国宝級の東京ラーメン!笹塚にある『福寿』の店主にたっぷり話を聞いてきた

東京から大阪へと引っ越した私は、たまに東京へ帰るたびに無性に醤油ラーメンが食べたくなる。鶏ガラベースのシンプルであっさりした、東京の下町らしいラーメン。

町の中華料理店でそういうラーメンをズルズルとすすっては、「ああ、東京に帰ってきたなぁ」と感慨にふけるのだ。

ライター紹介

スズキナオ
スズキナオ
東京生まれ大阪在住のフリーライター。お酒と麺が好き。酒場ライター・パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」の一員としても活動中。

そのいわゆる「東京ラーメン」を代表する老舗が、渋谷区の笹塚にある。店の名は『福寿』。創業67年。昭和の時代をそのままに伝える店の建物は、眺めていると「遺産」という言葉が頭に浮かぶほど、貴重なものに思える。

そしてその建物の中で食べるラーメンは、シンプルでありながらどこまでも味わい深い。

今回、改めて『福寿』のラーメンを味わいつつ、この店の2代目店主である小林克也さんにゆっくりお話を聞いてきた。

愛おしさがこみあげてくるようなラーメン

やってきたのは、京王電鉄・笹塚駅。

駅前はキレイに整備されている印象だが、駅の北側には下町感のあふれる商店街が伸びていて活気がある。

その「十号通り商店街」を抜け、さらに「笹塚十号坂商店街」へ入ってしばらく行ったところに『福寿』の建物が現れる。

たまらない外観。巨大化して「よくがんばっているね」と撫でさすりたい。

のれんをくぐると店内はこんな感じ。

メニューは「ラーメン」がなんと500円。一番贅沢な「上五目ワンタン」でも780円というサービス精神あふれる価格だ。

カウンター席に座り、私はラーメンをいただくことにした。店主が目の前の大鍋で麺を茹でる様をじっくり眺める。

できた。

カウンターの傾きにより、スープ表面がちょっと右上がりになっている様をどうぞご覧下さい。

プツっと強い歯ごたえのある黄色いちぢれ麺。

鶏ガラ出汁の、あっさりとしながらも甘みと旨みをしっかり感じるスープ。ああ美味しい。もともとは蕎麦屋だったというだけあって、そばつゆっぽさも感じさせる。

具材はネギとメンマ、もやしとチャーシュー。どれも必要最低限の分量で、「そうそう!これぐらいでいいの」と思う。夢中で食べるとあっという間に丼は空っぽだ。

「おっ全部食べたね!」みたいな雰囲気で底に出てくる「日本一」の文字。

思わず「もう一杯おかわり!」と言いたくなるが、このちょっと余裕を持って胃に収まるぐらいのボリュームがいいのである。

小林克也さんの軽妙なトークが楽しい

店主の小林克也さんはこの店の2代目。「親は継がなくていいって言ってたんだけどさ、やるなって言われるとやりたくなるんだよ(笑)あまのじゃくなんだね」と言う。

一見するとぶっきらぼうな頑固オヤジ風でもあるのだが、実は笑顔の可愛らしい、おしゃべり好きの優しい方なのだ。

ショウガを刻みながらお話を聞かせてくれた。

――『福寿』はもうすぐ創業68年なんですね。もうちょっとしたら70年!すごい老舗です。

「ガスが無い薪の時代からやってんだから相当すごいよね。燃料革命をずっと生き抜いてきてんだからさ。その頃は一般家庭もみんな炭とか練炭とかで調理してたんだよ!まあ、ついこの間の話だけどね(笑)」

――このお店の雰囲気もラーメンも素晴らしいです。

「そう?私の態度が悪いからさ、悪口いっぱい書かれてるのよ。だから嘘でもいいからよく書いてよ、頼むよ!」

――いやいや、「ご主人が面白い!」とか「人柄がいい」みたいな風に書いているのをたくさん見ましたよ。

「それはね、ガセネタ(笑)たまに適当なこと書いている人がいるんだよ」

――今、刻んでいるショウガはラーメンの味の決め手なんですか?

「どうだろうね……。わかんない(笑)」

――『福寿』のラーメン、好きです。ワンタンも人気ありますか?

「ラーメンの方が食べる人は多いけどね、ワンタンメンが好きだっていう人も多いね。ラーメンもワンタンも両方入ってるから。けどさ、"上五目ラーメン"とか"上五目ワンタン"っていうのを頼まれると困るわけ」

――それはなぜですか?

「大変だから!前にそれが雑誌で紹介されて、10人ぐらいのお客さんがみんな上五目ラーメン。もう大変でさ。だから"ラーメン"がおすすめですって書いておいて(笑)」

――わかりました。『福寿』では一番シンプルな"ラーメン"を食べるべき!と。

「まあいいけどさ、どうせもうすぐ死ぬんだからさ!余命いくばくもないんだから」

――いやいやいや、こうしてお話をしていてもめちゃくちゃお元気だなと思います。

「最近さ、丼を持って運んで持って行こうとすると、お客さんが手を伸ばして受け取りにくるのよ。どうも足元が危なそうに見えるんだろうね。引っくり返されたらたまったもんじゃないと思うんだね(笑)」

――はは。お元気そうですけどねー。

「年とったよ。昔は素早い動きでやってたのにさ。1時間に60人も相手にしてやってたよ。5時間でラーメン300杯」

――すごい!それはいつ頃の話ですか?

