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老舗の洋食屋さんでパラパラ漫画と共に届いたプロポーズのことば

プロポーズがないまま、いつの間にか結婚することになっていた

結婚の話が出たのは、付き合って5年目のこと。

私と彼は山小屋のバイトで出会い、当時は遠距離恋愛だった。

私は札幌の実家に住んでいて、契約社員としてコールセンターで働くものの、会社勤めが向いていなくてメソメソする毎日。

一方彼は、関東の工業高校でデザインを教えていた。私よりずっと忙しく働く彼に電話口で泣き言を言ってしまうたび、申し訳なさを感じていた。

付き合いはじめた頃から、彼は『いつか結婚して旅に出たい』と言っていた。

そして、旅の資金を貯めるため教員の仕事を始めた。その仕事は美大時代の恩師からいただいた話で、もともと2年間の契約。

彼の契約が満了するタイミングで、私たちは入籍することになった。

プロポーズはない。いつの間にか、そういう話になっていたのだ。

電話の向こうで彼は『サキちゃんのお父さんに挨拶する日、いつにする?』と言う。

私が「なんでお父さんが先なの。私がいつ結婚するって言ったのよ」と言うと、『えっ、結婚しないの?』と言われた。

―――「するけどさ、まず私の意思を確認してよ」
『いや、もう決まってるもんだと思って』

ちょっと、腹が立った。

別に「ロマンチックなプロポーズに憧れていた」とか、そういうことではない。私の意思を確認されないまま話が進んでいることに対して、もっと私を尊重してくれよ、と思っただけ。

老舗の洋食屋さんで渡されたのは「パラパラ漫画」

その電話から数ヶ月が経った12月のある日、私は札幌から東京へ向かった。

すでに入籍は3月と決まっていて、体調を崩して会社を辞めてしまった私は、引越しに向けて準備を進めていたところ。

何かとバタバタしていて、プロポーズがなかったことはすっかり忘れていた。

その日は、午前中に新宿で待ち合わせた。久しぶりに会う彼は、とても眠そうな顔をしている。

新宿で待ち合わせたのは結婚指輪を探すためだ。私たちはビックリするほど指輪にこだわりがなく、「新宿は百貨店がいっぱいあるから、ひとつくらい気に入るのがあるでしょ」と思っていた。

だけど、「なんでもいいよね」と言っていたくせに、いざとなったらまったく決められない。探し疲れたところで、彼が『お昼ご飯にしようか』と提案してくれた。

―――「うん。何にする?」
『実は、お店決めてるんだよね』

いつも、彼とのランチはラーメン屋か蕎麦屋。けれど、その日彼が向かったのは「アカシア」という洋食屋さんだった。

50年前からある老舗の、レトロな佇まい。

―――「洋食屋さん、めずらしいね」
『うん。ここ、ロールキャベツが美味しいんだよ』

私たちは、このお店の名物らしいロールキャベツシチュー(850円)を注文。

料理が運ばれるのを待っている間、彼は私に手のひらサイズの紙袋をくれた。

―――?

開けると、メモ帳のようなものが入っていた。表紙には、彼が書いたらしい今日の日付。

それは、パラパラ漫画だった。

パラパラめくると、イラストの彼が遠くから走ってきて『ずっといっしょにいよう』と言う。そして、最後のページには『結婚して下さい。』の文字。

彼は、仕事のあとに夜な夜なこれを描いていたと言う。眠そうなのはそのためだったのだ。

もうプロポーズはないものとばかり思っていたから、とてもビックリした。

―――「ありがとう」

すごく嬉しいのに、照れくささが勝ってそっけないリアクションになってしまった。

胸がいっぱいで、そのあと食べたロールキャベツシチューの味は思い出せない。

7年ぶりのアカシア

ロールキャベツシチューの味を思い出すべく、アカシアに2人で来た。

アカシアに来るのはあのとき以来、7年ぶり。都内に住んでいるのに、そういえば新宿でランチをする機会はほとんどなかった気がする。

久しぶりに訪れ、「そういえば、こんなお店だったなぁ」と記憶が甦る。小さな店内はほどよく活気があり、満席でも騒々しくはない。オレンジ色の照明が、なんだかほっとした。

ほんの数分待って、席に通された。満席で、上品なお母さんと娘さんと相席になる。プロポーズのときは相席じゃなくてよかったな。

あのときと同じ、ロールキャベツシチューをふたつ頼んだ。

具のないシチューの中に、ロールキャベツがふたつ。それと、ご飯がセットになっている。ご飯は平たいお皿ではなく小さめの丼によそわれていて、洋食とのアンバランスさが可愛い。

ロールキャベツをスプーンで割って、口に入れる。「あぁ、この味だったなぁ」と思い出した。

アホみたいな感想だけど、すごく「肉!」って感じがして美味しい。キャベツの葉も、トロトロに煮込んであるのにちゃんと「キャベツらしさ」が残っている。

シチューははっきりした味で、市販のルウで作るクリームシチューほどまったりしていない。クリーミーな料理が苦手な人でも、これなら食べられそう。

そういえば、子どもの頃読んだ少女漫画に「ロールキャベツは綺麗に食べられないからデートに向かない」と書いてあった。たしかに、キャベツの葉がはがれてしまい、上手に掬えない。

だけど私は、ロールキャベツを綺麗に食べられなくても好きでいてくれる人とだけ、デートしていたい。そう思った。

プロポーズにこの店を選んだ理由

夫に「プロポーズ、なんでアカシアだったの?」と聞いてみた。

『新宿でランチっていうと、アカシアしか思いつかなかったんだよ。あとはラーメン屋とか牛丼屋しか知らないから。洋食屋のほうがまだプロポーズっぽいかな、と思って』

実はその日の夜、横浜で単身赴任をしている私の父と3人で会う約束があった。

彼は、どうしてもその前にプロポーズしたかったらしい。父と会う前に、まずは私に気持ちを伝えてくれたのだ。

彼はアカシアに行ったことがあり、ロールキャベツシチューの味も知っていたそう。

『だって、行ったことないお店で美味しくなかったら嫌じゃない。プロポーズのときは、確実に美味しいものを食べたいでしょ』

たしかに、私もそう思う。彼がそう考える人で良かった。

アカシアは素敵なお店だけど、プロポーズするには少し庶民的かもしれない。

けれど、あまり高級なお店だと、その後たくさんは行けない。アカシアなら、これからも何度でも行くことができる。だって、ふたりで2000円以下だもの。

これからは、ときたまこのお店に行こう。

ケンカしたときも、ここに来ればパラパラ漫画を受け取ったときの気持ちに戻れる気がする。

ライター紹介

吉玉サキ
吉玉サキ
北アルプスの山小屋で10年間勤務したのち、2018年からライターとして活動。不登校、精神疾患、バックパッカー旅、季節労働など、自身の経験を生かしたエッセイやコラムを書いている。好きな食べものはおにぎり。
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