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連載:料理文献研究家が解説する、食と歴史の美味しい関係

ミネストローネの起源は“トマトなし”?料理文献研究家が解説する、トマトが起こした「第二のルネサンス」

古代メソポタミアから中世ヨーロッパの世界まで、さまざまな時代や地域で食べられていた当時の食事を料理文献から再現し、その時代の音楽と一緒に楽しむイベント「音食紀行」。

前編(「古代メソポタミア料理」を楔形文字から再現!?〜)では、音食紀行の主宰者である“料理文献研究家”の遠藤雅司さんに、活動に至るようになったきっかけを聞いた。

後編となる今回は、遠藤さんに実際に歴史上に存在したレシピを再現してもらう。作っていただくのは、ルネサンス期に活躍した天才芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチが食べていたという「ミネストローネ」だ

ミネストローネといえば現代に生きる私たちにも馴染みの深いスープだが、およそ500年前のヨーロッパでは一体どんなミネストローネが食べられていたのか。当時のレシピをもとに中世イタリアの食の歴史に迫る。

▲料理文献研究家の遠藤雅司さん

▲料理文献研究家の遠藤雅司さん

ミネストローネの起源は「トマトなし」だった

——今回作っていただくのは、1500年代にダヴィンチが食べていたという、ミネストローネですね。どのようにして、レシピを再現するのでしょうか?

まずベースとした資料は、書籍『ルネサンス 料理の饗宴 〜ダ・ヴィンチの厨房から』。デイヴ・デ・ウィットという米国在住のスパイスを専門とした料理研究家の著書です。

ダ・ヴィンチの手書きの原稿をもとに書かれた本で、当時のレシピをそのまま掲載したメニューと、現代風にアレンジしたメニューが併記されています。

——今回は、当時のレシピを再現していただくわけですね。

はい。ところで、ミネストローネといえば何色のスープを思い浮かべますか?

——ミネストローネといえば、トマトの赤色ですよね。

ふふ、そう思うでしょ(笑)。ダ・ヴィンチが生きていた1500年代のミネストローネには、トマトが一切使われていなかったんです!

——ええ!トマトがなかったらミネストローネではないのでは?

いえいえ、「ミネストローネ」はイタリア語で「具だくさんの野菜スープ」という意味になり、トマトのスープを指すわけではないんですよ。この「トマト」の歴史が今回のポイントです。

ミネストローネを実際に作りながら、中世の歴史を紐解いていきましょう。

トマトは有毒植物だと勘違いされていた

まず、こちらが今回使用する、ダ・ヴィンチが食べていたミネストローネ、ダヴィンチスープの材料です。

比較がしやすいように1500年代と1700年代のミネストローネを作ります。

1700年代の材料はこちら。

——あれ…ほとんど同じじゃないですか…?

唯一の違いは、トマトがあるか無いかだけなんです。

——つまり、1500年代のヨーロッパにはトマトが使われておらず、1700年代にはトマトを使っていたというわけですね。

はい。厳密に言えば、1490年頃にコロンブスがトマトをヨーロッパに持ち込んだと言われています。ただ、当時は有毒植物だと思われていて、観葉植物として扱われ誰も食べなかったみたいなんです。おそらく、緑色のままで食べられないような見た目だったんじゃないでしょうか。

では、この材料を調理していきます。と言っても、ダヴィンチスープは材料を煮込むだけなんですけどね。

写真左の大きなお鍋で、ダヴィンチスープを煮込んでいます。この時代は、料理の技術もそこまで洗練されていないので、本当にただ野菜を煮込むだけという調理をしていたはず。それをあえて再現しています。

右のヘラが置いてあるお鍋で、1700年ごろのミネストローネを調理しています。この頃には、煮込む前に炒めてコクを出す、という調理も行われるようになりました。材料のほかに調理方法も徐々に変化していったんです。

ナポリの乞食が料理の世界を変えた!?

