世の中には、とにかく食べることが大好きな人たちがいる。
いろんなお店に足を運んで、「もっとうまい飯はないか」と探していくうちに、いつの間にか人智を超えた知識と情報量を身に着けてしまい、いつしか「歩くミシュラン」なんて適当なあだ名を友人から付けられてしまう人たちもいる。
この連載は、そういった「食オタク」の皆さんがオススメする“とっておきのお店”に連れて行ってもらい、一緒においしいご飯を食べながら思う存分「食」について語ってもらうという、大変飯テロな企画です。
さあ、今日も開けてはいけない扉が、勝手に開いていきます。
【今日の食オタク】
2005年からハンバーガー専門のサイトを運営。年間100~200種類のハンバーガーを食べ続け、2007年に日本初のハンバーガーガイドブックを出版。ブログや雑誌、テレビなどでハンバーガーの魅力を発信し続ける。2010年から東日本ハンバーガー協会会長。
一年で200種類のハンバーガーを食べた男
――井上さんは「東日本ハンバーガー協会」の会長も務められているとのことですが、どうしてハンバーガーを極めようと思ったんですか?
そんなに狙いはないんですよ。ハンバーガーがとくに好きではあるけれど、ほかのお店もたくさん行きますし。美味しいご飯なら、何でも好きです。
――おお、そうなんですね?
ええ。僕は十数年前からブログで「自分が何を食べているのか」を管理をするようになったんですけど、「何かひとつの食べ物に特化したら、どうなるだろう?」と思って、最初はラーメンにチャレンジしたんです。
――あれ、ハンバーガーじゃないんですね。
そうそう。でも、ラーメン店は店舗が多すぎることに気付いて、一年で挫折して(笑)。
で、ある日、本郷三丁目にある「FIRE HOUSE」というハンバーガーショップにたまたま入ったんです。別に深い目的はなかったんですが、そこで食べたハンバーガーが美味しくて、「こういうものがあるのか!」と。
――めぐり合わせだったんですねえ。
「これは美味しい! 2005年のテーマはハンバーガーにしよう!」と決めたのがその年の3月くらいだったと思うんですけど、まあハマりまして。年間約200種類のハンバーガーを食べました。
――200!!?
まあ奥が深いんですよ、ハンバーガー。しかも、当時はハンバーガーについて発信している人があまりにも少なかった。「こんなに美味しいものがあって、もっと皆に食べてほしいのに!」と思ったので、ここは自分がそういう立場になって発信をしていかないと勿体ないなと思いました。
――それで「ハンバーガーガイドブック」まで出せたんですね。
そうですね。
ハンバーガーの魅力は、“安定しないこと”にある
――ハンバーガーって“バンズの間に何を挟むか”しか変化が出せないと思うんですけど、「奥の深さ」ってどういったところで感じるんですか?
たとえば、常に未完成感があるところですかね?
――未完成感?
分かりづらいとは思うんですけど、ハンバーガーって、明らかに不安定じゃないですか。店員さんが運んでくるときも、お皿の上でフラフラ、フラフラしていますよね。
――たしかに。
でも、たとえばこの店「BROZERS’」は、都内でも屈指の「バランスのいい積み方」をします。
――そんな安定感が……?
この店だけでなく、「BROZERS'」 出身の方々は、ハンバーガーをめちゃくちゃきれいに積むんですよ。彼らは皆レタスをきれいに4つ折りし、その上に具材(トマト、オニオン、パティなど)を順に置くのですが、これが本当に安定する。もはや伝統芸です。
――視点がマニアックすぎません?
ただ、ハンバーガーは不安定だからこそ、進化し続けられるとも思っています。
――どういうことですか?
例えば、ハンバーガーは基本的に牛肉のパテ、トマト、レタス、オニオンの組み合わせだと思っているんですけど、不安定ゆえ、「何を挟んでもいい」といった空気が日本にはあります。突然フライを挟んでみたり、ご当地ならではの食材を挟んでみたりして、ハンバーガーを進化させようとする気概を感じるんですよね。
――なるほど、そこに未完成の奥深さがあるんですね。
ハンバーガーマニアはバンズの知識まで半端じゃない
――ご自身にとっての「理想のハンバーガー」は、もうありますか?
いや、あまりないですね。ハンバーガーにも流行り廃りみたいなものはあると思っているので。例えば、東京のハンバーガーはここ3年くらい、チョップ系のパティが主流なんですよね。
――チョップ系?
