前回の記事では、ミシュランガイドには“絶対”に載らない、日本ラーメン裏世界の頂点である「がんこラーメン」を紹介した。
▶ラーメン界のサグラダ・ファミリア!極限の旨味を立体的に組み立てた「がんこラーメン」がすごい
今回は、進化するラーメン界の最前線を走っている「丿貫(へちかん)系ラーメン」を紹介しよう。
爆弾のように旨い「丿貫系ラーメン」
丿貫系ラーメン最大の特徴は、“旨味が徹底的に抽出された”スープにある。
がんこラーメンの旨さが立体だとすると(がんこラーメンを食べると、旨味に立体感を感じる)、丿貫系ラーメンの旨さは、まるで爆弾である。
その爆弾の核は、組み合わせがほぼ無限大にも等しい「ダブルスープ」に起因している。
少々長くなるが味の理解のためにも大切なので、ラーメンにおけるダブルスープの進化の流れをみていくことにしよう。
すべての始まりは、中野「青葉」の魚介豚骨
旨味は重ねることで、掛け算のように増していく。
これ自体はずっと前から知られていたのだが、1996年に創業した東京・中野の「青葉」が行った革命が、ラーメン界に1つのインパクトをもたらした。
魚介系の出汁に、動物系白湯のスープをブレンドしたのである。
これが、ラーメン界におけるダブルスープのあけぼのだ。
「魚介豚骨」と聞いても、今では普通のことのように思えるが、当時は魚なら魚、動物系なら動物系を掛け合わせるのが“普通”であり、その2つをドッキングさせて爆発的に旨くするなんて、コロンブスの卵のような話だったのである。
セメント系ラーメンという革命
現在に至るまで、ダブルスープを使ったラーメンの多くは、魚介×動物系を組み合わせている。ちょっと前に流行った、濃厚な魚介豚骨のつけ汁で食べるつけ麺なんて、まさにこの流れがド直球にあらわれている。
そんな魚介×動物系が主流のなか、登場したのが濃厚煮干し系ラーメン、いわゆる「セメント系」である。
青森県のご当地グルメ「煮干し系ラーメン」。大量の煮干しを徹底して煮詰めて作ったスープは、驚くほど尖った1杯。東京でも「ラーメン凪」が逆輸入したことで、2010年あたりから煮干し系ラーメンが徐々に認知されるようになっていった。
当初は、一般的な醤油ラーメンの外観をした煮干し系ラーメンが主流だったが、誰かがあるとき、煮干し出汁と鶏白湯をダブルスープで組み合わせれば、煮干しの濃度をブチあげられる事実に気づいてしまったのだ。
煮干し出汁が白湯と一緒になると、エグみなどの煮干しの嫌なニュアンスがマスクされ、旨味だけを爆増させることが可能になる。
白湯を使ったのは、おそらく当時流行った鶏白湯ラーメンの影響があったと予想するが、これが発端となり煮干しラーメンにおける"ニボ濃度"は、加速度的に濃さを増していった。
そうして煮干し系ラーメンは、どんどんニボニボしていき、ついには醤油色を超え、煮干し色としか形容しがたい別物へと様変わりし、セメント系とも揶揄させるポタージュのようなラーメンが爆誕することとなった。
なお、これはあくまでダブルスープの派生の一例であり、他にも様々な形へと進化を遂げている(例えば、ダブルスープにキノコ出汁を加える「トリプルスープ」なんかも生まれている)。
中野の「青葉」から始まったダブルスープが、このような形で進化するだなんて、一体誰が考えただろうか?
