• Top
  • その他
  • 悲劇を転機に。レストランもないナイジェリアで料理人を育てる、 森田隼人シェフの新たな挑戦が、今始まります

悲劇を転機に。レストランもないナイジェリアで料理人を育てる、 森田隼人シェフの新たな挑戦が、今始まります

「ナイジェリアで『料理人』という職業を確立させる」

森田隼人シェフから、終わりなき挑戦への熱い想いをお聞きしたのは今から3年前のインタビューでした。ナイジェリアの都市ラゴスにある「マココ」は、推定25万人以上が生活するアフリカ最大規模の水上スラムです。森田さんは2023年の5月7日に初めてナイジェリアを訪れ、以来、10回以上も現地に渡って独自の活動を続けています。
この、いまだインフラ整備がままならなず、レストランが一軒も存在しない地域に「はじめてのレストランを作りたい。そして、料理人という職業を確立させたい」という森田さんの挑戦が、思わぬ方向で加速し始めたと耳にしてRettyは改めて果敢なチャレンジの現在地についてお話しを伺ってきました。

前回のインタビュー記事

行かなければわからなかった、現地の惨状

昨年末、ニュースなどでも報じられていたように、ナイジェリアは爆撃の被害を受けました。日本国内では詳細に報道されていませんが、マココにもその被害が及び、森田さんたちが関わる村も激しい影響を受けました。ネット上のニュースなどでは「死者は限定的」と報じられていますが、実態は大きく異なったようです。
事態が収束を見せた2月中旬、すぐに現地へ向かおうとビザを取得。森田さんは2月17日にナイジェリアの現地に到着し、22日まで滞在しました。地元協力者の援護を受けながらやっとの思いでマココに辿り着き、現地でドローンを飛ばして状況確認をしたそうです。するとそこには焼け野原が広がり、遺体が目につくような、筆舌に尽くしがたい光景が広がっていたといいます。
これまで100年かけて少しずつ築かれてきたものが、一瞬で破壊されてしまいました。ゼロから立て直すには資金・資材ともに足りず、最低限の復興にも1年半以上かかるだろうと感じたそうです。

強制撤去後のマココの現状

強制撤去後のマココの現状

強制撤去後のマココの現状

強制撤去後のマココの現状

「ハヤト」を国民食へ:移動式屋台のイノベーション

森田さんはこの状況を打破するためにも、「料理」を通じて彼らの自立支援をするという使命を、一刻も早く進めたいと考えました。しかし、当初描いていたレストランでは、またいつ破壊されるかわからない。そこで、機動力のある移動式屋台という形で実現する方向へ大きくシフト。森田さんの名前を冠した「ハヤト」という料理を、ナイジェリアの新たな国民食に育て上げることを目下の目標に掲げました。
移動式屋台にはソーラーパネルを搭載し、夜間も電力供給できる、クールでイノベーティブなものを構想。「ハヤトの歌」を作り、屋台からはいつもその曲が流れ、日常の風景に溶け込んでいく。屋台の中で調理した「ハヤト」を出来立ての状態で提供し、ビールと一緒に味わう人たちが、屋台の周りを囲み賑やかに過ごしている。ハヤトの良い香りが人を誘い、心地よい音楽につられて自然と行列ができていくーーー。そんなことをイメージしているそうです。

料理を振る舞う森田さん

料理を振る舞う森田さん

水上スラムであるマココでは、魚食が生活の中心にあります。「釣ってきた魚を頭から内臓まで丸ごと潰してペースト状にするんです。日本でいうとツナみたいなもの。これってプロテインが豊富だし、栄養価も高いし、保存もできるようになるはず。あるいは、チキンならチキンハヤト、ビーフならビーフハヤト。汎用性が高い料理にしたいなと。それをクレープ生地のようなもので包み、ラップロールのように食べるんです。もちろん、包まないでそのまま食べるのもありえますよね。いろんな愉しみ方ができるんです」。

ナイジェリアの屠畜場で

ナイジェリアの屠畜場で

フランチャイズ展開と雇用の創出

まずは今年のゴールデンウィークに、バージョン1となる屋台を5〜10店舗ほど走らせる予定です。「この様子を見て『なにやら面白い人がやっている、美味しい料理がある』と噂になれば、“自分もやりたい”という意欲ある若者が出てくるはずです。
8月には現地で面接を行い、彼らをフランチャイズオーナーとして育成することで、襲撃に負けず立ち上がる人々の雇用と誇りを創出していきます。その過程において課題を洗い出し、バージョン2、3と改良を重ねながら、年内には50店舗ほどまで拡大したいと考えています」。
この構想のもと、5年後には「ハヤト」がナイジェリア全土に広まっている状態を目指すそうです。 イメージとしては、日本の「たこ焼き」のような、誰もが知っていて愛されるものだといいます。さらに長期的には、うどんや天ぷら、寿司のように、一過性の流行ではない100年続く深い「料理文化」へと昇華させたいと考えているようです。
森田さんはそれを「アフロフュージョン」と名付け、ナイジェリアのこれまでの歴史に新しい発想や技術が掛け合わされ、普遍と変革が交差する新たな料理文化にしたいといいます。
そのアフロフュージョンを得意とする料理人が職業として確立され、屋台やレストランなどで働くことで経済的自立が実現すれば、今見ている景色とは全く違う未来がつくれるのでしょう。

現地の惨状を聞く森田さん

現地の惨状を聞く森田さん

身分証明=IDの取得と「世界」を見せる教育

ビジネスと並行して、最も重要だと考えているのが彼らの「ID(身分証明書)」を取得することだといいます。 マココの住人の多くは海の上だけで生活し、山や東京タワー、エスカレーターさえも見たことがありません。
「IDを取得して『存在しないもの』とされている彼らを、社会的に認められる状況を作ること。そしていつか日本へ招待し、色々なものを見せてあげたいと思っています。外の世界を知り、同じ人間でありながら、これほどの格差があるという現実に目覚めたとき、彼らの中に『自分たちの場所を変えよう』という本気のエネルギーが生まれると信じています」。
今回の爆撃被害は、彼らにとって生きていくことすら危ぶまれる我々には想像し難い大変な出来事でした。森田さんは「これこそ『今やらなければならない』と確信させる大きな転機になった」と語り「この活動を発信していくことで、少しでも多くの関心を集めて現地へ向かう大きな追い風にしたい」と続けました。揺るぎない覚悟とともに力強い言葉でこのインタビューを締めくくりました。

現地で森田さんを慕う子どもたちと

現地で森田さんを慕う子どもたちと