叩いてぶつ切りにした肉に、つなぎを足して焼く方法です。ミンチと違って食感がゴロゴロするのですが、昨今の流行りは完全にこっち。この間トランプ大統領が食べて話題になった港区の「MUNCH'S BURGER STAND」とかも、ガンガン叩いたチョップ系のパティを出していますよね。
――おお、そうなんですね。
ちなみに、そのチョップ肉を考案したのは同店オーナーの柳澤さんなんですけど、実は柳澤さんはいろんなハンバーガー屋さんのオーナーに「どうやったらうまい肉作れますかね?」って一生懸命聞いて、アドバイスを受けて作ったらしいんですよ。そういうオーナー同士のコミュニケーション、おもしろくないですか?
――すごい。実はルーツがあるんですね!
ちなみにパティだけじゃなくて、バンズ(ハンバーガー用のパン)も深くておもしろいです。
――バンズもいろいろあるんですか?
例えば東京だと、新宿に「峰屋」というパン屋さんがあって、そこが多くのハンバーガーショップにバンズを卸しています。ただ、峰屋さんはかなりこだわりがあるお店で、ハンバーガーショップごとに異なるバンズを卸すと聞いています。
――めちゃくちゃ大変そう。
あと、これは本当か嘘か分からないですけど、ハンバーガーショップ同士の地域が近かったら注文を受けないとか、そういったこだわりエピソードも聞いたことがあります。
――バンズ界、めっちゃ奥が深い。
都内で他に有名なところというと、「サンワローラン」さんや「新橋ベーカリー」さんなどがあります。ちなみに、BROZERS’は「三好屋」さんのバンズを使われています。
――すごい。お客さんとして食べているだけで、どうしてそこまで把握できるんですか?
んー……、食べれば分かるから。
――そんなことってあります……?
サンワローランさんのバンズは特徴的なものも多いので、食べたら「これはサンワローランのLLサイズね」ってなります。
――怖い。
本当はハンバーガーショップがバンズを作るのが理想的なんでしょうけど、自分のところで作ろうとすると厨房も大掛かりになってしまいますし、大変なんですよ。バンズを自店舗で作っているお店は、10店舗に1店舗もないと思います。
――じゃあ「自家製バンズ」を売りにしているお店があったら、レアなんですね。
そうですね。
そんな中で、潮見にある「Skippers'」というお店は、自分たちで作っています。なぜなら、その店はスライダー専門店だから。
――スライダー専門店?
ミニバーガーのことです。ちっちゃいハンバーガーのことをスライダーって言うんですけど、スライダーバンズって仕入れるのが大変なんですよ。だから自分のところで全部作られているんです。
――なるほど~!
ちなみにスライダー、既に結婚式の二次会などでケータリングされることも増えてきていますが、これからもう少し流行っていくといいな、と思っています。女性でも2~3種類食べられるのって、楽しいですからね。
それでもハンバーガーショップをやるのはムズカシイ
――そこまで詳しくなると、「自分でお店出しちゃおう!」とかは思わないんですか?
あまり思わないですね。僕自身があまり料理を得意としていないですし、手際よく回せる気がしないから。あと、ハンバーガーって、日々の営業が本当に難しい食べ物だと思うんです。だからこそ、僕はハンバーガーショップを経営する全ての人を尊敬しているんですけど。
――日々の営業が本当に難しいと思うのは、どうしてですか?
原価変動率が高いんです。例えば、パンは小麦粉が高くなるとしんどいです。バター、チーズ、マヨネーズは乳製品が上がるとめちゃくちゃしんどいです。野菜も、今めっちゃ高いですよね。
――本当だ、環境で価格が変化しすぎるのか。
そう。しかも、フレンチレストランだったら「今日は野菜が高いから、レタス少なめで魚介メインで行こう」とか多少のアレンジができるけれど、ハンバーガーって「レタス少なめ」とか、できないじゃないですか。
――本当だ! 素材を活かすぶん、ごまかしが効かないんですね。
そうなんです。バターが高くなっても困るし、原価を一定の金額で抑えることができないから、商売としてやるには結構大変なジャンルだと思います。
――なんか、お店で食べるハンバーガーがものすごく貴重なものに思えてきますね。
でしょう? だからみんな、もっとハンバーガーを食べたほうがいいんですよ(笑)
おわりに
こうしてハンバーガーオタク・井上さんの取材は終わりました。
「例えば皆さんが『お寿司』と聞いたとき、回転寿司と高級寿司を想定すると思います。『ラーメン』と聞いたときには、カップラーメンと普通のラーメンを想定するかもしれないですし。それと同じくらい、『ハンバーガー』と言われて、ファーストフードとそうではないものが浮かぶくらいにはなってほしいなと思いながら、発信しています」
淡々と話す井上さんでしたが、その想いは熱く強い。
世の中は、僕の知らない世界で溢れている。
次回も食のディープな世界の片鱗を探しにいきます。
- ブラザーズ 人形町本店
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東京都 中央区 日本橋人形町
ハンバーガー