素材の旨味をきちんと抽出できれば、ダブルスープの組み合わせは無限大
丿貫の店主・佐藤義大氏は、もともと王子の名店「伊藤」のような煮干しラーメンを提供すべく試行錯誤していた。
2012年の開業当初から灰汁(アク)と称する程に、かなり尖った煮干し系のラーメンを提供していたが、おそらく、ある段階で下記のようなコペルニクス的転回を思いついたのだろう。
「ダブルスープって、ちゃんと素材の旨味を抽出することさえできれば、組み合わせ無限大じゃん」
ラーメンには、基本のスープが2つある。1つは、澄んだ色をした清湯(チンタン)。そしてもう1つは、濁った色をした白湯(パイタン)。
ダブルスープにすりゃ旨くなるのなら、このどちらかに何らかの旨味を掛け合わせればよいという話になる。
例えば、先のセメント系ラーメンだが、あれは煮干し×白湯のダブルスープだ。濃厚系の煮干しダブルスープとも言えよう。
一方で、煮干し×清湯でやれば、以前から青森県で作られていたような淡麗系の煮干しダブルスープが完成する。
この「煮干し」の部分を、海老に代えたら海老の濃・淡ダブルスープラーメンになるし、鯛に代えたら鯛の濃・淡ダブルスープラーメンが完成する。
こうして丿貫は様々な素材を旨味として抽出し、濃厚な白湯、あるいは淡麗な清湯のどちらか合うほうと組み合わせて提供することで、ラーメン界に「日替わりメニュー」という驚異のシステムを生み出した。
弘明寺丿貫が生んだ、レバーとニラのダブルスープ
今までのラーメンは、丁寧に食材から取った出汁を組み合わせてダブルスープを作っていたイメージが強い。しかし、丿貫のそれは出汁というより、旨味そのものといったほうが概念的には近い。
この旨味という概念、あえて近しい例をあげれば、フレンチのソースのようなものが近いだろうか(だから、爆弾のような濃縮された旨味を感じるのだろう)。
その独特の技法もあってか、使われる食材も今までラーメンに用いられてこなかったものも多い。
例えば、先ほどの写真にあった「濃厚レバニラ蕎麦」。まさかレバーとニラのダブルスープが作れるだなんて、全く考えもしなかっただけに、かなりの衝撃を受けた。
おそるおそる麺をすすったその先に、全くの新しい感動が僕をぶち抜いた。
「普通のレバニラには!ニラが!圧倒的に!足りてなかったのか!」
見た目からも明らかにグリーンだが、この1杯、ニラの突き抜けるような、青い味がするのである。
それが決して嫌なニュアンスではなく、むしろレバーの親友とも言える位置にきちんと落とし込まれており、僕は食べていて「ラーメンはここまで進化したのか・・・」と、妙に感慨深くなってしまった。
- 弘明寺丿貫
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神奈川県 横浜市南区 通町
ラーメン
圧倒的なSNS戦略で勝つ「さんじ」
丿貫系ラーメンで忘れてはならないのが、上野にある「さんじ」である。
きんちゃんの愛称で親しまれる店主の森下勤勉氏は、もとは力士だったというラーメン界でもひときわユニークな経歴の持ち主だ。
実は、さんじは5年ほど前から開店していたようだが、つい最近になって丿貫の佐藤氏からラーメン作りの技術を教わり、スタイルを一新。結果、非常に個性的なラーメンを作り出すようになった。
さんじのバリエーションは、非常に幅広い。基本メニューは、濃厚系の煮干しやカニ、あるいは清湯系の煮干しや貝類のラーメンなのだが、これに加えて日替わりとなる限定ラーメンが提供されている。そのラインナップの魅力が半端ないのである。
あるときはウニが使われた黄色いスープのラーメンを作ったかと思えば、別の日にはマジャク(甲殻類の一種)蕎麦を提供してみたり、またあるときは家系を突然作ってみたり。
店主のツイッターアカウントで告知される限定メニューは、みているだけでも楽しい。
えっ?そんなのまでラーメンにしちゃうの!?といった驚きがあり、丿貫系ラーメンの懐の広さに圧倒される。
また非常に興味深いことに、さんじには熱狂的なファンがとても多い。
彼らは通称「さんじジャンキー」と呼ばれており、さんじの写真とセットでラーメンの感想を嬉々としてつぶやいている。
お並びが100名近いので早開けします
— 上野 さんじ きんちゃん 森下勤勉 (@sanji_kinchan) 2019年5月2日
m(__)m pic.twitter.com/39KGgGLM3o
こちらは、GWのスペシャルラーメンに集まるジャンキー達(僕含む)。なお、当然のことながら普段はここまで混まない。
女子高生はインスタにタピオカをアップするのかもしれないが、さんじジャンキーはTwitterにさんじのラーメンを投稿し、店主にリツイートされるまでが様式美となっているのである。
僕はこれを始めてみたときに、
「な、なんて素晴らしい仕組みなんだ。店主と客、みんながみんな、心の底からさんじという存在を楽しんでいるじゃないか・・・これぞ新時代のラーメン屋のあり方だ・・・」
と、妙に感心してしまったのだ。しかも、実際に自分でやってみるとこれが結構楽しいのだ。
今では僕もすっかりジャンキー見習いの一員である。当然のことだが、ラーメン自体も非常に美味しい。というか、クッソ旨い。
きんちゃんの味付けのセンスの良さには、毎回毎回、脱帽である。未だかつて、ここまで美味しくて楽しいラーメン屋があっただろうか?これこそまさにSNS時代の新しいラーメン屋の形といえよう。
他にも七色に変化する和え玉など、ここには書ききれてない丿貫系ラーメンの魅力はまだまだたくさんあるのだが、まずは行ってみてズズッとやって欲しい。
迷わずいけよ、行けばわかるさ。そしたら恋に落ちること間違いなし。
横浜から始まった静かなる革命、進化した丿貫系ラーメンから、目が離せない!
- さんじ
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東京都 台東区 東上野
ラーメン