猫舌の反対は犬舌じゃない!
いきなり何を言ってるのかと思われるかもしれないが、ぼくはマグマ舌なのである。
一般的に、熱い食べ物が苦手な人のことを「猫舌」と呼ぶ。反対に、熱いものが平気な人のことは「犬舌」と呼んだりするが、ぼくは昔からそこに疑問があった。
だって、犬も熱いものは苦手じゃないかっ!
ライター紹介
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とみさわ昭仁
- ライター、プロコレクター。なんでもすぐに集めて分類し、人々に忘れられがちなを社会の側面を分析する。近著に独自のコレクション論を展開した『無限の本棚』(ちくま文庫)、歌謡曲を通じて日本の戦後史を読み解く『レコード越しの戦後史』(P-VINE)がある。
では、なんと呼んだらいいのか? 昔から熱い食べ物が大好きで、汁物は熱ければ熱いほどいいと思っているぼくは、しばし考えた。
「あまい」「しょっぱい」「すっぱい」「からい」……味の好みはいろいろあるが、「おまえはどんな味が好きか?」と問われたら、ぼくは「あつい」と即答してしまうような人間だ。
火傷上等。どんとこい。肉体的に許されるのならマグマだって飲んでみたい……だがきっと死んでしまうだろう。
そんな自分の嗜好を「マグマ舌」と命名することにした。これまで誰からも賛同を得られたことはないが、そう決めた。
マグマとは言わないまでも、それに匹敵するような熱い物を食べたい。常にそういう食べものを探し求めているぼくは、冬も終わりかけたある日、埼玉県の上尾市にやってきた。
辛い店は見つかるが、熱い店は見つけにくい
辛いものが大好物、という人は多い。そのため「辛さ」をアピールしている店はたくさんある。ネットでも「辛い」「激辛」「痺れ」などの単語で検索すれば、いくらでも良さそうな店は見つかる。
ところが、「熱さ」をアピールしている店は、ほとんどない。熱さというのは一歩まちがえれば火傷する危険と隣り合わせにあるため、飲食店のセールスポイントにはなりにくいのだろう。
熱いものを食べさせてくれる店を探そうと思ったら、自分の足で見つけるか、友人や知人からの口コミに頼るしかないのだ。
とは言いながらも、ごくまれに熱いことを積極的にアピールしている店もあったりする。それが「石焼らーめん 火山」だ。
おもに北関東から東北にかけてチェーン展開している店で、もっとも東京に近い支店が、今回訪問する埼玉県の「上尾うんどう公園店」である。
高崎線の上尾駅を東口に出て、南西方向へテクテク歩いていく。
見知らぬ街を歩くのは、そこが観光地でなくても楽しい。ヘンな建築、ヘンな看板、ヘンな落し物。それらを見ているだけで、いくらでも歩けてしまうのだ。
ふつうに考えれば蕎麦粉が十割の本格蕎麦ってことなんだろうけど、それを「純粋蕎麦」とはあまり言わない。
逆に、うどん粉を混ぜたよくある蕎麦は「不純蕎麦」だろうか。
言うわけないか。
とかなんとか言ってるうちに、目的地に着いた。
灼熱の楽園、石焼らーめん火山に入山しよう!
石焼らーめん火山の1号店は、いまから15年前に栃木県で誕生。
以前は普通のラーメン店として営業していたが、あるお客様がポツリと漏らした「ラーメンってどうしても最後はぬるくなっちゃうよね」という一言をきっかけに、石鍋にラーメンを入れて出し始めた。
これが思いのほか好評となり、やがて石焼専門の業態に変わっていったそうだ。
店内は広々としていて、ファミレス風の座席でゆったりと食事ができる。メニューを広げてみると、なにやら「石焼らーめん旨さの三ヶ条」なるものが印刷されている。
三ヶ条の筆頭に掲げられているのが「温度」のことだった。実に頼もしい。
通常、ラーメンというのは70〜80℃が平均的な温度だが、マグマ舌のぼくにとって70℃ではちょっと物足りない。最低でも80℃、できれば90℃くらいを希望したいところ。
しかし、ここには「300℃以上」などと、恐ろしいことが書いてある!
