茶色いモンブランが日本に上陸したのは?
前回、『オムライスの秘密 メロンパンの謎〜人気メニュー誕生ものがたり〜』(新潮文庫)の著者・澁川祐子氏と共に、日本発祥の黄色いモンブランの歴史を紐解き、食してみた。「黄色いモンブランのイメージが強いのは昭和世代かも」と澁川氏が語る理由を知るには、いまや定番になったともいえる茶色いモンブランの歴史にも注目する必要がありそうだ。
モンブランで有名なパリのティーサロンといえば、創業1903年の「アンジェリーナ」である。サロンのメニューにいつモンブランが登場したか定かではないため”初めて”かどうか断言することは難しい。でも、この店の存在がフランスでモンブランの普及に貢献したことは、想像にかたくない。
「アンジェリーナ」のモンブランはこれだ。
「これは日本用にサイズを縮小させたものです。本場パリのものはこのゆうに2倍はあるサイズなんですよ。比べてみると、すごく大きいのがわかりますよね」
「黄色いモンブランがスタンダードだった日本で、本場の茶色いモンブランが注目されたのは1984(昭和59)年。平成になる少し前ですね。その年に『アンジェリーナ』日本第1号店がプランタン銀座でオープンします。メディアにこぞってもてはやされ、ここから茶色いモンブランは市民権を得ていくのです」
そして、平成に入って茶色いモンブランは、各店に真似され、モンブランの定番の座についく。
「メレンゲの土台の上に泡立てた生クリームを絞り、その上に細いひも状の茶色いマロンクリームを絞ってあるのです。マロンクリームはとにかく濃厚な栗の味わい。生クリームも脂肪分の高い、ミルク感たっぷりというか、バター並みの濃さというか」
「元はコース料理のあとの冷たいデザートなので、このモンブランはクリームを味わうメニューだったんですよね。それが、とっても本場フランスらしいなと。日本発祥の黄色いモンブランは、スポンジの存在感がある点からも、やっぱり3時のおやつ。これまた、とっても日本らしいなあと思います」
- アンジェリーナ 東武池袋店
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東京都 豊島区 西池袋
スイーツ
でも、本当の最初は「白いモンブラン」!?
「でも…」と澁川氏は語る。
「モンブランとは、フランス語で、直訳すると白い山なんです。フランスとイタリアの国境に位置するアルプス山脈の最高峰ですね。黄色も茶色も、ちょっとおかしいと思いませんか?」
確かに、粉糖がかかっていたりするものもあるため、白の要素が全くない訳ではない。でもちょっと無理があるようにも思う。
「モンブランの発祥でもっとも有力視されているのは、アルプス山脈を望むフランスのサヴォワ地方やイタリアのピエモンテ州などで食べられていた郷土菓子という説なんです。マロンペーストに、泡立てた生クリームを添えたもの。1900年に刊行された料理書の古典には、マロンペーストをドーナツ常に絞り出し、その中心に泡立てた生クリームを絞ったお菓子がモンブランの名で紹介されているのです」
おお、それなら「白い山」かも!
「そんなモンブラン=白い山に近いと私が感じているのが、L'atelier MOTOZO (ラトリエ・モトゾー)のモンブランなんです」
L'atelier MOTOZOのモンブランはこちら。
まさに、モンブラン=白い山。
「惜しまれながら閉店した、人気のイタリアンレストラン『ソル レヴァンテ』の料理長シェフパティシエ藤田統三さんが、オーナーシェフを勤めるパティスリーです。生クリームは口の中に入れるとすっと溶ける。マロンペーストも濃厚だけど、どこか儚げで、郷土菓子だった白い山がこんな風に洗練されていくなんて!と、とても感動しますよ」
「ふだん何気に食べている、定番のメニュー。でもそこには歴史があり、歴史とは変化があり。味の嗜好は個人的なことであると同時に、文化的・社会的なものなんだと、改めて感じます。そして、何よりも美味しいものを求め続ける人々の創意工夫への熱意に感動するんです」
「国や時代を超えて伝えられて来た黄色いモンブラン、茶色いモンブラン、白いモンブラン。
ぜひ一度食べ比べてみてください。きっと食の楽しさを満喫できると思いますよ。」
■「オムライスの秘密 メロンパンの謎〜人気メニュー誕生ものがたり〜」(澁川祐子著・新潮文庫)
食卓の定番、コロッケやナポリタンのルーツは? カレーはなぜ国民食になったのか。からあげは「唐揚げ」か「空揚げ」か。ハヤシライス誕生をめぐる尽きせぬ不思議……。あなたが大好きな料理は、いったいどうして定番になりえたのだろう。文献を紐解きながら真相に迫る、好奇心と食欲を刺激するおいしいコラム集。