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僕らはだんだん、酒から怒られなくなってきた

「渋谷に、熱燗のめちゃくちゃ美味しいお店があるんだよ!」

「あそこに行ったら必ず熱燗を好きになるよ」

そんな言葉を聞いたことのある人がいたら、それはもう間違いなく、Gats(ガッツ)のことでしょう。

今や熱狂的なファンを多数持ち、熱燗好きであれば知らない人はいないと言っても過言ではないお店、「燗酒Bar Gats」。

そんなGatsの店主の将さんにあるとき、「熱燗の美味しいお店の見分け方はありますか?」と聞いてみると、「今はそういう類のことは考えてない。熱燗はロジックじゃない。美味い熱燗ってのはなあ、最後は“酒との向き合い方”なんだ!」と教えてくれました。

酒との…向き合い方…?

これは、“酒との向き合い方”について、徹底的に聞くしかない。

「酒との向き合い方について教えてください」と取材の提案をしてみると将さんは、「そうしたら、千葉麻里絵と対談をしたい。俺以上のレベルで酒と向き合っているのは、麻里絵しか知らない!」とのこと。

そして、決定。

話し相手は、日本酒業界を牽引するカリスマ、恵比寿「GEM by moto」の店主・麻里絵さん。麻里絵さんと将さんのおふたりに、熱燗に対する想いを、熱く語ってもらいました。

お話を聞いた人

千葉麻里絵(ちばまりえ)
千葉麻里絵(ちばまりえ)
恵比寿の日本酒のお店「GEM by moto(ジェムバイモト)」店主。著書はコミックエッセイ「日本酒に恋して」と専門書「最先端の日本酒ペアリング」。日本酒とラーメンがすき。

お話を聞いた人

水原将(みずはらまさ)
水原将(みずはらまさ)
昭和50年12月18日和歌山県出身。2012年5月11日、東京渋谷区神泉に「燗酒Bar Gats(ガッツ)」をオープン。仁井田本家、お燗番。JAZZバンド「ザ・ショッキング」のボーカル。

将さんのうるさい美味しさ

「最近は、週3くらい電話してますよね」

「僕からのラブコールです(笑)。今は、ちょっとでも困ったり疑問があったりすると、すぐ電話するんです。麻里絵さんは勘が鋭くて、『これは出てあげないといけない』というときは出てくれる。『ただしゃべろう』というときは出ない。

僕の考えていること、麻里絵さんは手に取るようにわかっていて。手の上で転がされている感覚です。実際は、僕が勝手に飛び乗っているんだけど」

──おふたりのことは「ライバル関係」と考えていいんですか?

「僕が勝手にライバル視しているけど、ライバルだなんて全然。ただ僕が、憧れているだけです」

「ありがとうございます(笑)」

「麻里絵さんのすごいところは、飲んだら蔵元さんがどんな風に造っているか、わかっちゃうところ。蔵元に会いに行っているというより、確認しに行っている。自分の考えていること、想像していることと、擦り合わせに行っているんです。

僕もお酒を飲んで、『去年に比べて美味しい』とか、思うところはあるんですけど。でも、僕なら想像だけで終わっちゃうんだけど、麻里絵さんは汗をかいて、涙を流して、時間をかけて、確認しに行く」

「自信がないから、確認しているだけなんですよ」

今回の取材では、実際に麻里絵さんが熱燗をつけてくれた

今回の取材では、実際に麻里絵さんが熱燗をつけてくれた

美吉野醸造「花巴 水もと」と仁井田本家「しぜんしゅ にごり」をブレンドした熱燗

美吉野醸造「花巴 水もと」と仁井田本家「しぜんしゅ にごり」をブレンドした熱燗

──麻里絵さんは、将さんにどんな印象を抱いてますか?

うるさいのに、美味しい酒をつける人と思ってます(笑)。でも最近、うるささも少しだけ落ち着いてきたのかも」

──「うるささ」というのは?

