細い透明な麺状で、つるつると食べる春雨。日本ではサラダの付け合わせや、ダイエット食として用いられることが多いのではないでしょうか。担々麺的に食べるダイエット食もありますね。
中国の重慶市で広く親しまれている酸辣粉(サンラーフン)は春雨料理ではあるのですが、それとは似て非なる物。直径で通常の数倍はありそうな太い春雨を、ラー油・黒酢ベースの汁で食べる激辛料理です。
酸辣粉の国内唯一と言ってもよい専門店「辣上帝(ラシャンティ)」が東京・豪徳寺にあり、そこには重慶市の出身者や、その味に魅せられたマニアがのべつ店を訪れているとのこと。独特の味わいと人気の秘密を確かめにお店を訪れ、味わいや秘密を探って参りました。
ライター紹介
住宅街にさりげなくある聖地
小田急線・豪徳寺駅を降りると左右に広がる世田谷線。世田谷線と並行する道を左へ数分進むと、左手に見えてくるのが「辣上帝」です。
筆者が訪れたのはラストオーダーも近い午後7時過ぎ。他のお客さんは一組しかいませんでしたが、店主の田中久子さんいわく、閉店間際までひっきりなしにお客さんが来る、とのこと。
店内はとてもコンパクトで、二人がけのテーブル席が3組と、カウンター席が数人分。中国っぽさとカフェっぽさが両立しています。
極太の春雨ゆえかスープは結構はねるようです。エプロンが準備されていました。
「本場四川並」の辛さをいただく
メニューを拝見。さすが専門店ですね。四川並の辛さらしい辛さ4(1,090円)をお願いしました。
辛さ5以上は辛味を強くするために南米の唐辛子を入れるとのこと。激辛も嫌いではない筆者ですが、四川並みという辛さが、きっと酸辣粉にはピッタリだろうと思い、辛さ4を選択しました。
本場の味に近くなるということでしたので、パクチー(100円)、万能ネギ(70円)をトッピングしました。
四川省の東に位置する重慶市は盆地のため、夏は猛暑日が続き湿度も高い。だからこそさっぱりと辛い酸辣粉がおやつなどでも親しまれてきたそうです。
到着しました。辛さ4らしく、唐辛子がこんもりと主張をしています。その周りにあるのは、ひき肉、ピーナッツ、葉野菜がメインでしょうか。
花山椒の香りも漂い、これは2018年くらいから流行のシビれも期待できそうですよ。
パクチーとネギも別皿に盛られて、これらを投入するタイミングを考えるのも楽しそう。
「パクチーは4回もおかわり(有料)するお客さんもいるんですよ」
と店主の田中さん。
それが重慶の味に近いんだと想像を膨らませてしまいます。
それではいただくことにしますか!
まずスープを一口・・・飲もうとしたら
「酸辣粉はスープを飲むものではないんです。どうぞ春雨を召し上がってください」
あらそうなんですか。何にも分かってなくってスミマセン。
それでは、と、麺のように春雨をリフトアップ。む、む。太い。そして滑る。
そして、口に入れてみます。
もちもちもちもちもちもちもちもち。
つるつるっと口に入るのですが、良く知っている春雨の歯触りを暗黙のうちに想像していた僕は大きく裏切られました。歯ごたえがあって、なんというか密度が高いんです。口の中でもずっしりとした感覚が伝わってくるかのようです。
ネットではタピオカに近い食感と言われていますが、タピオカ慣れしていない47歳オジサンには讃岐うどんのような歯ごたえ、と表現させていただきますよ。
それもそのはず。
麺類の様に「伸ばして切る」のではなく、ところてんのように「押し出して麺状にする」作り方をしているのだそうです。なるほど。
もぐもぐ噛んでいると、黒酢の酸味が少しずつ口の中に広がってきます。密度の高い春雨ではあるものの、徐々にスープが浸みてくるのだそうな。
「浸みてくる味が好きで、お弁当にして持ち帰る人も多いんですよ」
と田中さんは言います。麺と違って「シミシミ」な春雨も美味しいらしく、僕もお持ち帰りを追加注文してしまいました。
