合にも同様の事態が起こりやすく、おそらく浸透圧の問題でしょう。甘い濁り酒でやったら本当に抜けなくて頭がおかしくなりそうだった。
そういうわけで、日本酒で抜く場合はウォッカと水、あるいは焼酎などである程度割ってやるのが大事です。
蒸留酒を使うほうが安全で、初心者は日本酒を避けるのがいいでしょう。ただ、日本酒のほうが醸造酒だけあって旨味も甘味もあるので仕上がりが面白いというところがあり、各自バクチを打っていくといいと思います。
僕は20時間常温で抜いて、24時間冷蔵庫というスタイルで仕上げています。仕上げにまな板などを乗せて重しをかけ、水分をある程度切っておくといいでしょう。誘い塩などの概念は宿題にします。
「カラスミの形を整える」と表現されることもありますが、実際のところカラスミの最終成型作業は干しながらやることになります。ここで重要なのは、圧をかけることによってカラスミの厚さと密度を均一に均すことです。
これは数日干した、いわゆるレアカラスミです。これはこれでフレッシュ感があり、美味です。ただ、タラ子の10倍以上の値段でこれを食うかと言われると、僕はちょっと悩んでしまいますが。安く手に入った時はいいかもしれませんね。
5.干しから完成へ
お疲れ様です、やっと最終工程に到達しましたね。安心してください、この工程も本当にダルいです。
まず、用意するのは干し網、そして100均とかで売っている木のまな板です。少量なら冷蔵庫で干してもいいです。
「天日に当てる」は僕の実験結果によると大した意味がありませんので、素直に陰干しにしましょう。
ただし、網にダイレクトに置くとカラスミが曲がってしまい、最悪皮が裂けてしまいます。絶対に板を敷きましょう。
下の画像右側のような悲しいことが起きます。これは悲しかった。左も色が悪い…。
また、カラスミというのは単に干すだけでは表面がカサカサになり、色合いも悪くなります。
毎日数時間おきに表裏を返し、お酒の霧で水分を補給してやることで、表面と内部の乾燥度合いの差を縮め、綺麗に干しあげるのです。
塩抜きを水でやる人は、この工程でお酒の風味を乗せます。ハケでやる人もいますが、僕は霧吹きでシュシュっとやっていました。
干しながら、まな板などを使って形を好みに整えていきましょう。「ひらべったくしてデカく見せたい」という欲望が行き過ぎると破裂します、しました。
上手に仕上げると、皮まで柔らかく美味しくなるので、ここは結構大事な工程です。
この「水気を足す」という作業、極めて重要です。カラスミの専門店などでは、3週間以上干すという話も聞きますが、足し水なしで3週間も干した場合カラスミは完全にミイラです。
表面はガサつき艶は出ず、もちろん旨味の塊ですから味は良いのですが、とても悲しい見た目になります。
また、ここでもうひとつメイラード反応という問題が出てきます。このメイラード反応というのは、本来黄色かったボラ子が深みと透明感のあるオレンジに化けていく、あの変化のことなのですが
このように失敗します。味は悪くないのですが、カラスミに求められる色合いはこれじゃない。
このメイラード反応の法則性がまったく見えないというのがカラスミ作りの最後の壁でした。
なんで真っ黒になるねん、メイラード反応ってことは糖か?でもこれウィスキー漬けだし、ウィスキーの糖質ゼロだよな?アレ?など様々な苦闘を経ました。
その後、「塩抜きに失敗した個体はなぜか黒くならない」という知見が得られ、「もしかして、表面の塩分濃度か?」という気づきが発生し、干しの始めに食塩水を吹きかけることで、欲しい色合いを一定狙って出せるようになりました。
ただ、本当にこれが正しいのか?たまたまこれをやるようになってから成功が続いているだけで、実はボラ子の個体差ではないか?などさまざまな疑惑があり、来年はこの辺を解明させようと思います。
メガサイズのボラ子が、この仕上がりになってしまうと流石に泣いてしまう…。
苦節6年。辿り着いた本質をご堪能ください。この画像の右側が、今年いちばん出来のいいメガカラスミです。
仕上がりで500グラムを軽々突破しており、このレベルになると市場にはほとんど出回りません。具体的に言うと、チョイノリ1台とかより高くなる。
ここまでいくとニュアンスとしては「造幣」に近くなってきます、どうですロマンを感じませんか。
僕はこの後、風味がイマイチなものはピートとウィスキーウッドで燻製して仕上げとします。こうすると、カラスミ初心者でも大変美味しく食べることができます。
仕上がりの酒の香りをどれくらい強くするか、カラスミの魚の風味をどの程度生かすかなど、遊べる要素が大変多く、本当にカラスミ作りは楽しいですよ。
具体的に言うと、これくらい作ればわかりが発生すると思います。これで今年作ったものの半分くらいです。
末端価格を計算すると、とてもいい気持ちになります。皆さんも、今年の冬はカラスミ作りにトライするといいのではないでしょうか。ギャンブル性が高いので報酬系が作動しやすく、ハマります。
さぁ、皆さんカラスミ作りにトライしてみましょう。ロマンですよ。
なお、僕のカラスミはもう一段階美味しくするための工程があるのですが、それは秘密です。各位、秘伝の製法を作っていきましょう。