「お燗やお料理についての、しゃべりです。聞いてもいないのに、しゃべりばかり夢中で本質的なものが見えないことがあります。でも将さんは、うるさいんだけど(笑)、美味しい。

シックに飲みたい、いちいち人に何か説明されながら飲みたくない、という人もいるんだけど。かといって、味だけで本当に美味しいと言える燗を出す人って、少ないんです。でもね、将さんの燗は本当に美味しいですよ」

「ヤブタ変えた?」の衝撃

──そもそも、おふたりはどうやって出会ったんですか?

「もともとGatsのお客さんで、青山ファーマーズマーケットの方がいて。その人が主催したイベントに僕と麻里絵さんが出演したんです。そのとき、前の年は好きで使っていた酒の味が落ちていて。理由がわからなかったので、彼女に聞いてみたんです」

「そのとき、将さんからいただいたお酒を飲んで『味が変わったのは、ヤブタを変えたからだと思う』と伝えたんです。ヤブタとは、日本酒の搾機械のことなんですけど」

「蔵に聞いたら、本当に変えていて、驚いた」

「この人はちょっと、常人ではとてもわからないことが、わかってしまう人なんです。僕からしたら、自分と同じか、それ以上の熱量で“お酒に向き合っている人”に会ったことが初めてで。うれしかったと同時に、ものすごくライバル意識が芽生えました。

出会ったのはイベントだけど、仲良くさせてもらっているのは、僕のお店に麻里絵さんが来てくれたことがきっかけ。そのとき僕が、仁井田本家の純米吟醸をつけたんですよね」

「そうそう。それがすごく美味しくて、酔いが冷めました。美味しかったから、腹が立つくらいだったんです(笑)」

「僕たちは負けず嫌いだから(笑)。すると麻里絵さんがいきなり、『このとっくりが私を呼んでいる』と言い出したんです。『私もつけたい』って」

「僕は、仁井田本家が公認したお燗番(お燗のプロとして燗つけの相談役も担当)ですよ。僕より美味かったら、お役御免なわけです。けれど麻里絵さんがつけた燗は、俺より何段も上の味がして。『あ、負けた』と思いました。でもうれしかったんです」

──負けたけど、うれしかった?

「正直、それまで天狗になっていたところもあって。ちょうどいろいろな世界を知り、『もっと上には上がいるんじゃないか』と思い始めていた時期でもありました。そんな中で、麻里絵さんが自分より美味しい酒をつけた。今まで雲がかかっていた空に、一筋の光が差したような、雲が晴れていく感覚になったんです。

その日、Facebookに『負けた』と書きました。普段はお客さんからちょっとネガティブなことを言われるだけで、夜中に飛び起きちゃう。でも、その日はニコニコしながら家に帰って、本当によく眠れました」

ふたりのお酒を「ジャズ」で例えると

──おふたりのつけるお酒の共通点や違いってあるんですか?

「音楽で例えると、僕はルイアームストロングみたいな楽しい味を体現したいと思ってる。音楽に全然詳しくない人でもいきなり楽しめるし、実は玄人こそが「yeah!!」ってなれるジャズ。

で、麻里絵さんは、もっと先にイッてる。ロックもポップも全部の要素が入ったビックバンドのアレンジをトリオでやる……みたいな、前衛的で変態的なモダンジャズ(笑)。麻里絵さんのところに来るお客さんには、そういった玄人好みの遊びを楽しみに行ってる人も多いと思う」

「…つまり、お互いつけ方は全然違うんです。でも目指すところは、ほぼ一緒なんじゃないかと」

「よくお燗って、嗜好品だと言われるんです。『こっちもいいし、こっちもいい。勝ち負けなんてない』みたいな」

「人には好みがあって、必ずその人の好きな味があるからどれが一番なんて言えないよね、という考え方をされていることが多いですよね」

「でも私が将さんのお店でつけたときは、本気で負けたくないと思ったし、お互い本気でさらけ出して堂々と勝ち負けがついた感覚だった」

「知らない人が見たら技術の違いと思うだろうけど、僕も麻里絵さんも、そうじゃ無いことは明確にわかってる。ここまで来ると技術じゃないとゆうか、楽器の巧さじゃなくて、格好良さとか、美しさとか、感動。だから瞬間に、やられた!ってなったし、あのときのあの味は今も心に突き刺さってる」

