提供:TBS『人生最高レストラン』
誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。
味はもちろんのこと、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
思わず「ここ、入っていいんですか?」と尋ねたくなる。しばし行列に並んだ後、店内に案内されるときの心持ちだ。目黒不動尊のすぐ近く『八つ目や にしむら 目黒店』。
客席に案内してもらえるかと思いきや、いきなり鰻屋にとっての"聖域" とも言える厨房の内側に通されるのだから。
しかもいきなり眼前には、鰻屋の花である焼台で店主が鰻を返し続けている。
紀州備長炭で焼かれる鰻の香ばしさと、蒸し器を開けた時の蒸気が立ち込めるなか、奥へと進むと眼前にそそり立つ壁――いや階段が現れる。旧家でたまに見かける、急角度の階段だ。
常連の長嶋一茂さんは、『人生最高レストラン』でこの店を紹介したとき、この階段を「闘争本能が出てくる」階段だと評した。鰻は目の前に現れるだけでどうにも顔がほころんでしまう食べ物だが、その一方で背筋を伸ばしていただくべき、ありがたい食べ物でもある。
心を引き締め、まっすぐ鰻に向かう気持ちを養う。この急勾配の階段は、そのための重要な舞台装置でもある。
階段を昇り、2階の座敷に腰を下ろす。
メニューを見ると、食事はざっくり「鰻重定食」、「白焼」、「肝焼」の3種類に大別される。
ちなみに番組内で一茂さんがすすめていたのは、「肝焼」と鰻重定食の「特上」だった。おすすめとあらばやむを得ない。
肝焼と特上を注文すると意外に待つことなく、まずは肝焼がやってきた。
つやつやと底光りして美しい。串をしごけば、香ばしい表面のすぐ内側から、プルンとした食感と奥行きのある濃厚なうま味がしみ出してくる。じんわり噛みしめると、ほのかな苦味が顔を覗かせるが、それもほんのわずか。
透明感ある苦味は、むしろうまさを爆発させるカギとなる。タレの味も香ばしく、番組MCの徳井義実さん(チュートリアル)による「肝カーン言って、ビールクイーッ! ですね」との煽り文句のなんと見事なことか。
この店の鰻はていねいに扱われている。川魚問屋から活けで仕入れ、その後目黒不動尊の湧水で養生させる。いい環境で休ませることで、魚の疲労を抜き、身に旨味の素となる成分を回復させることができる。
そして肝焼でビールを一本空けた頃、いよいよ真打ちが登場する。
鰻重定食「特上」である。中サイズの串が2本分、重の上に重なり合うように鎮座……というか完全に重なっている。ほとんどダブルであり、事実上はみ出しサイズ感の鰻がてらてらと光っている。
そこに大きく箸を入れ、ごはんごと持ち上げ、一気に口に放り込む。すると脂が乗りながら軽やかに香ばしい身とタレのかかった白飯が口内で爆発する。ほおばるほどに味は一体感を増す。鰻の身からさらりと広がるきれいな脂、香ばしい焼きの芳香、年間数十万本の鰻から与えられたコクと味わいが食べ進むほどに鮮明になり、ほおばるほどにうまさは膨らんでいく。
忘れてはならないのは、80年以上に渡り、醤油と味醂を継ぎ足し続けたタレ。引き締まった味わいで量が進んでしまう。
甘さに頼るのではなく、焼かれた鰻の枚数分の深みとコクで、食がもりもり進んでしまう。
夏だからといって、夏バテになっている場合ではない。
主人は「うちのタレは、お客さまに育てていただいた味」と謙虚だが、「年数よりも枚数」との自負も隠さない。
鰻はどんな串を口にするかによって、得られる感動に天と地ほどの差がある。いや正確に言えば天ほどの感動と、地の底が見えないような絶望がある。
しかも鰻とは罪深い食べ物の筆頭格だ。
想像するだけで理性と欲望が勝手に闘い始め、口にすれば背徳的な味わいに悶絶する。ありがたくもなんとも悩ましい。
ちなみに先の「特上」は中串2枚が基本だが、片方を白焼にもできる。この店で最高のぜいたくである「肝焼」や「特上」を頼んだところで、鰻を巡る悩みが尽きることはないのだ。
- 八ツ目や にしむら 目黒店
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東京都 目黒区 下目黒
うなぎ
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人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
7月22日(土)のゲストは、中村梅雀さん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?