「青木さん?緊張しますよ。いつも真剣勝負っす」sio・鳥羽周作×格闘家・青木真也

厨房に立つ、ネイビーの服を着たガタイのいい男性。その視線の先は、格闘家の青木真也さん。

男性は、青木さんが料理を口に運ぶ様子を真剣に見つめていたのです。青木さんが「美味しい」と言うのを聞くと、どこかホッとしたような、緊張が和らいだような笑顔に──。

代々木上原のレストラン「sio」で、オーナーシェフを務める鳥羽周作さんは、「青木さんが来るときは緊張します。いつも真剣勝負です」 と話します。ふたりの関係は、店主と客でありながら、それを超えて各自の生き方を応援し合う「ファミリー」のようなもの。

今回は、“シェフとそこに集う常連客との対話”を通して、「sio」というお店の個性やおもしろさを伝えていきます。馴れ合うことなく、刺激を与え合いながら、いい戦いを繰り広げている、そんなふうに見えるおふたり。

なぜ青木さんはsioに通うのか。

青木さんが好むsioにはどんな思想があるのか。

おふたりの初対談から見えてくるものは──。

お話を聞いた人

青木真也さん
青木真也さん
1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中、柔道から総合格闘技へ転身。「修斗」ミドル級世界王座を獲得。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家へ。「DREAM」「ONE Championship」の2団体で世界ライト級王者に輝く。著書に『ストロング本能』(KADOKAWA)などがある。

お話を聞いた人

鳥羽周作さん
鳥羽周作さん
1978年5月5日生まれ。埼玉県出身。サッカー選手、小学校教員を経て、32歳で料理人に転身。都内の有名レストラン2店舗で5年修業後、恵比寿のレストランでスーシェフを2年務める。2016年3月より代々木上原「Gris」のシェフに就任。2018年7月、オーナーシェフとして「sio」をオープン。

sioには「自分のモノサシ」を持つ人が集まる

「僕と青木さん、出会って1年以上経ちますよね。距離は縮まってると思うけど、未だに青木さんが来てくれるときの緊張感ってすごいんすよ。みんなにも『今日青木さん入ってるから』って伝えますし、朝から気合いが超みなぎります」

「GOの三浦さん(※1)たちを含めた食事会で知り合ったんですよね。鳥羽さんがまだGris(※2)にいたときで、気が合ってね。今度独立するんです、って話をしてたなあ。それから気を使って来てますよ」

(※1 The Breakthrough Company GO代表取締役で、PR/クリエイティブディレクターの三浦崇宏さん)

(※2 代々木上原にあったモダンフレンチレストラン。2018年5月に閉店)

「いや、青木さん以上に、こっちのほうが気ぃ使ってますから(笑)。青木さんは、確固たる自分のモノサシ持ってますよね」

「僕はタニマチ付き合いしないし、彼らにいい店でご馳走してもらう、みたいなのも一切しないから、そもそも対比の基準がないんですよね。どこかと比較するから相対的に『美味い・美味くない』『高い・安い』ってなるわけで。美味さも金額も自分の基準でいい」

「相対評価じゃなくて絶対評価。だから僕、青木さんには『勝ち続けなきゃならない(※3)』っていつも思ってます」

「尾崎(豊)じゃないんだからさ(笑)。思うんだけど、みんなsio来ると『美味い、美味い』って言いますよね」

(※3 尾崎豊『僕が僕であるために』の歌詞に『君が君であるために勝ち続けなければならない』『僕が僕であるために勝ち続けなければならない』がある)

「青木さんは美味いときは『美味い』って言うけど、『あれっ?』と思う料理があったら『これはどうなの?』みたいにハッキリ言いますよね。表情にもすごい出るし(笑)」

「確かにすごく美味いんだけどさ、でもその日の自分のコンディションには合わない、ってこともあると思うんです」

「今日はもう少し味が薄めのものを食べたい、みたいなときはあるんじゃないかと」

そこに愛があるなら、正直に言われるとうれしい

「僕のそのときの状態が、塩にとても敏感だったのかもしれないですけど、僕、『鳥羽さん、最後、勝負しちゃったでしょ?』って言ったんですよね(笑)」

「“最後のひと塩”って、人生の重大な決断を下す難しさに近いんですよ。格闘技でいうなら最後の一発みたいなもので。だから僕も、料理を出す直前まで悩んでます。ただ、言葉で伝えてもらえることで、青木さんの好き・嫌いのラインがわかるからうれしいです」

「そうそう、思い出した。鳥羽さんが前にカレー作ってくれたじゃないですか。あれも美味しかったんです。でも、『前に食べさせてもらった(鳥羽さんの)お父さんのキーマカレー(※4)のほうがさらに美味い』って言ったよね」

(※4 鳥羽さんのお父さんは洋食店のシェフ。ここで話されているカレーは、店のスペシャリテのような位置付け)

「ああ、それ掘り起こさなくていいです(笑)。青木さんカレー好きじゃないですか。だからビッグマッチ前にカレーを出してあげたくて、あれ営業時間外に作ったんですよ。でも、そう言われてちょっと落ち込みましたよ」

