私はギャップに弱い。
普段コンタクトの人が、訳あってメガネでやってきた日にはドギマギしてしまうし、いつもはクールな人がポロリとこぼしてしまった弱音には心臓がキュッとなってしまう。
であるからして!
こんな外観のお店から
こんな乙女度を繰り出されたら、
たちまち恋に落ちてしまうのは至極当然なわけで…。
てか、「BUTTER」じゃなくて「BATĀ」なの、可愛すぎやしませんか!
兵庫に引っ越して初めて知ったのだけれど、神戸界隈では瓦煎餅が名物らしい。
煎餅というと、関東では和風の米菓を思い浮かべる人が多いかもしれないが、関西では小麦粉と卵、バターなどが入ったものが馴染み深い。
これは神戸港が外国との通商要所として開港され、居留地に暮らす外国人向けにこうした食材が集まる場所であった来歴にも起因するのだろう。
そして煎餅屋に必ずといってもいいほど、置かれているもうひとつの名物が主原料をほぼ同じくする「カステラ焼き」だ。
その呼び名は様々で…。
新開地の福進堂総本店や、湊川神社前の菊水總本店では「やわらか焼き」。
- 福進堂 総本店
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兵庫県 神戸市兵庫区 新開地
和菓子
- 菊水茶廊本店
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兵庫県 神戸市中央区 多聞通
甘味処
西元町の亀井堂総本店には「やわらか焼き」の他に、松茸や栗の形に焼き上げた「秋の山」という商品がある。
- 亀井堂総本店
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兵庫県 神戸市中央区 元町通
スイーツ
神戸ではないけれど、芦屋ではアルファベットの形をした田中金盛堂の「ABCカステラ」も。
なんともハイカラなカステラだ。
中でも群を抜いた可愛いさで、私のツボをグイグイ押してくるのが「野球カステラ」。
今回紹介するのは、神戸三宮駅の一駅隣、春日野道駅の近くにある手焼き煎餅おおたにだ。
店頭でもしっかりおすすめされている。
これだけぎっしり詰まって、300円。
ラベルも手貼りなんだけど、カステラじゃなくて煎餅のラベルになってることもある。
ゆるい…ゆるすぎる…。
封を開けると、ハチミツの香りがホワン。
形状だけでなく、サイズも一口大でカワイイ。
食感はどう表現するのが正解なんだろう。
単なる「ふわふわ」とか「しっとり」ではなく、かといってパサついているわけでもないんだよなぁ。
人形焼とかとも違う、目は詰まっているけれど軽やかさもある独特な食感。
口に入れるとハチミツの素朴な味。
誤解を恐れずに言えば、あえてのリッチすぎない味に仕上がっている。それがあとひとつ、もうひとつと手を進めさせるのだ。
形は、バットにボール、グローブ、キャッチャーミット、プロテクター、野球帽、ちょっぴりシュールなチョイスのスコアボード。
ーーーこれで全部ですか?他の店では優勝旗やトロフィーのモチーフも見たことがあります
「そう、ウチの型は7種類やね。店によってちょっとずつ違ったりする」
お祖父さんの頃から使っている焼き型をパカッと開いて見せてくれたのは、店主の大谷芳弘さん。
ーーーわ!全種類が一度に焼けるんですね
袋の中身を全部出してみた。ちゃんと全種類揃っているのがうれしい。
この3D感はお煎餅にはない可愛さ!
「うちの祖父さんは瓦煎餅職人の中でも特に焼くのが上手かったみたい。親父曰く、祖父さんの他にあと2人の名人がいて、神戸界隈では“3羽カラス”って言われていたらしいですわ」
ーーー“3羽カラス”!
「大手のお店に特大の瓦煎餅を焼く時に呼ばれたりしていたみたいよ」
ーーー煎餅や野球カステラのレシピは当時のものを受け継いでいるんですか?
