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鰻に火を食わせる!?「鰻の神様」に聞く、蒲焼きの秘密

こんにちは、ライターの菅本香菜です。私はいま、北九州市の小倉で創業90年の鰻屋「田舎庵」におじゃましています。

というのも、北九州で生まれ育った人から「小倉には鰻の神様がいる」と教えてもらったからです。

「鰻の神様、どんな人だろう・・・。(なんとなく、こわそう)」

「今いくから、ちょっと待っててね!」

「はい! ああ、鰻の香ばしいかおりがする〜!」

 
 

「・・・ん?」

 

「鰻を折り曲げて焼いてる…!」

 
 
 

「え、鰻に水を…?」

 
 
 

「金串でブスブス刺してる……鰻の焼き方ってこんなのでしたっけ!?」

 

お店の焼き場をのぞいた瞬間から、いきなり驚かせてくれたのが、田舎庵の緒方弘さん。

なんでも緒方さんが作る鰻の蒲焼きを求めて、全国の鰻好きたちがお店へとやってくるそうです。「鰻の神様」と呼ばれるなんて、よほどの神ワザを持っているに違いない…。

そんな期待を胸に抱きながら、72歳とは思えない超パワフルな緒方さんに「蒲焼の美味しさの秘密」について、お話を聞いていきます!
 

焼きの極意「鰻に火を食わせる」

 
 

〜〜〜5分後〜〜〜
 
 

「はい、お待たせしました。取材に来てくれたんだって? 語ると長くなるよ? ハハハ」

田舎庵の緒方弘さん

田舎庵の緒方弘さん

「(あれ、すごく気さくな方!)鰻の神様がいるとお聞きして、取材にやってきました。早速なのですが、先ほど鰻を折り曲げたり、水をかけたり、串で刺したりされてましたが、あれは…?」

「鰻の美味しさを最大限に活かすには、『鰻にいっぱい火を食わせる』ことが大事。ちょっと分かりづらいと思うので、ひとつひとつ説明していくね」

「『鰻に火を食わせる』ってどういうことでしょう? 教えてください!」
 
 

焼きワザ①:鰻を折り曲げて焼く

「鰻の皮って、実は2層になってるんですよ。内側の層がゼラチン質になっていて、これがグ二ャッとした食感になる。だから、焼くときに鰻を折り曲げて、鰻の皮に亀裂を入れることでこのゼラチン質を溶かし出すんです」
 

 

「内側の層が、皮目のゴムっぽさの原因になるんですね!知らなかった・・・」
 
 

焼きワザ②:鰻に水をかける

「田舎庵では、鰻が炭になる直前まで焼きます。だいたい30分くらい。そこまで徹底的に焼くのがいちばん美味しい」

「炭になる直前まで!」

「でも、30分も焼き続けると焦げてしまうから、鰻の身が薄くなる端っこの部分を中心に水をかけてあげる。そうしたら鰻の温度が下がるから、身の厚い部分にしっかり火が通るまで焼き続けられます」
 
 

焼きワザ③:鰻に串をどんどん刺す

「とことん焼く分、身が崩れやすくなるので、焼きながら串をどんどん追加していって綺麗な形を保っています」

「あれだけ折り曲げてたのに、形がちゃんとしてるのすごい」

 
 

焼きワザ④:鰻に煙をまとわせる

「鰻にタレをかけるときにワッと煙が出るでしょ? この香りをしっかり鰻に付けてあげる。蒲焼きは燻製料理なんですよ。ちょっとこっち来て煙に手を」

「におってみて!」

「すごい、蒲焼きの香りだ! 私の手が美味しそう!」

「鰻はこの香りが命。この工程(①〜④)で、鰻の臭みや皮の食感を丁寧に取り除いて、旨味を凝縮させた香ばしい蒲焼きを作るんです」

「鰻の弱点を取り除いて、良いところだけを鰻に閉じ込める、その調理法が『鰻に火を食わせる』なんですね!でも、これって企業秘密じゃ・・・!?」

「うん、みんな『ここまで手間をかけられない』って公開しても誰もやらないの(笑)」

「なるほど……田舎庵さんの鰻は、焼き方が美味しさの秘密なんですね」

「いやいや。美味しさを決めるのは調理が1割で、素材が9割

「え、素材が9割!? ここまで焼き方にこだわってるのにですか!」

鰻の「天然崇拝」は間違い。養殖でもうまいものはうまい

「素材が9割ということですが、鰻の素材選びでは、どんなことが大事になるんですか?」

「まず前提としてね、鰻に優劣をつけるなんて人間の身勝手だということをちゃんと伝えた上で説明していきますね」

「鰻への敬意…。さすがです」

「まず、鰻の天然崇拝は間違い、というのが私の意見」

「天然ってすごく貴重で、養殖よりも良いものだとばかり思ってました」

「天然のピンと養殖のピンを比べたら、それは天然のほうが美味しい。でも、天然のキリと養殖のピンで比べたら、養殖のほうが美味しいからね。ちゃんと良い鰻を見分ける目、舌、経験が大事なんですよ」

「天然だから良い、養殖だから悪いという決めつけは違うんですね。そもそも、養殖にあまり良いイメージがないのはなぜなんでしょう?」

「まず、鰻を評価する際に『脂がのっている』という表現をよく聞くでしょ。でも、ただ脂が多いだけじゃダメで、良い脂か悪い脂かが重要。天然の鰻は、5〜10年かけてじっくり成熟させるけど、最近の養殖はエサに油を混ぜて早く太らせて6〜7ヶ月で出荷しとることが多いんです。だから、脂が美味しくない」

「無理やり太らせてしまうんですね。逆に、養殖でも時間をかけて育てると、美味しい脂がのった鰻になるんですか?」

「その通り。全国には丁寧に鰻を養殖しとるところもあります。店では養殖の鰻も使っとるけど、2年ほどかけてじっくり育てられたものを使う。昔は、養殖のほうが大きさも質も均一だから、天然よりも高価だった時期もあったくらい」

「昔は、養殖のほうが高価だったんですか!」

「だから、一概に養殖が悪いってことじゃない。ちゃんと美味しい鰻を仕入れるために、何をすべきか考えなきゃいかん」

「鰻って奥が深い…。とは言え、年に1〜2度しか鰻を食べない私でも、鰻の味の違いって分かるものですか?」

「頭で考えても分かんないから、食べてみて!」

いよいよ実食!

