誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。
味はもちろんのこと、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
イマドキの本気デートの店選びは難しい。異性関係で決定的なエラーをやらかしても、一昔前なら遠巻きにひそひそ話をされるくらいが関の山だった。しかしSNS等の浸透で人間関係は可視化された。もはや初デートの成否は、日常のリアルな人間関係に影響する事案だ。
しかし難度が高いからこそ、ハードルを越えたときの成果は大きい。女優の橋本マナミさんが『人生最高レストラン』で明かしたのはそんなエピソードだった。
数年前、彼女が20代前半の頃、年上男性とのデートで訪れたのは「加藤牛肉店 銀座」。この店のカレーで彼女は"落ちた"という。もっとも彼女が"落ちた"のは「高級店のカレーだから」ではなかった。理由は後述する。
もともと「加藤牛肉店」自体、横浜で3代続く精肉店だ。現在、扱いの柱となっているのは山形牛で、店主の加藤敦さんは山形の市場にまで仕入れに足を運ぶことも。選ぶのは指定した生産者の雌牛。牛の形や重量を吟味しながら枝肉を競り落としていく。
牛肉は「黒毛和牛」「A5」だからといっておいしいとは限らない。とりわけメインとなるステーキのような素材の味が前面に出る調理ならばなおさらだ。
香ばしい表面の焼き目から最奥部のレアへ、無段階のグラデーションは見た目に美しいだけでなく、噛むといともたやすく断ち切れる繊維の間からあふれる和牛の香り。濃厚な脂の余韻は、真妻の本わさびがスパーンとリセットしてくれる。
そして逆順になるが、この店で最初に口にするのは「加藤牛肉店」の看板とも言える、山形牛100%手ほぐしコンビーフ。ブルスケッタ風にカリカリに焼いたバゲットに乗せて提供される。
上部の1/2~2/3程度は純粋にコンビーフとして食べ、下部はバゲットごとオープンサンドのようにかぶりつく。
まず口内に放り込んだコンビーフを、グッと噛み締める。すると、ザクッとした肉の繊維の隙間から濃厚なコンソメのような味がしみだしてくる。
生(き)の肉とは、また異なるうまさ。まだコンビーフが保存食だった頃の原始的な味に思いを馳せながら、前菜としてのブルスケッタを味わう。
コースの中には、肉々しさも肉汁もたっぷりの丸々としたハンバーグも含まれる。味も形もこれ以上なく膨らんだ焼き目のついた丸い球体。ハードな見た目とは裏腹のやさしい口当たりに爆発的なうまみ。口からあふれそうなうまみをソースの酸とスパイスが引き締める。
カレーにステーキ、コンビーフ、ハンバーグ……。子どもから大人まで誰もが好むメニューばかり。その上出される肉はすべて、厳選された山形牛というやりすぎ大人仕様。これだけでも、冒頭で触れた「女性が"落ちる"理由」には十分かもしれない。
だが、この店での食事をきっかけに橋本マナミさんと3年半交際したという男性は、あらゆる角度から彼女の気を惹けそうな店を調べ尽くしたのだろう。結果、どんな相手でもよろこぶクオリティの皿を確保し、山形県出身の彼女にだけ特別感が演出できる「加藤牛肉店 銀座」の山形牛、肉づくしコースをセレクトした。
その徹底したリサーチ力とバイタリティ、決断力は「個」の魅力そのもの。同じシチュエーションに立たされたとき、この店にたどり着くことができるか。妥協しない持久力もまた個の強さを測る指標。ちなみに「粘り強さ」も山形の県民性だという。
- 加藤牛肉店 銀座
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東京都 中央区 銀座
ステーキ
人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
10月14日(土)のゲストは、竹内涼真さん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?