廃車になったバスの中で絶品の和歌山ラーメンを食べてきた

和歌山県が好きで、よく県内を車でめぐっているという友人から、「動かなくなったバスの中で営業しているラーメン屋さんが和歌山に複数ある」という話を聞いた。

その友人が和歌山の魅力にハマっている理由は、県内をくまなく探訪すればするほど、和歌山にしか見つからない独特の文化に行き当たるからだそう。その「バスラーメン」も、和歌山独自の文化なのだろうか。

気になって調べてみると、確かに和歌山県内にバスを改装して店舗としているラーメン店(中には居酒屋も)がいくつもあるらしいとわかった。

しかし、それはかなり昔の話で、そういった店は時の流れとともに徐々に姿を消し、現在はほぼなくなってしまったようだ。

そんな中、『山崎食堂』という、廃バスを店舗にしてラーメンを提供している店が現在もあるらしいことを知った。

検索するとお店の電話番号が出てきたが、電話しても「おかけになった番号は現在使われておりません」のアナウンス。電話は不通だったが、お店の公式のものと思われるTwitterアカウントがあった。

ダメでもともとの気分でそちらに連絡してみたところ、お返事をもらうことができ、取材の許可をいただいた。

一体どんな店だろう。どんな人が、どんなラーメンを作っているのか。確かめに行くことにした。

想像以上の“廃バス”から漂う美味しそうな匂い

『山崎食堂』があるのは、和歌山県の岩出市山崎という場所。JR西日本の和歌山線「船戸駅」から歩いて15分ほどの距離だ。駅からはせいぜいそのぐらいだけど、私の住む大阪から行こうと思うとなかなかに遠い。和歌山駅で乗り継いで、トータル2時間ほどはかかる。

小旅行気分で電車に揺られ、あいにくの雨の中、無人の船戸駅から豊かな紀の川の流れを眺めつつ歩きだした。周囲には住宅と畑とスクラップ工場などが見え、時おり大きなトラックが走り去って行く時以外はとても静かだ。

あ、これか!?

違う。

スマホのナビを頼りにとぼとぼと歩いていくと、ふいに美味しそうなダシの香りが漂ってきた。ニンニクの匂いもする。そして年季の入りまくったバスが見えてきた。

美味しそうな匂いがする以上、まず間違いはないのだが、それにしても「本当にこれだよな?」と自分を疑ってしまう風情である。

とにかく、バスの乗降口から中に入り、店主に挨拶させてもらった。こちらが店主の藤原和美さんである。

ちなみに店内はこんな雰囲気。確かに店なのにバス。バスなのに店。不思議な空間だ。

和美さんは現在、お一人でこの『山崎食堂』を切り盛りしている。はっきりとした記録は残っていないが、オープンからおよそ50年にはなるはずだという。

和美さんのおばあさんの代から今も変わらずこのバスの中で営業し続けており、おばあさんからお母さん、お母さんから和美さんへとリレーされるようにして現在に至っているそうだ。

店名はこのあたりの「山崎」という地名から取られているが、そもそもどうしてこの場所で営業することにしたのか、正確なことはわからないそう。

「なぜバスをお店にしたのでしょうか?」と聞くと、和歌山県では、屋台の延長で安く買い取ったバスを改装して店を出すというスタイルが普及した時期があったらしい。

バスゆえに、厨房、客席とも、ある程度広いスペースを確保でき、中を改装さえすればそれで店になってしまうという手軽さに、目をつけた人がたくさんいたようだ。

『山崎食堂』はその中でもかなり歴史の古い店だそうで、その後、急速に「バスラーメン」や「バス食堂」が増えていったが、和美さんの知る限りでまだ県内に残っているのは『山崎食堂』の他にもう一店しかないんだとか。

おばあさんの代からバトンのように受け継いだバスラーメン

――和美さんが「山崎食堂」で働くようになったのはいつ頃のことですか?

「私、30年ほどずっと京都で別の仕事をしてたんです。なんやけど、お母さんも歳やし、ちょっと心配やと思ってこっちに帰ってきたんが9年か10年ぐらい前かな。

でも最初は別のところで働きながら、休みの日にお母さんを手伝ったり、仕事が終わってからこっちに来て手伝ったりしてました。お母さんが去年亡くなって、それで私一人でやるようになってからは1年ぐらいかな」

――お母さんはずっと「山崎食堂」ひと筋でやってらしたんでしょうか?