「いよいよ、鰻の神様の蒲焼きが食べられるんですね・・・!ドキドキします」

「今日の鰻も美味しいよ! 熱いうちに食べてね!」

「はい! いただきます!」

蒲焼(梅)

蒲焼(梅)

うわ、やばい! これは、やばい

美味しすぎて、語彙力がなくなった

美味しすぎて、語彙力がなくなった

「ハハハ! 良かった!」

「皮目はパリッと香ばしいのに中はふんわり・・・鰻の概念が変わる美味しさ!私、実は鰻ってそんなに得意じゃなかったんです。それこそ、皮のグチャッとした感じとか。でも、そういうのが全然ない!これは日本の宝です、世界中の人に食べてほしい」

「せいろ蒸し」も田舎庵の人気メニュー。焼いた鰻を、ごはんと錦糸玉子とともにせいろで蒸した福岡ならではの鰻料理

「せいろ蒸し」も田舎庵の人気メニュー。焼いた鰻を、ごはんと錦糸玉子とともにせいろで蒸した福岡ならではの鰻料理

「嬉しいこと言ってくれるね。海外の方も美味しいって言ってくれてるよ」

「これだけ美味しかったら、海外からも食べに来ますね!」

「店にも来てくれるし、自分でも毎年いろんな国へ行っとるからね」

「えっ、緒方さん自ら海外へ行かれるんですか? 鰻職人ってずっと焼き場にいて黙々と…ってイメージでした。海外には何をしに行かれるんですか?」

「例えば、中国には鰻の焼き方の指導に行っとるし、世界でいちばん鰻を食べる町・イタリアのコマッキオには毎年蒲焼きを振る舞いに行ってます」

「世界でいちばん鰻を食べる町、コマッキオ?」

鰻の神様、世界一鰻を食べる町でスターになる

「イタリアのコマッキオって言ってね。うちの長年のお客さんで、あの『今でしょ!?』の林修先生がいるんやけど、彼が面白い場所があるって教えてくれて。世界でいちばん鰻を食べる町って聞いたら、行くしかないでしょ? そんでコマッキオで開催されとる『鰻祭り』に参加して、鰻の蒲焼きを振る舞ったんです」

「イタリアの皆さんの反応はいかがでしたか?」

「日本人が鰻を焼くって、珍しがってね。食べてみんな一言だけ言うの」

「一言?」

「『ブラボー!!』って(笑)」

「大絶賛(笑)」

「そこから、毎年コマッキオに行くたびに市長自ら出迎えてくれてね。私が会場入りするときにコマッキオ市民から向けられる熱い視線ときたら! ちょっと芸能人の気持ちが分かった気がするね! ハハハ(笑)」

「めちゃくちゃ楽しんでるじゃないですか!(笑)イタリアには蒲焼きのような食べ方は存在しないんですか?」

「イタリアでは蒲焼きにして食べることはないみたい。白焼きとか、トマト煮で食べるらしい。でもね、昔の書物に面白いものを見つけて。これ、もしかすると大発見かもしれん」

「気になります」

「ヨーロッパでその昔、『ワイン、蜂蜜酒、胡椒などを煮詰め、それを鰻に塗って焼いて食べていた』っていう記録を見つけて。それって・・・」

蒲焼き!! 鰻のタレに使う『お酒、みりん、醤油』と似てますもんね」

「ね! もしかしたら蒲焼きの発祥はイタリアかもしれん、なんて思ってます。世界に出向くと、いろいろな発見があるからね」

鰻職人は「天才バカボン」じゃダメ

「世界で活躍されている緒方さんが、次の世代に伝えていきたいことはあるんですか?」

「もちろん、今まで培ってきた技術を次の世代に伝えたいというのはあるけど……」

「あるけど?」

「私、72歳やけどまだまだ現役だと思っとるんです。調理の技術ももっと磨いていけると思っとるし、世界中の鰻も見に行きたい。本当にね、鰻の仕事が楽しくてたまらんのよ。『次の世代に』なんて、まだまだ思えないね」

「まさに生涯現役ですね」

「鰻職人は『天才バカボン』じゃダメなんです」

「と、言いますと?」

『これでいいのだ!』はない、『もっともっと』上を目指したい、そう思っていますね」

 
***
 

鰻への情熱を、6時間に渡り語ってくださった緒方さん。

鰻の美味しさに感動したのはさることながら、72歳になっても現役で鰻を焼き続け、「こんなおもしろいもの、やめられない」と子供のように笑う姿が印象的でした。

きっとこれからも進化し続けるであろう緒方さんの鰻、また北九州まで食べに来ようと思います。

みなさんもぜひ、神様の鰻を味わってみてください!
 

ライター紹介

菅本香菜
菅本香菜
福岡県北九州市生まれ。クラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」で勤める傍ら、「旅するおむすび屋」として全国を巡る。おむすびに目覚めたのは、海苔漁師のお母さんが結んでくれたおむすびを"ご馳走"と思ったことがきっかけ。
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