誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。
味はもちろんのこと、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組「人生最高レストラン」。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
人は人生の階段を登った時、ラーメン店での注文が変わる。何かいいことがあれば玉子をトッピングしたり、仕事で成果を上げた日にはひとりビールで祝杯を上げたりするようにもなる。
以前「人生最高レストラン」に登場した、カリスマモデルでもある、あの女優だって「節目とか、うれしいとき、悲しいときに必ずラーメンが近くにいる」と言っていた。彼女の場合、芸能界でやっていけるという兆しが見えた頃、恵比寿のラーメン店で「味噌とんこつ」にバターやコーンなどのトッピングを注文するようになったという。
人は「いつもの変わらぬ一杯」を求めてラーメン店ののれんをくぐる。だからラーメン店で注文を変えるのには思い切りがいる。たった100円でも、トッピングのためとなるととたんに躊躇してしまう。味が変わってしまうからだ。しかも、バターは溶けてスープと一体化する――。こうなると万一のときに、取り返しがつかない。
『九十九ラーメン』の「味噌とんこつ」のスープのベースは、豚骨と地鶏を16時間煮込んだもの。そこに十数種のスパイスを合わせた味噌ダレが溶かれている。濃厚な味噌スープは、小麦の香り豊かな麺にトロトロとからみ、シャッキリした茹でもやしの食感が口の中を洗う。一見バターの割り込む余地などないように見える。すでにいいバランスが完成しているからだ。
だが、味噌と乳製品は「出会いのもの」とも言われるほどの好相性だ。そういえば、この店の看板商品も、味噌とんこつラーメンに北海道産ゴーダチーズをたっぷりとすりおろしたもの。味噌とんこつ×乳製品の相性の良さを知る常連にとっては、こってりしたとんこつスープにバターをプラスすることに違和感などなかったのかもしれない。
もっとも今回、十数年ぶりにこの店ののれんをくぐる身としてはそうはいかない。好みのタイプは東京風の醤油ラーメンだし、もともと脂のこってりした味わいはあまり得意ではない――。そう思い込んでいた。
ところが「味噌とんこつ」にバターとコーンをトッピングした一杯に口をつけた瞬間、強力な懐かしさに襲われた。その昔、小田急線の経堂駅前にあったラーメン店で100杯以上は口にした味が鮮明に思い出されたのだ。その店の看板メニューも鶏と豚を合わせた濃厚なコク深いスープの味噌ラーメンで、ゆでもやしとバターという具も、今回の一杯と共通している。
少し違っていたのはその店のスープには、独自に調合した七味が効いていた。そう、「味噌とんこつ×バター」と、辛味はとても相性が良かったのだ。そのことを思い出し、卓上の「秘伝辛味ダレ」を九十九ラーメンの味噌とんこつに投入して、ズズッとひとすすりする。濃厚なスープのコクを辛味が引き締め、奥歯の間から小麦が香る。喉越しはもう否応なしに気持ちいい。懐かしい人と遠慮のないやりとりをするような心地のよさ――。
ふだん入らない店に飛び込み、見慣れぬ品を注文する。それがラーメン店ならたった100円のトッピングが鮮烈な郷愁を連れてくることもある。そのことを知るだけで、また大人への階段をひとつ登ることができた気がする。
本当はもうとっくに大人になっているはずなのだけれど。
- 九十九ラーメン 恵比寿本店
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東京都 渋谷区 広尾
ラーメン
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人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
7月22日(土)のゲストは、中村梅雀さん。(7月15日は放送お休み)
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかが?