特別な料理ではないけれど、慣れ親しんだ味わいにホっとする。そんな心と体にしみじみ染み渡る家庭料理。
キラキラ・インスタジェニックなスイーツや、高級食材のグルメとはある意味対極にあるおふくろの味。そんな味を誰もに提供している、”おふくろ”がいるお店を訪ねる連載がスタートします。
第一回目は、東京の原宿にある「秋芳」。今年で85歳の末吉光子さんが店主として、おひとりで切り盛りされているお店です。創業から55年を迎えた今年の12月に、閉店してしまうのだそう。さっそく、お店へ伺って、おふくろの味を体験してみなければなりません。
絶品!これぞおふくろの味「肉じゃが定食」
店内はL字のカウンターと、お座敷があります。とても家庭的な雰囲気のインテリアに、ホっと一息。厨房に末吉さんがいらっしゃいました。
「あら、取材って今日だったかしら。NHKさんからも取材が来るって連絡があって、そのことばかり考えちゃってたの」と、優しい笑顔。早くも癒やされます。
この日はランチの時間帯だったので、肉じゃが定食を注文。メニューにも「オフクロの味」と書かれてあり、期待がますます高まります!
火にかけられている鍋にカメラを向けると、「肉じゃがはね、弱火でずっと煮込んでおくのよ」と教えてくれます。
「こんなところを撮られると、恥ずかしいわね」と照れながら、器によそい始めました。
じゃがいもが丸ごと2個も入っていて、すごいボリューム!「すぐになくなっちゃうから、あとでまた煮込まないと」。いよいよ定食の準備ができたようです。
ジャーン!これです、これこれ!!実に家庭的でおいしそうですね。もう、味見しちゃいましょう。
とろ〜りと溶けてしまいそうなじゃがいもには、しっかりと出汁が染み込んでいて、これぞおふくろの味。大きめの肉も柔らかく、ご飯がどんどん進みます!
赤出汁のような味わいの味噌汁も、ほどよい味加減で、胃袋にじんわりと染み渡ります。「これは合わせ味噌なのよ」と、教えてくれると……。
さっそくじゃがいもの下準備を始めました。「お料理はもともと大好きだったの。結婚して子供がふたりいるんですけど、下の子がお腹にいるときに、夫が亡くなってしまってね。どうしようかって考えたときに、飲食店をすることにしたんです」。
お店を始められたときの貴重なお話を聞きながら、失礼かなと思いつつも、肉じゃがやご飯に手が伸び続けてしまいます。「あら、いいのよ、どんどん食べてね。私、戦争を経験しているから、ご飯をたくさん食べてもらいたくって」と、お代わりのご飯をよそってくれます。
ご飯も、実においしい!口の中でふんわりとほどけて、優しい甘みが広がります。炊き方や盛りつけ方に、ヒミツがあるのかもしれません。荒ぶる食欲は止まらず、肉じゃがを制覇してしまいました。ご飯はまだ残っているのですが……。
嬉しい!アジの刺身をサービス
「そうそう、いいアジがあるから、刺し身にしましょうね。まだ食べるでしょ?」と、手早くアジをおろし始めて、小骨もていねいにとると、アッという間に刺し身のできあがり。
とっても新鮮でキリッと締まった身が、これまたご飯に合うわけです。「大根のツマがなかったから、きゅうりにしたの。涼しげだから夏にピッタリでしょ」と、細やかな配慮も美しいですね。もうすでに、家で食事をしているような気分に包まれています。
元グラビアモデルの美しい面影は今も健在
お腹も落ち着いてきて、あらためて店内を見渡すと、若い女性の写真に気づきました。「これは私なのよ。若い頃に銀座を歩いているときにスカウトされて、モデルの仕事もしていたの」と、写真を何枚か見せてくれました。
ステキなお洋服とスタイリングが、とってもかっこいい!波打ち際の構図も、実にアーティスティックですよね。この頃の面影は、現在も健在です。華やかで可愛らしい雰囲気に、こちらまで元気になっちゃいます。
閉店してからも楽しい予定がいっぱい!
こんなにステキなお店は、やっぱり閉店してほしくない。「娘にもね、辞めないで続けたらいいのに、って言われているの。でもね、これまでずっと休まずに働き続けてきたし、85歳になったら辞めようって決めていたんですよ」。
末吉さんは釣りが大好きだそうで、お店を閉じてからは、友人たちと船釣りを楽しみたいのだとか。閉店される悲壮感などまったくなく、今後のことを語られるときも、目がキラキラと輝いています。「今度よかったら、夜もお越しくださいね。お酒も大好きですので、いっしょに飲みましょう」とお誘いくださいました。
ウイスキーは薄めたりせずストレートで飲むとおいしいので空けちゃう、ビールなら1ケースは簡単に空けてしまうと、何でもないように話す末吉さん。取材に来るまでは、もしかしたらしんみりとした雰囲気になって、ハンカチが必要かもなんて思いきや、まったくの杞憂でした。楽しくくつろぎながら、逆に元気までいただいて、おいしい時間をあとにしました。
原宿という若者の街で55年間も営み、みんなから愛されてきたお店。「いつも料理のことを考えています。何を作ろうかなって、とっても楽しいのよ」。末吉さんの働く姿を垣間見ることで、仕事の本質のようなものまで教わったように感じました。ぜひ、実際に訪れてみて、おふくろの味と、人生をキラキラと楽しむ末吉さんの笑顔に、触れてみませんか?
秋芳
住所:東京都渋谷区神宮前3-27-23
電話番号:03-3478-7552
営業時間:【ランチ】11:30〜15:00 【全日】18:00〜24:00
定休日:なし
- 秋芳
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東京都 渋谷区 神宮前3
定食