「おばあちゃんがこの店をやってる時は、お母さんは和歌山の別の場所で屋台のラーメン屋をしてたらしいです。

その後は京都のスナックで働いたり、パチンコ屋さんやったり色々してたんやけど、おばあちゃんが歳やからってお母さんが一緒にやるようになって。その内におばあちゃんが体を悪くして、お母さんが一人でやるようになったんです」

――そして今度はお母さんから和美さんがお店を引き継いだということですね。

「うん……。お母さんが歳とってきて、私は何回も辞めようかなと思ったんやけどね。何年か前にお母さんが骨折した時があって、ほんまに大変やったんよ。

今日の分の材料を仕入れたら昨日の売り上げがまったく手元に残らんし、それやのにガス代とかはかかるやん?そこに入院費もかかって……ほんまに色々大変やって。電気止まったから今日お店休み、いう時もあった(笑)」

お母さんが亡くなり、店を畳もうと思っていたという和美さん。その少し前にテレビ番組のロケでこの店を訪れたのがお笑い芸人の「ガリガリガリクソン」さんだった。

この店のラーメンの味と廃バスの中というシチュエーションを気に入った彼は、その後も個人的に何度となくお店を訪れ、和美さんと連絡を取り合うようになった。

「近いうちに店を閉めようと思う」と連絡した和美さんに対し、「まだ色々やれることがあるはずです。閉めるのはもったないです!あらゆる手段を考えましょう!」と協力することを誓ってくれたのだという。

――そんなことがあったんですね。

「ガリクソンさんの存在がなかったら、店をやめてたと思います。すごく色々教えてくれてね、『お金をかけんでもインターネットで宣伝できますよ』とか、そういうことだけじゃなくて、『こうすれば今仕入れてる材料のコストをもう少し抑えられるはずですよ』とか、アドバイスをしょっちゅうくれるんです。

それで、『来月からお店でイベントをやったりして盛り上げていきましょう!』って言ってくれた直後につかまってしまって……」

――そんなタイミングだったんですか。

「でも、今でも連絡を取り合ってますし、色々協力してくれてます。お友達を連れてきて下さってうちを紹介してくれたり、のぼりを作って持ってきてくれたり、本当に感謝です」

――和美さんが「やっぱりお店を続けよう!」と決意されて、その後はいかがですか?

「大変やねぇ。お客さんがたくさん来てくれる日もあるんやけど、一日に作れる分量が決まってるやん?そやから、早い時間に売り切れになったりしてしまって。そして売れたら売れた分、仕入れんといけへんし」

イケメン無料!?とんでもなかったお母さんのサービス精神

――メニューの「中華そば」が600円ってちょっと安く感じるんですが、値上げはされないんですか?

「ねー。よくお客さんに『値上げしたら?』って言うてもらうんやけど、和歌山の辺ぴな場所で、こんなボロイ店で、値上げできんのよねぇ(笑)だいぶ昔から値段は変わってない。

和歌山って、美味しくて流行ってる店に行ってもお昼を500円で食べられたりするんです。それやのにうちが値上げするいうのは、難しいねんなぁ」

――なるほどー、確かにそうかもしれないですね……。簡単に値上げすればいいってものではないですよね。

「うん……うちのお母さんは有名なぐらいオマケする人やって。ちょっとまけるどころか、ほんまに、グループでお会計が2700円やったらその端数の700円を『いらん』って言う。

向こうが『いや、払います』って置いていったら外まで追いかけて、車の中にその700円を投げ入れに行ったりする(笑)」

――そこまでですか!

私が売り上げとかお金の管理してたから『頼むからやめて、水道も止まるぐらいやのに』ってよく言うてたんです。一日の売り上げが5000円ぐらい違ってくるんですよ。

せやからいっつも『もうやめて』と怒ってたんです。でも、お母さんが亡くなってしまったら、言わんかったらよかったな、好きにさせてあげたらよかったなって思うんですけどね」

――うーん、でも確かにやり過ぎるとお店が立ちいかなくなってしまいますもんね。

「その時はそう思ったんやけどね。でも、不思議なもんで、お母さんが亡くなってから、今までずっとお店に来てくれてた人たちが『お母さんに供えてやー』って言って、いっぱいお金を置いていってくれるんですよ。

『お金ない時、お母さんに食べさせてもらった』とかって言うて、そういう人がたくさんいて、いっぱい戻ってくるんですよ。だから、やっぱりこういうものなんやな。お母さんのやってたこと、間違いやなかったんやなって」

――すごく、魅力的なお母さんだったんですね。

「自分の親やけど、ものすごい可愛い人やった。ものすごいモテてたね。でもね、ほんますごかったよ。とにかくまけるんよ。

イケメンが好きやねん。若い人が何人かできて、イケメン揃ってたりしたら『お金いらん』とか(笑)『お母さん、このラーメン美味しいわ』って言う人がいたら『お金いらん』って言うたりとか」

――『山崎食堂』のことを検索していたらお母さんが大衆演劇がお好きだったと書いてあるのを見つけたんですが。

「そうなんですよー!私も今好きなんですけど」

――ははは。そこも引き継がれたんですね。

「私も初めは『大衆演劇ってあんなんおじいちゃんおばあちゃんが見るもんやし』みたいに思ってて、親孝行のつもりでお母さんと一緒に行ってあげるわ言うて、見てみたら『思ってたより面白いな』って。