ミネストローネにトマトが使われるきっかけについてですが、1692年の書物に、トマトペーストのレシピが載っていたことが確認されています。

ミネストローネはそこからどんどん広まっていって、現代ではもはや世界的な食べ物となっています。

——有毒植物と思われていたのに、なぜ急に食べるようになったんでしょうか?

1600年代後半、ヨーロッパは経済危機に貧していました。一説では、餓死寸前だったナポリの乞食が「餓死するか、トマトを食べて毒死するか…」迷ったあげく死を覚悟でトマトを食べたら、意外にもそれがおいしかったと。それを見た他の人たちも食べはじめて、イタリア全土に広がっていったと言われています。

——生きるか、死ぬかの瀬戸際でトマトを食べた…リアルに「その時歴史が動いた」ですね。

本当にそうですよね。そこから、イタリアの土着料理とトマトがマッチして、現在のイタリア料理に発展していきました。

ちなみに、当初はジャガイモも同じような扱いをされていたんですよ。ジャガイモはずっと「豚のエサ」と言われていたんですが、1700年代の飢饉を契機に食べられるようになりました。

1700年代にトマトやジャガイモが料理の食材として使われるようになり、料理の世界には数多くのメニューが誕生しました。このことを料理の世界では「二度目のルネサンス」と言います。

——二度目のルネサンス?

中世の何の作法もないところに初めて食事の作法が生まれた、これが一度目のルネサンス。そして、トマト・ジャガイモが食べられるようになっていろんなメニューが生まれて料理の世界が発展していった、これが二度目のルネサンスです。

ダヴィンチスープを実食!

さて、ふたつのスープが完成しました。まずは、ダヴィンチスープです。

実は、このスープにはコショウを入れていません。時代で言えば、コロンブスが新大陸から持ち帰っているんですが、まだ富の象徴として非常に高価な食材でした。トスカーナ地方の田舎に住んでいるダ・ヴィンチが食べていたとは思えません。コショウの替わりに、クミンを使って味を整えてあります。

——時代考証が緻密ですね…。野菜を煮込んだ旨みがあっておいしいんですが、若干味がぼやっとしているような気もします。

そうですね。炒めてコクを出すことも一切していないので、どうしても味がぼんやりしてしまうんですよ。ただ、ダ・ヴィンチたちが食べていたのはこんな感じのスープだったはずです。

では、次にトマトを入れたミネストローネを食べてみてください。

——おお…おいしい!これはさっきと全然違いますね! 

チーズを少しだけかけましたが、ダヴィンチスープとの違いはほとんどトマトだけです。そう考えると、トマトという食材の偉大さが理解できますよね。

——トマトが料理に与えた影響の大きさがわかります。料理の工程を説明していただいただけで、大航海時代からルネサンス期まで、ヨーロッパの歴史に興味が沸きました。

「音食紀行」はアカデミックとエンタメの両立を目指しているので、そう言っていただけるとうれしいです。イベントでは、こういった料理関連の雑学を毎回用意していますし、歴史家の講義を同時に行うこともあります。料理を通じて歴史を学ぶこともできるので、ぜひ足を運んでみてください。

(調理場所の提供/銀座「コラボ」:ランチに提供されるミネストローネは、遠藤さんも太鼓判を押す一品。素材を大切にした人気の創作ダイニングキッチンです。)

音食紀行とは
 

⾳⾷紀⾏は、世界各国の歴史料理を再現するプロジェクトです。「⾳」「⾷」「紀⾏」とあるように、⾳楽と料理を通じて、時代旅⾏・世界旅⾏をするイベントになります。単独での料理会となる場合と演奏家を招聘してコンサート付の料理会となる場合があるなど、異業種のプロフェッショナルとコラボレーションすることにも⼒を⼊れています。
・公式サイトはこちら

ライター紹介

森祐介
森祐介
1987年生まれのフリー編集・ライター。守備範囲は政治からアイドルまで。大学卒業後、インドネシアの在留邦人向け日刊紙で3年間勤務。帰国後、国会議員秘書などを経て、「LoGiRL」「週刊朝日」「週刊SPA!」「R25」「電ファミニコゲーマー」「食べる政治」などで編集や執筆を担当。
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