…いや、あわててはいけない。これはあくまでも熱々ラーメンを維持する石鍋の温度のことであって、スープを300℃以上にせよ、と言ってるのではない。
そりゃそうだ。落ち着け、落ち着け。
特別に厨房の様子を見学させてもらうことができた。
仕事のお邪魔にならぬよう、おそるおそる厨房に足を踏み入れると……そこにはウットリするような光景が広がっていた。
中華料理は“火の料理”とも言われ、ラーメン屋さんの厨房は暑いのが当たり前。だけど、この厨房の室温は文字どおり「度を超して」いる。
暑い、じゃなくて熱い。たったの数分、見学のために立っているだけでも、じんわりと汗が滲み出てきた。
三ヶ条には300℃以上とあったが、店の公式サイトで再確認してみると、お客様に提供する際の器の温度は320℃を守っているという。
いま、まさに目の前でその工程が行われているわけだが、本当に320℃もあるのだろうか?
ぼくが疑わしげな目で石鍋を見つめていると、お店の方が「測ってみます?」と言ってくださった。
マジすか? 測りますとも!
コンロの脇には、店員さんたちがいつでも温度を確認できるよう、ガンタイプの「非接触型温度計」が用意されている。
それをお借りして測定してみたところ、見事に331℃というスコアを叩き出した。合格マグマー!
この石鍋に使われているのは長水石といって、保温性が高い素材なのだそう。
厨房でこれだけの高温に熱しておけば、コンロから下ろしてお客様のところへ運んでいっても、320℃以上は保たれるというわけだ。
さあ、そろそろ厨房ではしゃぐのはこれくらいにして、何を注文するか考えよう。
メニューには、お店いちおしの「大吟醸 炙り味噌らーめん」や「焦がし焼豚麺」など、いかにも熱そうでおいしそうなものが載っている。
レギュラーの石焼らーめんも、「塩」「とんこつ」「醤油」「雷味噌」「担々麺」など、バリエーションが豊富だ。迷うなー。
新兵器を投入して本当の熱さを体感しよう!
初めて訪問したラーメン屋さんで、メニューに辛い味付けのものがあると、ぼくはつい辛いものをセレクトしてしまう傾向がある。
なぜなら、それほど熱くない店でも、とりあえず辛いものさえ頼んでおけば、ガンガン汗をかいて熱いものを食べているような気持ちになれるからだ。
だから、この店でもうっかり「雷味噌」とか「担々麺」を頼みそうになったのだが、ちょっと待て。
こんな活火山まで登ってきておいて、そういう錯覚に甘んじる必要があるだろうか。相手は320℃のどんぶりで攻めてくるのだ。ならば、ここは正々堂々と王道の味で勝負しようじゃないか。
「すいませーん、醤油らーめんくださーい!」
オーム電機の「クッキング温度計 COK-Z100」である。
ぼくはこれまで、熱いラーメンを食べ歩くときには、いつも小型で手の中に隠すことのできる非接触型の温度計を携帯していた。
健康管理のため? とんでもない! 自分がいまどんだけ熱いラーメンを食べているか、数値でも実感したいからだよ!
とはいえ、接触型(つまり普通の)温度計を使うわけにはいかない。客がいきなりラーメンのどんぶりに温度計を突っ込んだら、どう見ても怪しいし、なんならライバル店のスパイだと思われてしまうかもしれない。無用なトラブルは避けたい。
そこで、店の人に知られることなく温度が測れるものはないかと考えて、ようやく見つけたのが小型の非接触型温度計だったのだ。これなら手の中に隠し持った状態で、こっそりスープの表面温度を測ることができる。
ぼくはこれに「マグマ1号」と名前を付けた。
ただし、マグマ1号には問題があった。安物のせいか、あんまり性能がよくないのだ。
おまけに焼豚などの具材や湯気が計測ビームを妨害したり、店内の照明が暗かったりすると、正確に測れないことが多い。それが悩みの種だったのだ。
だけど、今回は違う。非接触型で遠慮がちに温度を測るのではなく、正々堂々とクッキング温度計(マグマ2号)で温度を測ることができるのだ!
……と、温度計の説明をしているうちに注文したラーメンがやってきた。
ここ「火山」では、まず石焼きの鍋に麺と具材だけが入った状態で、お客様の前に到着する。そこに、あとから熱々のスープを店員さんが注ぎ入れてくれるスタイルだ。
スープを注ぎ入れると、ジュワーッという音と共に湯気が一気に吹き上がる。
320℃のどんぶりでスープと具材がおどる姿は、まさに噴火口の如し。このままずっと観察していたい気持ちになるが、ぼんやり見とれていると、はねた汁で着ている服が汚れたり、ヘタをすれば火傷を負ってしまうかもしれない。
それを防ぐために、各テーブルには紙製の「はねよけシート」が用意してある。これを指でつまんでスープからの攻撃を防衛する。
そうか、熱いものを目の前にすると、ぼくはこんなに幸せそうな顔をするのか。
さっそく熱々のラーメンをいただきたいところだが、温度を測るのを忘れちゃいけない。むしろこれが目的だと言ってもいい。
煮え立つスープにマグマ2号を突っ込んでみる。
73℃。あれ? 意外に低い? と思いきや、熱が伝わってどんどん温度が上昇していく。
80℃……、90℃……。
出た! 98.4℃いただきました!
