大盛り好きの細胞をくすぐる…貧乏時代に食べた懐かしの「ホイコーロー」

「病気の小鳥が食うサイズ」では物足りない

「病気の小鳥が食うサイズ」

タレントの伊集院光さんが、"おしゃれなカフェ飯"をラジオでこう例えていた。笑いながらつい共感してしまったのは、私が普通の人よりはよく食べる人間だから。

お子様ランチ風に盛られたライスは3口で食べ終わりそうだし、控えめなメインディッシュは「もっと堂々とあれ」とツッコみたくなる。

そんな大食いにとって優しい店がある。店名は「えぞ松」。大学時代の思い出の場所だ。

ワンコインランチさえ贅沢だった当時。

学食は、麦ごはんと豚汁と揚げ出し豆腐で合計300円台。飲みものは極力買わず、大学構内の水飲み機を使う貧乏っぷり。かといってお弁当を作るほどの生活力も、必死でバイトする気力もない。自堕落なダメ人間生活だった。

外食をしても大抵は適当なチェーン店を選んでしまうから、思い入れのある飲食店はここが唯一といってもいい。

ホイコーロー定食は680円するけれど、コスパがいいので夕食にすれば、(午前中は寝てるだけだし)翌日の昼まで空腹を誤魔化せる。神楽坂にあるこの「えぞ松」は、貧乏生活の合理的なご褒美だった。

男と並んでホイコをほおばる

社会人になって数年ぶりにやってきた。すぐそこには神楽坂特有の上品な雰囲気が漂っているが、ここは相変わらず庶民的で緩い空気。

今日もお客は男性ばかり。けれど、そんなことは構わない。幅がやや狭いカウンター席の背後を通って席につくと、白い割烹着を着たおっちゃんが無言で水を出してくれる。

メニューはラーメンを中心に20種類ほどあるが、大学1年生のとき先輩に「この店は“ホイコ”が売り」と教わってから、一度もホイコーロー定食以外を頼んだことがない。メニューを見もせず、「ホイコください」と注文。

おっちゃんは、「はい」とぶっきらぼうに答えると、まずは中華スープを出してくれる。それからホイコーローの調理に入り、カットしてあるキャベツを黒い大きな中華鍋でジャージャーと手際よく炒めていく。

えぞ松に行くときはお腹がMAXに減っているので、餌を待つ動物のように今か今かとおっちゃんの白い背中を眺めていた。といっても、注文してから長く待たされることはまずない。

熱々の中華スープを冷まして、肩慣らしの如く少し口にする。

大食いといいながら、最近は年のせいかやや少食になってきたのを感じる。食べきれるだろうか。

「カタン」と音を立て、カウンターからはみ出る大皿が目の前に現れた。その瞬間、食べきれるかなんていう心配は吹っ飛んだ。

視覚情報により食欲がワッと沸いて、これはイケると胃袋が直感する。

大盛り系の店は、女が行くとちょっと控えめな量にされることもあるが、ここはお構いなしなのがいい。

紅ショウガをたっぷりかけて、さらにカサ増しさせてからいただく。程よくしんなりしたキャベツと豚肉が甘辛いみそだれとよく絡み、ジャンキーな味と白米が抜群に合う。

あーこの味だ~。やっぱりうまい。

めいっぱい箸ですくっても、お皿にまだたっぷりホイコがある。残りの量を気にせず口いっぱいほおばる食事からは、じわじわと幸福感がこみ上げてくる。

タレとキャベツと豚肉というシンプルな組み合わせなのに、ここまで夢中にさせてくれるのが不思議なくらいだ。

肉よりキャベツが好きなので、最後にキャベツを存分に味わえるよう配分を考えながら食べ進めていく。

無事完食した。15分程度でぱくぱく食べてしまった。よかった。私の胃袋はまだ健在だ。

食後の水を飲みながら、大皿を平らげたちょっとした達成感と満腹感に浸る。

店内に目をやると、お客は入れ替わったがやっぱりみんな男性だ。

「合コン前にそばをすする」女子力

この食べっぷりを見て先輩から、「女のわりによく食うよな」と言われたことを思い出す。人によっては不愉快な気持ちになるかもしれないが、自分はそう思わなかった。むしろ気分がよかった。

そういえば、OL時代に美人の先輩と昼食を取ったとき、こんな話を聞いたことがある。

「合コンに行くときは、食べ過ぎないようにココの蕎麦を一杯すすってから行くんだよね」

価値観の違いに唖然とした。そうか、女性にとって人前でたくさん食べることは恥なのだ。大食いの私を見て彼女はよく笑っていたが、そこに嘲笑が含まれていたことを知った。

私はというと、大学では化粧さえまともにせず、女としてどう見られるべきかという必修科目をサボってしまった。えぞ松は「女の大食いは恥」という価値観とは無縁だったから出会えた店だろう。

大学生のコミュニティは流動的だが、派手になれない性格と偏屈な趣味嗜好が相まって、行きついた先は男が多い場所だった。そこに女を異性としてチヤホヤする空気はない。あくまでも男女平等の関係だが、やっぱり女は男社会に完全に馴染むことは難しいと感じることも多かった。

でも男くさい店で同じ大盛りメニューを食べているときだけは、彼らと肩を並べられた気がする。どうやら私は、女として特別になりたいのではなく、人として仲間になりたかったようだ。

「病気の小鳥が食うサイズ」に惹かれないのは、胃袋のせいだけじゃなかったみたい。

会計をして、店を出た。

今日の夕食はなしでいい。

ライター紹介

ツマミ具依
ツマミ具依
企画や体験レポートを好むフリーライター。過去の企画は「渋谷ハロウィンでいらない仮装を回収して最強の仮装を着る」「10000日の誕生日に10000本のローソクを吹き消す」など。週1で歌舞伎町のバーに在籍。
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