誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。味はもちろん、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
大阪出身者から「東京でたこ焼きやお好み焼きを食べたい」とリクエストされるのは、かなりの難題だ。こういうリクエストをお出しになる人にはたいてい「好みの店」があり、好みに沿いながらその上を行くのはほとんど不可能だからだ。
というわけで、若干乱暴であるが今回は結論から述べたい。
東京に遊びに来た大阪人(もしくは大阪出身者)に「たこ焼きやお好み焼きで飲みたい」と言われて困ったら、「甚六」に連れて行け、という話である。ちなみにこの店、『人生最高レストラン』で和田アキ子さんが「大阪にも勝ってると思う」「東京で一番おいしい」と言ったたこ焼きを出す店だ。
甚六のたこ焼きがどういうものか。こういうものである。
この店をざっくり評すると「味は大阪、仕立ては東京」。最寄り駅は広尾で、恵比寿や白金台からも歩けなくもないが、「最寄り駅なし」と説明する人もいるだろう。モダンな内外装で、近所に住まうセレブリティや芸能人が足繁く通う――。
と、スペックだけ紹介すると、気後れしてしまうかもしれない。だが、誰であろうとこの店のドアを開ければ、気さくなスタッフから気持ちのいいサービスが受けられるはずだ。
さて、一通りハードルを上げ下げしたところで、味についても触れておきたい。
この店のたこ焼きのスタイルは、近年の大阪スタンダードと言えるかもしれない。内側トロリは当然のお約束。宗派がわかれる外側の焼きは比較的強め。具にこんにゃくを使うあたりに、関西らしさを忍ばせている。
もっとも甚六のたこ焼きの最大の特徴は具というより味つけだ。ソースをかけずに、そのまま「素焼き」でもしっかりとした味が楽しめるように設計されている。
店主は「粉のおいしさと、たこの出汁のおいしさ。それ自体がつまみになるような大人の味」を狙ったという。
関東で、素焼きのたこ焼きが食べられる店は少ない。味つけ自体は好みだとしても、ソースやマヨネーズをかけない素焼きという選択肢があるだけで、「たこ焼きで呑む」という楽しみは格段に広がる。
というのも、最初からソーズやマヨネーズをかかっていると、たこ焼きの鮮度が著しく短くなってしまうのだ。たこ焼きをつまみにするなら、ある程度の時間、おいしさを保ってくれなければ困る。
甚六のたこ焼きはソースやマヨネーズも添えられてはいるが、最初からたこ焼きにかけられてはいない。別添えならば、ソースの水分で生地がダレることもなく、たこ焼きの熱でマヨネーズが分離することもない。
好みのタイミングで、好みの量のソースをかけ、好みのドリンクとともにたこ焼きを味わう。定番ならばビールだろう。もしくはこの店なら極上の「たこシャン」(※大阪出身のワインライター、葉山考太郎さんが好む、たこ焼き×スパークリングワインというペアリングの略称)だって楽しめる。
ちなみにビール党の自分としては、この店にはたこ焼きに引けを取らないほど、ビールに合う品があるのがうれしい。この店オリジナルの「甚六ギョーザ焼き」だ。
「餃子」ではない。「ギョーザ焼き」は餃子の餡の部分だけを鉄板上で丸く成形して、両面を焼いたものだ。これが劇的にビールに合う。冷めると硬くなりがちな皮がない。それだけで永遠に楽しめそうな気がしてくるが、気づけば目の前の小さな鉄板は空になってしまっている。これは発明!餃子にとって唯一最大の弱点が克服された、最高のつまみである。
それにしても、だ。
標高の高いお好み焼きをじっくり焼いてくれる店はなぜ信頼できるのか。この店のカウンターは、思わずそんな話もしたくなる鉄板前である。
- 甚六
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東京都 港区 白金
お好み焼き
人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
次回1月13日(土)のゲストは、瀬戸朝香さん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?