「何歳ぐらいだろうなぁ。40歳か50歳か……あ、俺28歳って言ってるんだった。28歳なんだけど、最近物忘れがひどくて(笑)」

健康の秘密は半ズボンにあり!

――ご主人が半ズボンを履いているのは健康法なんだと聞いたことがあるのですが。

「ずっと気管支が弱かったのよ。今はやめたけど、1日に80本ぐらいタバコ吸っててさ、ちょっと風邪ひくとゴホゴホしちゃって。客商売なのにマズいなーと思ってたらさ、ある時、表みたら子どもが塾かなんか行くのに、寒い季節でも半ズボン履いてるのを見てさ。

"子どもってすげーな、半ズボンかよ"と思ってさ、"待てよ、あれマネしたら元気になるかもな"と思って。それまで股引とか履いてたの全部捨てて、親からもらった体の上に白衣だけ着てさ、それで半ズボン履いて。夜寝る時も窓開けてタオルケットだけで寝てさ、そしたら風邪ひかなくなった」

――すごいですね!あえて薄着で。

「人間ね、やっぱりある程度は厳しい環境の方がいいんじゃないかってさ。思うよね」

――ご主人はずっとお一人でやってらっしゃるんですか?

「うん。一人。ずっと一人よ。これが若い女の子でもいたらさ、楽しくやれるのによう……(泣)嫌になっちゃうよ」

――ははは、泣かないでください。そういえば、ここはビールやお酒は置いてないんですね。

「昔さ、高度成長期の頃、神武景気だとかいって、大人が一生懸命働いてる時代があったわけ。親が忙しくて子どものご飯作ってる暇もないわけ。そういう時に、子どもにお金渡して『あそこでラーメンでも食べておいで』ってうちに行かせるの。

どうしてかっていうと、うちはお酒を置いてないからさ、酔っ払いがいないわけ。だから子どもが一人で行っても平気だっていうんでさ、そういう風に使ってもらってたから、アルコールは置いてないのよ」

――なるほど、そうなんですか。すごくいい話ですね。ご主人もお酒は飲まれない?

「全然飲まないの。一時期さ、銀座のクラブでモテようと思ってさ、だいぶ飲めるようになったけど、それを諦めたら途端にダメでさ」

――『福寿』ってテレビにもよく出たり、有名なお店ですよね。前に来た時は、演劇関係のポスターとかが壁にたくさん貼ってあったのを憶えています。

「そうそう。色んな人が来るから面白いね。ある時さ、黒いサングラスに黒いトレンチコートで、襟立てた人が入ってきて、怖い人が来ちゃったなと思ってチラッと見たら、やけに渡辺謙に似てるなと思って。

"もしかして渡辺謙さんですか?"って聞いたら、"今さらだなぁ。これまで何回も来てるじゃない!"って(笑)」

――すごいなぁ。

「『笑っていいとも!』が始まったばっかりの頃にアルタに呼ばれて出たこともあるよ。安藤昇って知ってる?安藤組のさ」

――はい!本を読んだことがあります。伝説の人ですね。

「そうそう、あの人が来て色紙に一筆書いてくれたの。見る?」

「"福寿の親父なつかしいぜ そばの味も忘れられねえ"って」

――めちゃくちゃかっこいい言葉だ……。1971年。また綺麗な字ですね。

「いいよね。頭のいい人だったなぁ」

「福寿」よ、いつまでも

――この建物は創業当時からですか?

「そうそう。もう縄文時代からだよ。これなんかね、原始炉よ、“原始的”な“炉”ね」

――迫力のある厨房です。歴史ですね。ラーメンの値段も昔から変わらずですか?

「25年以上はこの値段かな。商売っていうのはさ、正直にさえやっていけば食っていけるのよ」

――営業時間は平日は15時半からで、土日はお昼からですよね。何時ごろまで営業してるんですか?

「もうさ、麺が無くなったらすぐ閉めちゃうの。それでサイゼリア行ってステーキ食べるの(笑)安いもん、サイゼリア。水飲み放題だしさ。ははは」

――定休日は火曜だけで、お忙しいですね。

「28歳にもなるとさ、19時20時になると体が動かない。足腰がね。だいたい人間、足腰から弱っていくんだから。まあ長くやってきて、色々面白いこともあったから、もういいよ」

――いやいや、お元気でいてください。常連さんが悲しみますよー。

「常連さんはさ、もういいの。いっぱい食ったんだから(笑)」

――ははは。

「まあ、よかったらまた来てよ。今日で閉めるかもしれないけどさ」

お話を聞かせていただいている間、常連さんが何人もお店にやってきた。40年間通い続け、いつも大盛りラーメンだという人。今は遠く離れた場所に暮らしているが、東京へ来るたび必ず『福寿』に寄るという方もいた。

「東京に来たら絶対ここで食べないと。昔はそういう店が他にもいくつかあったんだけど、もう残ってるのがここだけなの」とその方は言っていた。

その常連さんが注文された上五目ワンタンメンを撮らせていただいた。

なんとも旨そう!ご主人にはちょっと面倒をかけてしまうけど、この次は絶対あれを食べよう。

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