誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。
味はもちろんのこと、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
男のひとりめしは雑に済ませようと思えば、いくらでも雑に済ませることができる。コンビニもあるし、立ち食いそばや牛丼だって選び放題だ。「栄養のバランスが悪い」なんて言われるが、そんなことは大した問題じゃない。でも、本当にその一食は望んだ一食なのか。ひとりめし最大の課題は、望んだものがサッと卓上に並べられないところにある。
例えば、ピカピカの刺身にシャキシャキ野菜、いい出汁がひかれたお椀に炊きたてご飯――。こんなものを平日の晩、用意するのは難しい。もし確固たる自信がないなら、こういう店に行くべきだ。
中目黒にある「松まつもと」――。俳優の萩原聖人さんがふらりと訪れるという、カウンター12席の小さな店だ。この店は「本日のおひたし」や「本日のお造り(少しずつ盛り)」などを出す居酒屋使いもできる和食店だ。何品かつまみたければ単品で頼めばいいし、しっかり食べたければコースを選べばいい。
例えば5500円のコースの内容は以下の通り。自家製の生豆腐(岩塩、鮪節で)、野菜の造り(金山寺味噌で)、お椀(季節の魚介)、魚の造里(新鮮5種)、油物(本日の野菜数種)、おきまり(胡麻豆腐)、蒸し物(豚と野菜の蒸し物)、お食事(炊き込みご飯)――。以上8品すべてできたて、ピカピカのごはんにありつける。
最初の生豆腐はこんな風に提供される。
大きなうつわから、さっきできたばかりの豆腐をすくってくれる。まずは何もつけずにそのまま豆の味を口のなかに広げ、二口目には岩塩をぱらり。鮪節を散らせば味はどこまでも膨らんでいく。
野菜の造りは、築地の米金青果と神奈川の今井農園のもの、そのほか常連客から送られてきた産地直送品などが盛り込まれることもある。どれをとっても、みずみずしく張りのある野菜ばかり。料理屋の野菜、かくあるべしという面持ちだ。
続くはお椀である。お椀と言っても家庭のサッとできるような代物ではない。例えば10月中旬に訪れた時には、ちょうど名残の鱧――落ち鱧と松茸の椀が供された。ついオドオドと、思わず値段を確認してしまう。椀の中には京芋の姿もあるし、あしらいのツルムラサキの花がなんとも美しい。
魚の造里(つくり)もただの刺身ではない。ひとつひとつていねいな仕事が施されている。
明石のタコ、北海道の大黒サンマ、汲み上げ湯葉とウニ(ジュレ添え)、神奈川の近海物の戻りガツオ、そして山形は庄内からおばこサワラ。船上で活け〆した上で神経抜きをして、熟成をコントロールしたものだ。
そして最後のごはんは少しお代を上乗せして、『人生最高レストラン』でも出演者が盛り上がっていた釜炊きの卵かけごはんにアップグレード。
「付き合いのある、ちょっとおかしいくらいに米に情熱を注ぐ米屋が籾のまま熟成させて、精米・ブレンドして送ってくる」という。そのコメを土鍋で炊き上げ、「那須御養卵の極卵(きわみたまご)」で卵かけごはんに――。思わず「うまいなあ……」とひねりのない感想が口をついてしまう。
ふだんのひとりめしは誰かを喜ばせる楽しみもないし、ふと漏らした感想で誰かが喜んでくれるわけでもない。だけど、この店では隣に座った誰かがうまそうにめしを食べている。思わずこぼれた「うまいなあ」という感想にも女店主が「でしょう? ありがとうございます」とちょっぴり茶目っ気のある返しを入れてくれる。
中目黒「松まつもと」はひとりめしがひとりめしではなくなる店だった。食べきれなかった釜炊きごはんを握ってくれた、おにぎり片手の帰り道。ああ、なんとも気分がいい。
- 松まつもと
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東京都 目黒区 上目黒
割烹・小料理屋
人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
10月21日(土)のゲストは、ケンドーコバヤシさん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?