「いろいろ言うぶん、気も使ってて、世話になったり仲良くしたりしてる人を紹介しています。紹介した人がsioに行く日には、『鳥羽さん、今日◯◯さんが行くからよろしくね』って連絡入れて」

「それはすげえうれしいっすよ。青木さんとは信頼関係があるし、コミュニケーションに愛があると思ってますから」

「鳥羽さんいなくても良くね?」って言われるのが理想

「僕、1年くらい通ってるじゃないですか。その間、見てきて思うんですけど、チームがちゃんとできてますよね。人が育ってる、っていうか」

「自分は人を育てるの、得意じゃないんですけどね。だから発想としては、弟子を持つみたいな昔ながらのやり方じゃなくて、イズムを受け継いだ人を……。たとえば新メニューを出したいなら、その料理の作り方を教えるんじゃなくて、一緒に食べながら『これが美味いよね』って話をして、共感しながら進めていく、っていうんですかね」

「鳥羽さんの思想を投げかけると、“環境”が整っていいチームができる。手取り足取り教えるだけが教育じゃないんだよ、ってことでしょ?」

「それっす! 完璧に言語化してくれましたね!」

「あと、ゴールをシンプルに示してますよね」

「大前提としてある『お客さんをハッピーにする・喜ばせる』がゴールなんですよね。それが達成できているかどうかを見ます。極端な話、僕より遅く出勤してきても、仕事が間に合ってればいいんですよ。僕は慎重派だから、開店10分前には段取りができている状態が好きなんです。万一何かあったとしても残り10分で対応できますから。逆に、開店時間になっても準備ができてない状況は、お客さんがハッピーじゃないですよね」

「素晴らしい」

「最終的な理想は、僕がいなくても青木さんがsioに来てくれて、青木さんのツボをわかっているスタッフがいる状態なんです。自分がいなくてもイズムが変わらないレストランを目指したい。お客さんから『鳥羽さんいなくても良くね?』って言われるくらいになりたいですね」

「美味しい」よりも「気持ちいい」状態を作りたい

「sioに来ると美味しい思いをして帰るのが当たり前になってるから、美味かった料理を個別には思い出しづらいんですよ。塩だけで味付けしたパスタは美味かったな」

「人によって感動ポイントは違うので、どんな意見もフラットに受け止めるようにしてますね」

「肉料理でもアイスでも、一人ひとり、どこで喜んでもいい」

「『おしぼり(イケウチオーガニックのタオル)がいいから』とか『あいつ(鳥羽さんのこと)が面白いから』とか、料理以外のところで喜んでくれるお客さんも多いと思うんですよ。ハッピーになってくれるポイントがたくさんあるといいですよね」

「僕、美味いっていうのは、たいして重要じゃないと思ってるんですよ。全部食べ終わった後に『良かったね〜』と感じて終わるのが大事だな、って」

「僕もそれに近くて。『美味しい』じゃなくて『気持ちいい』状態を作るのがすげえ大事じゃんって考えてて」

「料理の味だけだと限界がある。格闘技もそうで、その周辺にあるストーリーがセットになってる」

「僕もまさにそれ、今やってます。noteで発信を始めました」

「価値を高めるためにストーリーを作るって大事ですよ。僕は15年格闘技をやっていて、長く見てもらうことで味わいや価値が高まることもあると思っています。たとえば、長く見続けてる人と、ごく最近見始めた人、興味なく見ている人がいると、僕の戦いの価値はそれぞれで違うわけで」

「青木さんが3月31日に両国で試合したじゃないですか。あのときも、事前に青木さんが苦悩する姿をVTRで見てたし、青木さんがド派手なスパッツを穿いてた時代から、試合を見て応援してたから、余計に感情移入しやすかったでんすよ。感動は与えるものじゃなく、作るものなんだなって思いましたね。感動を作りたいから、いろいろと投資してますよ。日本一切れ味がいいナイフとか、水をたくさん飲む青木さん用に大きめなグラスを買ったり、イケウチオーガニックのタオルをお土産用に仕入れたり」

「(新しいグラスを持って、まじまじと見ながら)グラス、微差じゃない?(笑)」

「そうすか?(笑)レストランが単に食事をする場所として切り取る時代じゃなくなったな、って。メニュー表がシワシワだったり、おしぼりが気持ちよくなかったりすると気になるんですよね」

「飲食って始めるハードルはそんなに高くないじゃないですか。でも、支持され続ける、経営し続けるっていうのは、簡単なことじゃない」

「店の存続にはデザインの上手さが関わってくると思います。トータルで『気持ちいい』と感じてもらえる設計ができないとダメだな、って」

>後編に続きます

【後編】「本業で強くないと、ファンはつかない」sio・鳥羽周作×格闘家・青木真也

ライター紹介

池田園子
池田園子
フリーの編集者/記者。女性向けメディア「DRESS」編集長。著書に離婚経験後に上梓した『はたらく人の結婚しない生き方』など。プロレスが好きで「DRESSプロレス部」を作りました。
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