試しに、これまで使ってきたマグマ1号で測ってみると、63.6℃しか測れていない。こりゃダメだよね。
とかなんとかやってるうちに、ラーメンはどんどん冷めて……いかない。
長水石がバッチリ仕事をしているので、少しくらい時間が経っても十分に熱い。それが石焼らーめんの底力。
とはいえ、いつまでも遊んでいてもしょうがないので、さっそく灼熱の味わいを受け止めることにしよう。
「火山」には、猫舌の人用に石焼どんぶりを使っていない普通の麺類もあるが、やはりここに来たなら石焼きらーめんシリーズを食べたい。
石焼きらーめんは基本的にすべて「野菜たっぷり」で、栄養的にも満足できる。煮えた野菜がこれまた熱いんだ。
スープもいつまでたっても熱々。どんぶりから取り分けて冷ましながら食べられるように茶碗も付いてくるが、こういうとき、ぼくはどんぶりからダイレクトに食べる主義である。
熱いものを食べに来ているのに、なぜわざわざ冷ます必要があるのだろうか!
最後までスープが熱々ということは、普通の麺ならどんどん伸びていってしまうだろう。そうならないように「火山」では、麺も特製のものを使っているという。
この麺、小売りしてもらえたら、家で鍋とかやるときのシメの中華麺として使えていいんだけどなあ。
ぼくは、日常的には汗っかきではないのだが、熱いものと辛いものを食べているときだけ異常に汗をかく。
とくに頭皮の発汗がすごくて、食べている最中にタラタラと汗が流れ落ちてきて、顔面がビシャビシャになってしまう。
いつも帽子をかぶっているのは、汗が流れ落ちるのを防ぐためでもある。
完全に仕事であることを忘れて、一心不乱に麺をすする。
ぼくは子供の頃から少食で、食べるスピードも決して早くない。それでも、熱いもの食べるときだけは、冷めるのがイヤなので無意識に早食いになってしまう。
よく「マグマ舌の人は火傷しないのですか?」と聞かれるが、ぼくだって同じ人間。無理な早食いをしたら火傷くらいする。
ただ、少しくらい火傷してもそれを苦痛とは感じず、むしろ快感だと思える性格なのだろう。
ほぼ食べ終えるのに15分ほどかかっただろうか。麺と具はあらかた食べ終え、あとにはスープが残された。
この状態でふたたび温度を測ってみると、68.1℃だった。もうこんなに冷めてしまった…という気持ちだが、普通の人からすれば「まだそんなに熱いのかよ!」とツッコミたいところだろう。
残ったスープにはご飯を投入して、おじやにするのがオススメ。
普段のぼくはそんなに食べられっこないのだが、今回はこんなこともあろうかと朝メシ抜きのハラペコ状態で来ているので、最後までおいしくいただいた。
お食事のあとには、アイスキャンデーのサービスが待っている。ほてりまくった口腔内をアイスの冷たさが癒してくれる。
このサービス、以前は杏仁豆腐だったのだけど、1年ほど前からアイスキャンデーに変更されたそうだ。
ぼくは冷たい食べ物にはほとんど関心がないのでどっちでもいいが、猫舌の人にはやっぱりアイスキャンデーが嬉しいのではないかな。
いちおう、かじる前にアイスの温度も測ってみた。
マイナス6.3℃。そうですか。
というわけで、お勘定を済ませて外に出る。
気のせいだとは思うが、お腹の中でまだグラグラと煮えているような気がする。
ナイス・マグマ!ご馳走様でした。
撮影/茂木功 協力/BLOOM 株式会社
- 石焼らーめん火山 上尾うんどう公園店
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埼玉県 上尾市 愛宕
ラーメン
【求む!マグマ情報】
「石焼らーめん火山」さんのように、熱さを全面的にアピールして営業するお店はそう多くない。でも、ぼくのこれまでの経験上、宣伝していないだけで実はメニューの中に熱いものがある店というのが、日本各地にあるだろう。
もし「ドコソコの店のナニナニがすげえ熱いヨ!」というオススメがあったら、ぜひ教えてほしい。とみさわがその温度に挑戦します。ラーメンじゃなくても、熱い食べ物ならなんでもオーケー。