春雨を食べながら田中さんの重慶の思い出話を聞きました。麺類のように「伸びてまずくなる」ということがないため、安心して話に花を咲かせるお客さんも少なくないのだとか。
三國志ツアーで酸辣粉に出会い味を再現
OLを辞めた田中さんは自由な時間を利用して海外旅行に出かけ、その一環の「三國志ツアー」で重慶へ行きました。宿泊先の目の前に酸辣粉を提供する店があり、大行列ができていたそうです。
「それだけ並んでいるのであれば美味しいのだろうと思って」
と、ツアーの行程が終わった後にホテルを抜け出して食べた酸辣粉の美味しさに衝撃を受けたのです。
「とても美味しかったのですが、最初は辛いのがだめであまり食べられなくて。ホテルのシャワーで辛い部分を流して春雨を食べてみたら、これが美味しいんです!」
と、まず春雨の味に大興奮。繰り返しているうちに辛味にも慣れてきたため
「酸辣粉を食べに、毎月7時間かけて重慶に行くような状態になりました(笑)帰国するとまた食べたくなってしまって重慶に行く、というのを繰り返していましたね」
と、のめり込んでいきます。中国人の友人を作り、その友人の交通費も負担して、重慶の酸辣粉を食べ歩いていきました。
田中さんは幼いころから絶対的な味覚に優れており、ダシのメーカーを当てることもできるほどの舌の持ち主。
「食べたことのない食材を当てることはもちろんできないのですが、味を覚えているものであればだいたいわかりますよ」
という繊細さで、重慶で感激した酸辣粉の味を再現できないかと試行錯誤しました。
春雨自体は四川省、重慶市どちらの春雨も食べられるものは食べ、持ち帰れるものは持ち帰って味わって研究しました。
が、重慶の春雨を輸入できないことも、国内で同等の物が生産されていないこともわかり愕然とします。
「春雨を自分で作るしかないなと思いました」
と覚悟を決めました。
「脇役」が味を引き締める
肉味噌はラー油と黒酢がよく絡んで、するするとレンゲから口に入ってしまいます。
面白い彩りを見せたのはピーナッツです。
「酸辣粉では大豆かピーナッツを入れることがあるんですが、私の好みとしてはピーナッツでした。カリカリした歯触りの時も美味しいんですけれど、スープに浸かって少しシナシナになった時の歯触りがまた美味しいんですよね」
と田中さん。まさにその通りの、茹で南京豆のような歯触りにマーラーの辛味と酸味の加わった味が加わり、最高のアクセントになります。
パクチーは黒酢の酸味とよく合います。独特の香りが苦手な人もこれなら大丈夫。
日本で味を再現した酸辣粉はこれから流行る
2011年にオープンしたものの、麺の開発に何年もかかってしまうという想定外の大苦戦。2016年に酸辣粉を提供できるようになるまではカフェとして営業をしていました。
「他に酸辣粉を食べられる店もありますが、日本の細い春雨やマロニーで代替していることが多いです」
と田中さんは語ります。現地の春雨を再現しているお店は辣上帝だけ、といっても過言ではありません。
水曜日・木曜日が定休日ということから、定休日前後の火曜日や金曜日も本格の酸辣粉を求めるお客さんがやってきます。
「金曜日には半日休暇を取って開店直後の春雨を食べに来るお客さんもいるんですよ。一日に二度食べに来るお客さんもいます(笑)」
というマニアもいるんですって。
週末は中国からの留学生のお客さんでごった返すそうです。ハマってしまったお客さんの中には、週に3回小田原から豪徳寺まで食べにくる方や、水戸から定期的に通ってくる方もいるというので驚きです。
これからメジャーになるポテンシャル充分な酸辣粉、今のうちに本物の味を体験しておいた方がいいですよ!
- 辣上帝
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東京都 世田谷区 豪徳寺
四川料理