誰しも、人生で一番美味しかった料理がある。味はもちろん、共にいた仲間。感じた想い。交わした言葉。目にした風景…。様々なことが重なり合って、美味しい想い出を創り上げている。
そんな、忘れられない最高の料理を語る番組『人生最高レストラン』。これは当番組で紹介された一品を、ライター松浦達也が実際に食し、その想い出を追いかけた記録である。
ライター紹介
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松浦達也
- ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
これだけの情報化社会にもかかわらず、しかもチェーン店でありながら、いまだにその正体がおぼろげな店――。
それぞれの店舗でメニューが異なり、味も違う。「タンタンメン」を名乗りながら、店によっては看板に「焼肉」「中華」を謳い、テーブルや座卓にガスロースターが組み込まれている。
そう。川崎市民(を中心に)おなじみ、「元祖ニュータンタンメン本舗」である。「人生最高レストラン」で谷原章介さんが「玉子、にんにくダブルで」を注文する店である。
番組で紹介されたのは、東急東横線日吉駅からほど近くにある、日吉仲ノ谷店。全卓にガスロースターが設置された「焼肉」のある店舗だ。
番組では谷原さんは「(店の)お父さんがもともと中華の職人さんだった」と話していた。なぜこの店に「焼肉」があるのか。その詳細を店の二代目に聞いた。
「もともと、うちの親父が田舎から出てきて、住み込みで働いたのが木月四丁目の『北京』という中華料理店だったんです」
川崎市の木月四丁目交差点の「北京」と言えば、知る人ぞ知る焼肉の老舗。しかもその交差点自体、一時期焼肉店が集中し「焼肉交差点」と呼ばれたほどの名所だった。
その一角にあった「北京」は「焼肉北京」だったはずだ(数年前の火災で、現在は元住吉のブレーメン商店街へと移転)。
そもそもは中華そば店だったという木月四丁目の「北京」が創業したのは1958(昭和33)年頃。そこで働いていたのが、「ニュータンタンメン本舗 仲の谷店」の創業者だったというわけ。
実は日吉仲ノ谷店も1970年頃の創業時には「北京」という名前の中華料理店だった。当時は卓上にガスロースターはなかった。
それが20年後の店舗リニューアルに際して「ニュータンタンメン本舗」に加盟。ここで木月四丁目「北京」で覚えた焼肉を活かしたいと考え、全卓にガスロースターを導入した。修行した「北京」も中華プラス焼肉業態。言うなれば原点回帰。そもそも中華だけでなく、焼肉も腕に覚えあり、だったのだ。
現在の日吉仲ノ谷店の客は実にバラエティに富んでいる。一人暮らしとおぼしき学生が、「タンタンメン玉子にんにくW」をすすっているかと思えば、隣の卓では家族連れが焼肉を楽しんでいる。
しかもこの焼肉、「タンタンメン」の片手間にちょこっと作ったというような類のものではまったくない。たいへん失礼ながらカルビは、想像を遥かに上回る肉質であり、ホルモンに至ってはあまりにくっきりと美しく肉のひだにうっとりとしてしまった。
もちろん多くの客にとってこの店の真価は「タンタンメン」にある。
透き通るような清湯スープに踊る、とろりとした卵とじ。その中にはあらみじんに切られた大量のにんにくとひき肉が強力なコクを加え、表面に散らし詰められたあらびき唐辛子の辛さが後を引く。
そんな赤のなかから多加水の中太麺が姿を現すとき、辛さとうまさが一体となって喉を通っていく快感が甦る。大量の油や太さ・強さを強調する麺ではなくとも、この味は一度覚えると離れがたくなる中毒性を擁している。
「元祖ニュータンタンメン本舗」――。チェーン業態なのに同じ品でもメニュー名が違ったり、提供される皿が違うのに同じメニューという不思議なチェーンだ。だが何より不思議なのは店ごとの味があるにもかかわらず、(食べた限り)どの店もうまく、そしていずれにも間違いなく「ニュータンタンメン」の味わいがある。
すべての「ニュータンタンメン」には、その店にしかないうまさがある。日吉仲ノ谷店は、中華、焼肉ともに店の本領。通わなければ、その深淵はまだまだ見えない。
- 元祖ニュータンタンメン本舗 仲の谷店
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神奈川県 横浜市港北区 日吉
人生最高レストラン
TBSテレビ・土曜よる11:30〜 MC:徳井義実(チュートリアル)、笹川友里
ゲストの「人生で最高に美味しかったものの”お話”」が聞ける、新感覚・グルメバラエティ。「人生最高に美味しかったもの」を通して、その人の人となり、価値観、人生が浮かび上がる、まさに人と食は切っても切れない関係だということを教えてくれます。
次回2月3日(土)のゲストは宮里藍さん。
心休まる週末の夜に、美味しい話、奥深い語らいで豊かなひとときを過ごしてみてはいかがですか?