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「人と距離を縮めるのが苦手」を変えるきっかけをくれた、思い出のパン屋さん

人に対して、自分から距離を縮めるのが苦手だ。けれど5年前、ある出会いからそんな自分を変えようと思った。

パン屋さん「スイートあづみ野」には、そんな思い出が詰まっている。

仕事が休みの日によく行った、安曇野市にあるパン屋さん

一昨年まで、北アルプスの山小屋で働いていた。

……と言うとよく「北アルプスってどこ? 日本?」と言われるが、長野・岐阜・富山・新潟にまたがって連なる山脈の総称だ。私が働いていた山小屋は、北アルプスの長野県側にあった。

山小屋の仕事は住み込みで、休暇は5日間くらいずつまとめて取得する。山の麓には寮があり、休暇中はそこに滞在できる。私たちはよく、寮を拠点に遊び歩いた。松本・安曇野・大町・白馬あたりが主な遊び場だった。

遊び場のひとつ、安曇野に「スイートあづみ野」ができたのは2013年。

スイートは、庶民的な町のパン屋さん。

松本の縄手通りに本店がある老舗で、本店はなんと、1924年に開業している。松本の人気店が安曇野にもできたことで、開店当初はずいぶん話題になった。

私も一度行ったらすっかり気に入ってしまい、休暇で下山するたび通っていたほど。

JR大糸線の柏矢町駅から歩くこと15分。いつ行っても、広い駐車場には車がたくさん停まっている。

店内もいつも賑わっているが、嫌な騒々しさではない。店員さんはハキハキしていて明るく、お店の雰囲気はとてもやさしい。パンの値段もお手頃だ(大手チェーンよりはやや高いけど)。

小ぢんまりとしたイートイン席は、とても居心地がいい。パンを買った人は、セルフサービスのコーヒーが無料。キッズスペースがあり、よく地元のママさんたちが子どもを遊ばせながらコーヒーを飲んでいる。

外にはテラス席があり、晴れた日は陽射しがあたたかい。北アルプスの山々を間近に眺めながら、パンを食べることができる。

もちろん味もいい。

私のお気に入りはモチベー(160円)。もちもちのベーグル生地に、けしの実をまぶして揚げたきなこ味のパンだ。

コールスローが入ったやさいパン(180円)も人気。温かくしんなりしたコールスローが美味しい!

スイートのパンは、昔ながらの素朴な菓子パンや惣菜パンが多い。“こだわりのパン”という感じではないのだけど、町のパン屋さんの中では抜群に美味しいと思っている。

人と距離を縮められないのがコンプレックスだった

ところで、私はコミュニケーションに苦手意識がある。

そう言うと、「普通に人当たりいいじゃないですか」とよく言われる。たしかに、初対面の相手に対しても、挨拶や世間話ならできる。ただ、そこから何度会っても、一歩踏み込んだ話をするタイミングがつかめない。

「壁を作ってる」と言われがちだけど、その壁は自分が作ったものではない。気づいたらすでにあったのだ。私と「知り合い」を隔てる、高い透明の壁が。相手がその壁を取っ払ってくれたら「友達」になれるけど、自分ではどうしても取っ払えない。

端的に言えば、人と距離を縮めるのが苦手なのだ。

5年前、人との距離感でとても悩んだことがある。

その年は人事異動があり、夫とふたり、それまでとは別の山小屋に配属された。山小屋はワンシーズンごとにスタッフが入れ代わるのだけど、その年は個性豊かな人たちが集まっていてみんな仲が良く、とても楽しかった。

私は、みんなのことをものすごく好きになってしまった。特定の誰かではなく、そこにいるみんなを。

みんなは出会ったばかりなのに、昔からの友達のようにぐんぐん打ち解けていく。だけど私は、打ち解けるまでにとても時間がかかる。

私も、もっとみんなと打ち解けたい! だけど、どうしたらいいの……?

恋人になりたい相手には「告白」をすればいいけど、友達になりたい相手には、その感情をどうやって示せばいいのかわからない。幼稚園の頃は「お友達になって」と言っていた気もするけど、友達ってもっとこう、自然となるものだろう。

みんなともっと仲良くなりたいのに、仲良くなれなくて苦しい。

そのときの私はすでに30歳で、まさかこの年齢になって、人と距離を縮められないことで悩むとは思わなかった。

スイートに行くと思い出す、ほろ苦い思い出

ある日、休暇がかぶった他のスタッフたちと寮にいたとき、「今からスイート行くんだけど、サキちゃんも行く?」と聞かれた。

私が行ってもいいのかな。みんな気を遣って誘ってくれるけど、私がいないほうが盛り上がるかも……。

そんなことを思いながらも、一緒に行った。みんなでパンを食べているときも、「私がいることで盛り下がってたらどうしよう」とドキドキしていた。

思えば、昔からこういうことはよくあった。学校やバイト先で、まだ打ち解けていない状態で遊びに誘われると、「私が行っていいのかな」と不安になる。盛り下げてしまうのが怖くて、本当は行きたいのに自分から誘いを断ることもあった。

私の「距離を縮めるのが苦手」というコンプレックスの正体はきっと、防衛本能なのだろう。友達になろうと近づいて、なってもらえなかったら傷つく。それが怖いから、自分からは近づかない。相手が近づいてきてくれるのを、ただ待っているだけ。

つまりは、まだ起こっていない未来を勝手に恐れて、行動をしないだけだ。ふと、そのことに気づいた。

それからの私は、自分から距離を縮めるよう心がけた。

具体的には、相手への関心や好意を隠さないように努めた。それまでの私は、「あなたともっと仲良くなりたい」という気持ちを隠していた。自分に自信がなく、「馴れ馴れしくしたら相手は迷惑かも……」と思っていたからだ。

けれど、相手への関心や好意を伝えても、迷惑がられることはなかった。むしろ、相手は笑顔になってくれる。

あ、これでいいんだ……!

それからの私は、休暇がかぶった同僚に「スイート行く?」と聞かれても、何の屈託もなく「行く行くー!」と即答できるようになった。それどころか、自分から「スイート行かない?」と言えるようになった。

そのうちに少しずつ、自分から連絡先を聞いたり、遊びに誘ったりができるようになった。多くの人には「え、そのくらい普通じゃない?」と思われそうだけど、私にとってこれは、とても大きな変化だった。

あれから5年が経った。今もやっぱり、人と距離を縮めるのは苦手だ。けれど、仲良くなりたい人には、その気持ちを隠さないようにしている。

スイートに行くと今でも、人と距離を縮められずに悩んでいた日のことを思い出す。

スイートあづみ野は、私にとって特別なパン屋さんだ。

ライター紹介

吉玉サキ
吉玉サキ
北アルプスの山小屋で10年間勤務したのち、2018年からライターとして活動。不登校、精神疾患、バックパッカー旅、季節労働など、自身の経験を生かしたエッセイやコラムを書いている。好きな食べものはおにぎり。
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