「レシピは受け継がなかったに等しいから、かなり改良したね。野球カステラはメレンゲを入れてタンサン(炭酸水素ナトリウム)を少なくして、水を使わず全量を牛乳に。
実は僕、店を継ぐつもりは全くなかったんよ。親父が亡くなった時に、母からどうしてもお店を続けたいから、ここの店で売る分だけでいいので焼いてほしいって頼まれてね。会社員を続けながら、焼いてたんですわ」
ーーーえ!じゃあ修行期間みたいなのは?
「祖父さんや親父の弟子やった人のところに行って教えてもろて、見よう見まねで」
ーーーそれはまた大変でしたね
「それがねえ…びっくりすることに1週間でサマになってしもた」
ーーー1週間!やっぱり3羽カラスの血でしょうか
「いや、親父は養子やったから、僕は祖父さんとは血は繋がってへんねん」
ーーーなんと…
「自分で言うのもなんやけど、器用なんよ。運転免許、ピアノ、ドラムに三味線…。やったらすぐ出来るようになってな。若い頃はバンドを組んでて、ジュリーと対バンしたこともある」
ーーー多才すぎてどこから突っ込んだらいいのか…。それほどの適性があっても、職人一本に絞ろうとは思わなかったんですか?
「奥さんに先立たれてしまったからね。子どもがまだ小さかったし、会社員としてやっていく方が安心やった。だから、朝は子どもを送り出してから会社に行き、帰ってきてすぐ次の日の分の煎餅とカステラ焼いて…そんな生活がずいぶん続いたなぁ」
ーーー壮絶ですね…
「母は超が付くええとこのお嬢様やったから、これで儲けようみたいな考えがないんやわ。店をするのも趣味とか道楽みたいなもんで。だから、ええ材料使って、お客さんにおいしいって言うてもらえたらそれでええんです」
ーーーお母様、ちょっと浮世離れした雰囲気の方ですよね。では、お母様を喜ばせるために二足のわらじ生活を?
「そうそう。だからね、母も亡くなったし、もう店を閉めるつもりでいたところなんです」
ーーーえ?私、前回来た時、お母様に接客していただきましたよ?確か今年の2月頃だったかと
「じゃあ、その後やね。元気やったでしょ?ほんま急やったから」
ーーーでは、今もお店を開けておられるのには何か別の理由ができたのですか?
「弟子をとったんです。女性の。まだ母がいる頃に訪ねて来て、女性には過酷なので…と心配して一度母がお断りしたのですが、とてもガッツのある人で再度僕を訪ねて来てくれて。こういうタイミングもご縁かなぁ思て」
ーーー初めての弟子がいる心境はいかがですか?
「僕は1週間で出来るようになったやろ?だからそれくらいで引き継げると思てたんやけど、さすがに無理やった(笑)」
ーーーそりゃそうですよ!
「彼女が1人前になるまで、1年くらいはじっくり面倒をみようかなと思てる状況です」
この場所のこの雰囲気でお店が継がれる訳ではないのだが、この味が受け継がれることや、知らないうちに閉店しているという状況を避けられたことはラッキーだった。
それに、店を継ぐつもりのなかったご主人が、弟子の存在を嬉しそうに語る。これも興味深いギャップではないか。
彼女が独り立ちする際には、店の道具なども全て譲るそう。
その日が来るのが、楽しみなような寂しいような。
あと1年。
たくさんの人に、この雰囲気ごと愛して、味わってほしいと思う。
- 手焼き煎餅おおたに
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- 住 所
- 神戸市中央区割塚通7丁目2
- 電 話
- 090-8380-7844
- 営業時間
- 10:00〜17:00
- 定休日
- 月曜・木曜
ライター紹介
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かがたに のりこ
- 月に二度、あんこを炊くライター。グルメ・和装・教育・エンタメと幅広いジャンルで執筆中。 なかでも和菓子・あんこのおやつ取材に情熱を注ぐ。京都の現地ツアー「まいまい京都」では春と秋に、あんこのおやつをハシゴするツアーガイドも務める。金沢生まれ。15年の京都暮らしを経て、現在は兵庫県西宮市在住。