2回目に行って見た劇団がすごい良くて感動してしまって、『劇団美山』っていう劇団が好きで、もう10年ぐらい好き。関西でやる時はできるだけ行くし、たまに東京まで見に行ったり。座長が里美たかしさんで、若座長が里美こうたさん。大衆演劇の中でも有名やと思うで」

――失礼ながら私はまだ大衆演劇自体を見たことがないんです。

「『劇団美山』は、里美たかしさんが小学校6年生の時に座長になってるんですよ。その時は他の座員もみんな子どもばっかり。人数も少ないし貧乏やって、どこの劇場にも出してもらえないような時もあって、それが今では新歌舞伎座で公演するぐらい。

何もないところからここまでのし上がった努力、それが好き。それが舞台に現れてるから。昔はお母さんがポスターをここにも貼りまくってたんですよ(笑)」

旨みは濃厚なのに後味さっぱり。優しさを感じる絶品ラーメン

厨房を見せていただいた。運転席が改装されたもので、広さや設備は十分らしいのだが、「夏はものすっごい暑い」という。

ラーメンに関して、和美さんはお母さんから直接的に教えを受けるようなことはなかったという。手伝いをするうちに見よう見まねで身につけていったそうだ。

材料や分量はお母さんの頃とほぼ変わりなく、それに加えてチャーシューの仕込み方などを自分なりに工夫しているそう。

「中華そば(600円)」を作っていただいた。

スープは和歌山ラーメンの王道・豚骨しょうゆ。麺はおばあちゃんの代から変わらず和歌山の製麺所から仕入れているという。

和美さんが手際よく作って運んできてくれたのがこちら。

美しい。具材はチャーシュー、ネギ、メンマ、なると。

麺はコシのある中太のストレート。

全体の見た目こそ、和歌山ラーメンを代表する『井出商店』などと近いが、スープの印象は違う。後味がさっぱりしていて軽い。私の和歌山ラーメンのイメージは、とろみがあって濃厚でしょっぱいという感じだったけど、ここのスープは穏やかでライトなものに感じた。

ふと横を見ると取材の同行者がこのスタイルで食べている。うらやましい(もちろん私もビールをもらった)。

和美さんいわく「うちのラーメンは日本酒には合うけどビールには合わへんって、よく常連さんがいうんよ」とのことだが、全然合います。スープのとろみが残った口に、ビールのキリッとした苦味が心地よい。

チャーシューにすごく旨みがあって柔らかく、「美味しさの秘密は?」と月並みな質問を投げかけてみた。昔は一度に大量の豚肉を仕入れて仕込んでいたが、今は費用の問題もあって1日分ずつ仕込んでいる状況だという。それゆえ、かえって丁寧に仕上げられているそうだ。「チャーシューだけはよく褒めてもらえるんよ」と和美さんは笑う。

美味し過ぎてこんな顔になる。

美味し過ぎてこんな顔になる。

ラーメンの他に、おでんや巻き寿司、はや寿司などもメニューにあり、常連さんの間ではラーメンとおでん、あるいはラーメンとお寿司、もしくは全部いっぺんに!という風にセットで食べるのが定番になっているとか。取材時はまだ仕入れ前だったので今回は食べることができなかったのが残念だ。

「毎日の仕入れが大変やねん」と和美さんは言う。和美さんはバスの中で働いているが、車の免許を持っていない。『山崎食堂』から6キロほど離れた店まで、自転車を漕いで仕入れてくるのだという。「雨の日も風の日もやからねぇ」と。

また、最近困っているのが雨漏りだそうだ。以前はバスの車体の上部を覆うように雨よけの庇がかけられていたのだが、昨年の台風でそれが飛んでいってしまい、雨が強く降る日には何か所か雨漏りすることがあるのだとか。

古い車体ゆえどうしても老朽化してくるのは仕方ないが、なんとか修繕してもらうためにも、できる限りラーメンを食べに行き「食べ支え」をするしかないと思う。

もともとは阪急バスとして町を走り回っていたというこのバス。「運賃大人90円」と、時代を感じさせる表示板が残っている。

和美さんにお客さんへ伝えたいことを聞いてみると、「オープンしたばっかりの時間帯は特にお釣りが足りないことが多いんよ。そやから、できれば小銭を持ってきてお会計してもらえると助かります」とのことだった。

3代に渡って続く『山崎食堂』。旨みはしっかり濃厚で、それでいて優しさを感じる美味しいラーメンが一日でも長くこのバスの中で食べられるよう、できる限り足を運ぼうと思った。今度はおでんもつまみながらゆっくり飲んで、締めにラーメンをいただこうかな。

ライター紹介

スズキナオ
スズキナオ
東京生まれ大阪在住のフリーライター。お酒と麺が好き。酒場ライター・パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」の一員としても活動中。
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