誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。
味はもちろんのこと、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
男にとって、女性はいつも謎に満ちている。男よりも賢く、したたかで、大人なはずなのに、ときどき理解を超えるような振る舞いをすることがある。
その最たるものがこれだ。
名前はずばり「あん食パン」。「アンティーク」というベーカリーで1日に何度も焼き上げられ、そのたびにあっという間に売り切れる人気の食パンだ。『人生最高レストラン』で「スイーツがメイン料理」と言ってはばからない、女優の仲里依紗さんがあまりのうれしさに「朝から半泣き」になりながら食べるという代物である。
店の正式名称は「ハートブレッドアンティーク」。名古屋に本社のあるオールハーツ・カンパニーが展開するベーカリーだ。そう、名古屋! 小倉トーストで知られるあの名古屋に本社があるという。
本社の城所製造統括マネージャーに話を聞くと「そうです。『切って焼くだけで小倉トーストになる』というのが開発コンセプトです」と即答してくれた。世の人はそうまでして小倉トーストが食べたいのだろうか……。
この断面は半分以上があんこに見える。そういえば店頭で手に取ったときにも、想像を遥かに上回る重さに一瞬戸惑った。
「そうそう。ちょろっとではなく、ずっしりとあんこが入ってることが大切なんです。焼きたてにバターを塗るんですよ!」
確かに、女子はこういう「悪そう」なものに対しててらいがない。番組でも"常連客"の足立梨花さんが、このあん食パンのトーストの話に「べっとりのバターとかつけたらめっちゃおいしそう!」と満面の笑顔をみせていた。
どうなるか。こうなるのだ。
この段階で印象が一変した。
トーストの香ばしさに入り混じるあんこの甘い匂い、そこにバターの芳香がからみつく。例えるならいままでキワモノだと思っていた異性が、実は魔性の女で強烈な魅力と色仕掛けで迫ってくる。抗うことなどできるわけがない。
気づけば厚切りにした小麦色と小豆色の大地に広がるバターの湖に引き寄せられ、無意識のうちに大口を開けてザクッという音とともに堤防を決壊させていた。
そして恐ろしいことに、あん食パンの洗礼はまだ終わらない。本社の城所製造統括マネージャーは店頭の人気アイテムを「追う」と言っていた。これだ。
「パンにぬる名古屋小倉あん」……。あん食パンをトーストして、バターを塗るところまでは基本設計。そこにジャムのように小倉あんを追うというのだ。
トーストとあんとバターが口の中で三位一体になった瞬間、瞳孔が散大し、眉間に隠されていた第三の目が開くような衝撃が脳天を貫く。恐ろしいまでの覚醒感。
ああ、これはもう引き返せない。
バターに溺れ、あんこの沼から抜け出せなくてもいい。このパン生地のベッドで眠りにつきたい。この禁断の快楽と圧倒的な多幸感は食べた人にしかわからない。
ちなみに仲里依紗さんは生クリームを"追う"という。女性はいつだって男の理解を軽々と超えてくる。ああ、なんと果てなき、甘いものの世界。
またひとつ、悪いものを覚えてしまった。
▲銀座本店の焼き上がりは12:30、15:30、18:00の1日3回。(※日によって焼き上げ時間が前後することがあるので、詳しくは店舗へ問い合わせを) 電話での取り置きも可能
- ハートブレッド アンティーク 銀座本店
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東京都 中央区 銀座
パン屋
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人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
9月9日(土)のゲストは、竹中直人さん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?