誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。
味はもちろんのこと、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
この数年、友人の実家に春には田植え、秋には稲刈りに行っている。もちろん夜は宴会だ(お父さん、お母さんいつもすみません)。その宴席には、ひとつルールがある。一人一品「ごはんに合うおかず」を持ち込まなければならない。
集まるおかずはお取り寄せから、自作のおかずまで多種多様。初めて参加したとき、僕は鰹箱と本枯節、それに乾海苔を持っていった。こればっかりは削りたて、炙りたてが圧倒的にうまい。
だがその席で驚いた。友人のご両親以外、誰も自分で削った鰹節、自分で炙った海苔を食べたことがないという。よく考えたらあの鮮烈なうまさを知らない人にとって、「ちょっとの手間」は大いなる手間になるんだろう――。
そんな人にこそ、今回紹介する京都のあの店に行ってみてほしい。
木屋町にある「れんこんや」――。『人生最高レストラン』で女優の真矢みきさんが紹介していた「おばんざい」で飲める店だ。
実は「おばんざい」の定義は難しい。「おかず」「惣菜」が近いのだろうが、他地域の言葉でピタリとハマる言葉がない。意味合いとしては「京都の簡素な」というようなマクラを入れたくなるが、京都人でもない僕が外野から言うと、途端にニュアンスが違ってしまう。
例えば一番だしはわざわざ引かないし、豪奢な素材も使わない。しかし必要な手はしっかりかける……というところか。
「れんこんや」の女将はまさしくそういう仕事をしている。椀物のために、わざわざだしは引かない。刺身、焼き物、吸い物と变化するわかさかれいの一夜干しの吸い物のだしは、客自身が食べ終えたかれいの骨で引いている。
だが、かつお節を削ったり、海苔を炙ったりという手間は惜しまない。万願寺とうがらしや、にしきぎに使うかつお節は注文が入ってから削る。〆のおにぎり(大きい!)に屋根のように乗せる海苔も、ごはんをにぎった後に炙る。
店内に高級料亭のような一番だしの芳香は漂わないが、削りたてのかつお節や炙りたての海苔の鮮烈なうまさは何者にも代えがたい。
よくよく品書きを見ると豪華な素材はあまりない。それでもやっぱりうまいのだ。味わいは必要にして十分以上。食べるほど、すするほどに腹が鳴る。長っ尻は避けたいが、酒に口をつけるたび、箸を口に運ぶたび、もう一杯、もう一品と注文したくなってしまう。
そして、最後のおにぎりがなんとも"いけず"である。「おにぎり(大きめ)」と添え書きのあるその具は「梅干し・ちりめん山椒・肉みそ」から選べる仕立てになっている。だが、その具にカッコ書きで「(すべて自家製)」などと書かれて、すんなりひとつを選べるわけがない。
悩んだ末にひとつを選ぶ。炙りたての海苔がふんわり乗せられたおにぎりをほおばると、口のなかではらりとほどける。
カウンター脇の"おくどさん"やいまだ現役の黒電話を眺めながら、次回、どの具のおにぎりで締めようか思いを巡らせる。そんなシーンを思い出すだけでも幸せな気分になる。『れんこんや』とはそういう店なのだ。
- れんこんや
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京都府 京都市中京区 木屋町
居酒屋
人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
12月9日(土)のゲストは、尾上松也さん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?