「和菓子職人でもある店主が、目の前でできたての『練り切り』を作ってくれるバーがある」という噂を聞きました。
「え? 甘いものとお酒?」
基本的におつまみはしょっぱくあってほしい典型的な酒飲みなので、当然そう思ったわけですが、実際に行った人によると、これが合うんだとか。
もしもそこに新しいお酒の喜びが待っているとしたら、食わず嫌いはもったいない。
何事も経験。よし、行ってみよう!
西荻窪駅近くにある小さなバー
というわけで、そのお店「をかしや」を目指し、西荻窪にやってきました。
目立つ看板などはなく、
ご覧の通り、ちょっと隠れ家的な雰囲気のあるお店。
もしも「ここで合ってるかな?」と不安になったら、入り口横の小窓を覗いてみましょう。
そこに、
“看板ヨーロッパコノハズク”のちょびちゃん
の姿があれば間違いありません。
和菓子職人ということで、なんとなく頑固そうなおじいさん的マスターを想像していたら、和装がばっちり似合っているチャーミングな女性でした。
すぐにお通しが到着。
マグロはタタキにしてあって手が込んでいます。
ほんのりとレモンの風味も効かせてあり、暑い季節にぴったりの爽やかさ。
やばい、早くお酒を頼まなくては!
ものすご〜く魅力的なラインナップですね。
え〜と、飲みもの飲みもの……ん? カタヌキ!?
これってお祭りの縁日とかにあるあれですよね? 懐かしい〜
子供の頃、たまに挑戦しては失敗していた気がするけど、大人になった今、慎重にやれば成功するんじゃないかな?
で、成功したらお酒が1杯300円で飲めてしまうんでしょう…?
はい、やります! お願いします!
中から1枚引き抜いてみると、比較的単純なお月様のデザインです。
あれ、いけそうじゃね? これ。
久しぶりにやってみると、この状態までなんの危なげもなく切り取ることに成功。
昔はあんなに苦労したカタヌキですが、もしかして大人にとっては余裕? 俗にいうサービスメニューってやつですか?
なわけなかったー!
「空気を読まずすいません、僕、これ、できちゃいますよ」なんて調子に乗った次の瞬間、お月様は粉々に粉砕。
まるで現代の寓話。
食べても大丈夫ということで口に入れてみたその欠片は、決してすごく美味しいようなものではなく、僕に人生の真理を噛み締めさせてくれる、ほんのり切ない味わいでした。
ただこのカタヌキ、失敗したらしたでめちゃくちゃ盛り上がるし、いつのまにか店主さんと自然に会話が始まっているという効果もあり。
一見のお客さんは、まず頼んでみるのもいいかもしれません。
が、けっきょくお酒はゲットならずだったので、素直に注文しましょう。
ひとひねりあるお酒とおつまみたち
日本酒が中心のお店なのですが、まずは
「梨ハイ」(600円)から。
梨のジュースで焼酎を割ったシンプルなサワーながら、これがすっきりと甘く、なんで今まで家で作らなかったんだろうと後悔する美味しさです。
これまた初めて食べる、さくらんぼのお漬物。
果実の甘酸っぱさはそのまま残しつつ、しょっぱさが加わってちゃんとおつまみになっており、梨ハイとの相性も果実×果実で最高!
場末の酒場で煮込みとホッピーで始めるのも好きなんですが、このちょっとスペシャルな予感漂うすべりだしにワクワクさせられます。
戸辺さんいわく「メロンって要するにキュウリじゃないですか?」とのこと。
一見強引ではありますが、確かにどちらも同じウリ科の植物で、キュウリは極論「甘くないメロン」であるからして、これが想像の上をゆくバッチリなおつまみだったんですよね。
これも家でマネする!
さて、2杯目は日本酒をお願いしましょう。
「今日はメニュー表にはない『いちごの日本酒』がありますよ」とのことで、そちらをお願いします。
すると……
粉雪のようなイチゴ!
なるほど、これを日本酒と合わせるわけですね。
合わせたのは秋田県「両関酒造」の「Rz55 Summer Emotion 特別純米」。
小粋なデザインのイメージ通り、華やかな甘みのあるお酒です。
うわ、これまた爽やかで美味しい〜!