「将さんのも、美味しかったですよ。ただ、そのときは将さんが100点で、私が120点だった、みたいな話。80点から90点のラインだと嗜好品になるけど、100点がベースのもの同士が勝負したら、また違う世界が見えてくるんだって、そのとき知りました」

僕らはだんだん、酒から怒られなくなってきた

「最近ふたりで話してたんです。『酒をめちゃくちゃにいじっても、あんまり酒から怒られなくなってきたよね』と」

「話しましたね」

「僕らがいろいろ試行錯誤していると、最初の頃は酒が怒って」

「『なにしてくれるんだ』ってブチギレてた(笑)」

──たとえばどんなことをして?

「僕はかき混ぜるときに、お茶を立てるときに使う茶筅(ちゃせん)を使ってかき混ぜていたことがあるんです。今は、木製のものを使ってるけど。茶筅でかき混ぜていたとき、『こそばゆいやん、やめてくれや!』っていう味になっていました。

麻里絵さんも、酒とおもしろい対話をしていて。僕たちは、温度計を使って酒の温度を測るんだけど、麻里絵さんはそれをぶっきらぼうに刺すのに、抵抗があるんです」

温度計は先が尖っているから、刺したらかわいそうじゃない?『酒がいやがっている』という気がして。そう思ってからは、刺すときはそーっと刺すようにして、かき混ぜるときは別のものを使っています」

「毎日『ごめんなさい』と思いながら酒をいじり倒して、全然応えてもらえない日々を送ってきました。それでもようやく最近、触るのを許してもらえた気がします」

『いいよ、お前だったら』って、言ってくれるようになった気がしますよね」

「僕たちは、今でも温度計を使ったりしているけど、本当は温度計を使わなくても、適温を当てることができます。匂いを嗅いだり、記憶を掘り起こしたりすることで、今はそれができるんです。

でもそれは、僕たちが酒を扱えるようになったというより、酒の方が僕たちを認めて、寄り添ってくれるようになったんじゃないかと思っていて。『もういいよ、お前の好きにやれよ。お前のやり方に合わせてやるよ』みたいなスタンスに、やっとなってくれたんじゃないかと」

後編に続く

前編は、おふたりの関係性と、日本酒に対する姿勢をお届けしました。

「最初は、酒に怒られていた」

「僕らはだんだん、酒から怒られなくなってきた」

そんな風に語ってくれたおふたり。ただ続けているだけでは、到底、辿り着けない領域です。圧倒的な情熱で、高い解像度をもって毎日毎日、熱心に酒と向き合っているからこそ見える世界

そして後編は、表参道の有名フレンチレストラン「レフェルヴェソンス」のディレクター・青島壮介さんをお迎えします。

将さんは「自分が影響を与えられてきたのは、麻里絵さんと、もうひとりが壮介さん」と言います。

ふたりが、圧倒的に美味い燗酒を提供できるのはなぜか?

麻里絵さんと将さんは料理と日本酒、青島さんは料理とワインという「ペアリング」の視点を中心に、聞いていきたいと思います。

・【後編】美味しい日本酒は「酒との向き合い方」がつくる

千葉麻里絵さんの最新刊『最先端の日本酒ペアリング』発売中!

ライター紹介

くいしん
くいしん
1985年、神奈川県小田原市生まれ。くいしん株式会社代表。インタビュアー、編集者。主にカルチャー/ライフスタイル領域で編集・執筆をしています。高校卒業後、お笑い芸人、レコードショップ店員、音楽雑誌編集者、webディレクター、web編集者を経て、現在。「グビ会」主宰。
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