誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。
味はもちろんのこと、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
今年の1月にスタートした新番組、『人生最高レストラン』。その第一回のゲストは久本雅美さんだった。初回のテーマは「大阪のソウルフード」。
そのラインナップのなかに「あんなところに串揚げ屋!?」と思った店があった。大阪ストリートカルチャーの発信基地、アメリカ村にある創作串揚げ店、『うえしま』である。
確かに場所は"アメ村"のど真ん中。だが、番組内で久本さんが「あんなところに!」「絶対わからない」と言っていたように、記憶をたどってもその筋で串揚げ屋を見た記憶がない。なぜだろう。
今回現地に赴いて理由がわかった。裏通り沿いにあるこの小さな店は、あまりにひっそりと町の風景に溶け込んでいた。
もっとものれんをくぐり、2階へと続く階段を上がるとその印象は一変。忘れられない店になる。38年前の開店当時そのままの内装は「ショットバーが好き」だという店主の趣向が随所に凝らされ、他にはない串揚げが記憶に焼きつけられるのだ。
スタンダードジャズが流れる店内12席のカウンター上では、独創的な串揚げが次々と展開されていく。
例えば「イカウニ」。
例えば「はまぐり」。
そして「カレーパン」。
まるでアドリブのように自由闊達な串の数々は、その実綿密に計算され尽くされている。カウンターの上に供されるのは、38年間、客と対峙し続けた結果、生き残った串のみ。72歳になる店主の作品集とも言える、乾坤一擲の串ばかりだ。
「いまは全部でだいたい30種類くらい。まあでも、全部行く人はまずおらんわな。結構ええ値段するし。アッハッハ」
そう店主は笑うが、この店の串揚げは、つい最後まで行けそうな気がしてしまう。串揚げなのに衣がどこまでも軽いのだ。
コースはおまかせの一本道。独創的な料理はときに客を置き去りにすることがあるが、この店の串揚げに、そうしたいやらしさはない。
仕事は実にまっとう。4台ある揚げ鍋の油は常に換え続け、基本的な素材もキスやエビなどの新鮮な海鮮を厳選する。途中に組み込まれるオリジナルの串は斬新なのにどこか懐かしい。客自らが使う調味料はソース、醤油、塩レモンの3種だが、串単体で味付けが完結している品もある。
「"しいたけしめじトマトソース"なんかは25年前、イタリア行った時にこしらえた。フレンチの生クリームソースのイメージにも近いけど、揚げもんやから牛乳を寄せたのをソースにした。チーズでもちょっとくどいしな」
「経営はほとんど嫁はん任せ」と揚げに徹する姿勢に洒脱な内装、そして食べ飽きることのない、軽く、やさしい串揚げ――。
この店主が醸し出すものは、いつの間にか大げさなイメージで全国に伝播してしまった大阪のイメージとは一味違う。聞けば店主はこの地、心斎橋のど真ん中生まれ。よく見れば1階ののれん脇には「上島」と表札がかかっている。
持ち前の都会的なセンスで人生を乗りこなしながら、前に出過ぎることなく、Tシャツ姿で場に、町に溶け込む。そんな店主の姿勢が『うえしま』の佇まいには反映されている。
住所を頼りに訪れるなら、きっとこの店は見つけられるだろう。だが、日常の風景のなかで思わず見過ごしてしまいそうな店を、自らの嗅覚で掘り起こす。そんな出会いをしたかったと悔しくなる『うえしま』のような店は、きっと僕たちの日常に潜んでいるはずだ。
- うえしま
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大阪府 大阪市中央区 西心斎橋
串揚げ
人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
11月25日(土)のゲストは、宮沢りえさん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?