イチゴは凍らせることで甘みが抑えられ、香りが引き立つそうなのですが、それが日本酒の甘みと絶妙なバランスを生んでいます。
そして、なんといってもこの見た目の華やかさ。
もはや完全に、をかしやにメロメロです……。
夏酒〜熱燗で日本酒三昧
揚げ玉と豆腐の組み合わせ、見つけると必ず頼んでしまうメニューなのですが、お店によってけっこう幅があるんですよね。
これまたなんて端正なルックスでしょう。
ダシを吸ったモロモロの揚げ玉となめらかな豆腐の組み合わせ、なんでこんなに美味しいんでしょうか……。
口の中にそよ風が吹き抜けるかのような爽やかさ。
遊び心のある酒器も楽しいです。
注文が入ってから煮込みはじめる、もつ鍋風の牛もつと豆腐煮込みは、戸辺さんが「これ、本当に美味しいんですよ〜」と語る、九州「マルヤ」の「肥後菊」という醤油が味の決め手。
醤油の淡麗な香りと甘みが、上質なもつの旨味と合わさり、あぁ、どうしてこうも、何を頼んでもここまでうまいか……。
上品な甘みと香りが特徴の燗酒用に作られた日本酒。
もつ豆腐との相性は言わずもがなですが……
デザートに食べて帰るというお客さんも多いという練り切りですが、僕はお酒と合わせたいと伝えてみたところ、それならば「柚子みそ」がぴったりとのこと。
では、それをお願いします!
目の前で繰り広げられる鮮やかな職人芸
あ、そうそう、今さらですが、戸辺さんがなぜこのような、ちょっと珍しいスタイルのお店を開くにいたったかのお話を。
「練り切り」とは、白あんを主原料とした和菓子の一種。
これに様々な食用色素で色をつけ、型やヘラなどの道具を使って、季節感を感じさせるモチーフに整形する、和菓子界の芸術品。
戸辺さんが和菓子の世界に入ったそもそものきっかけは、いずれ料理の道に進みたいと思っていた学生時代の終わり頃、デパートで見た練り切りの実演販売だったそうです。
初めてみる練り切りは繊細でとても美しく、そして自分が日本人でありながら和菓子のことを何も知らなかったことも実感。
行動力の人である戸辺さんは、なんとそこで実演販売をしていた和菓子店の社長に後日「働かせてください!」と申し出たそう。
ところが社長からは、「まずは専門学校に通ったほうがいい」と真っ当なアドバイス。
そこで素直に学校に通って技術を身につけ、晴れてそのお店で働けることになったのですが、数年後にお店が閉店してしまいます。
その後も和菓子業界を中心にいくつかの仕事を経たのち、お酒が好きだったこともあり、「お客さんの目の前で実際に練り切りを作り、できたての美味しさを感じてもらえる飲み屋があったら楽しいんじゃないか?」という想いを持つにいたります。
ちょうどその頃、ほぼ居抜きの状態で商売が始められる、40年間スナックとして使われていた現店舗と出会い、2015年10月にオープンしたのが、こちらの「をかしや」というわけ。
繊細な細工ができる店主自作のピンセットを使った技法で、目の前でこうして工程が見られるお店は、日本ではここだけなんじゃないかとのこと。
しかもお酒を飲みながら。
なんと貴重な体験なんでしょうか。
う、美しい……。
美しすぎます。
が、できたての練り切りは美味しさもまた格別なんだそうで、悔いの残らないよう、よ〜く愛でたらば、
パクッ……あ、これは、おいし……
中心に包み込まれているのは、江戸味噌、白味噌、クルミを合わせた塩気のある餡で、これがただ甘いばかりではない複雑な味わいを生み出し、おつまみとしても極上の味わいに仕上がっています。
たまらず熱燗で追いかけると、
ヒェ〜
あ、合う〜
甘みと塩気、ナッツや味噌のアクセント、その複雑で深い味わいが、燗酒をむしろさっぱりと飲ませてくれます。
これまでに味わったことのない組み合わせであることは確かなんですが、これだけ相性の良いお酒と食材のマッチングも珍しいんじゃないかとすら。
伝統と格式のある和菓子の世界に現れた革命児であり、異端児ともいえる戸辺さんですが、彼女が自由な発想で作る練り切りは、感動的に美しくて美味しい。
未体験の日本酒とのハーモニー、気になった方は、ぜひ味わいに行ってみてくださいね。
- をかしや
-
東京都 杉並区 西荻南
居酒屋