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連載:松浦達也の大阪グルメ探訪

にぎりであってにぎりでない「つかみずし」。その正体を大阪中央卸売市場で探ってきた

「市場の鮨屋」。そう聞くだけで、いやが上にも期待は高まる。魚を扱うプロの職場にある市場内の鮨店だ。まずかろうはずがない。万が一があれば、気性の荒い場内のプロから詰められたりもするかもしれない。「うちの魚に何してくれとんねん!」と。

そう、ここは大阪中央卸売市場。昭和6年に開場した大阪の台所だ。その場内に、現在の市場よりも遥かに歴史ある鮨店がある。明治40年、当時の魚市場である「雑喉場(ざこば)」で創業し、現在は中央卸売市場にのれんを提げる「ゑんどう」である。

ちなみに「雑喉場」とは15世紀末に起源を持つ、大阪の魚市場のこと。江戸時代には堂島の米市、天満の野菜市と並び、「上方三市」と呼ばれた由緒正しい庶民のための市場だった。

「にぎりずし」ではない「つかみずし」

今年創業111年目となる「ゑんどう」の鮨は面白い。ここの鮨はにぎりであってにぎりではない。呼称は「つかみずし」。通常のにぎりは「本手返し」や「小手返し」といって、あらかじめ成形した酢飯にネタを合わせて、回したり返したりしながら形にしていく。しかし「ゑんどう」の「つかみずし」は通常の手順で握っていくわけではない。酢飯をつかみ、少ない手数でネタと一体化させる。

「うちでは創業当時から手で持てないくらい熱々の酢飯を使っているんです。にぎれないからパッとつかんで形を決める独自の技法が生まれたようです。大切なのは、つかんだときの力加減ですね」(四代目・遠藤暁さん)

4代目の遠藤暁さん。取材後すぐ、タイ・バンコク支店の視察へと旅立っていった

4代目の遠藤暁さん。取材後すぐ、タイ・バンコク支店の視察へと旅立っていった

よくよく見ると酢飯の形は左右対称ではない。それでも箸で崩れず、口に入れてはらりとほどける。にぎりやすい人肌まで冷めるのを、忙しい河岸の男は待ってくれない。そうした環境が熱々の酢飯を使う「つかみずし」を生んだのだ。

大阪流でも江戸前でもない1皿5カン

提供のスタイルも独特だ。もともと大阪では鮨を3カンづけで鮨を出す店が多かった。最近では東京風の2カンや1カンでも出す店が増えてきたが、「ゑんどう」はそのいずれとも異なる。客の9割以上が注文する「上まぜ」は5カン1皿がひとつの単位となる。ちなみに一皿は1000円(税別)。

1皿目からウニや穴子なども盛り込まれる。出し惜しみなし。ちなみに最初の注文時に「赤だしお持ちしますか?」と聞かれる。味噌の味わいも深い具だくさんの椀

1皿目からウニや穴子なども盛り込まれる。出し惜しみなし。ちなみに最初の注文時に「赤だしお持ちしますか?」と聞かれる。味噌の味わいも深い具だくさんの椀

すべての皿に看板のインドマグロのトロが盛り込まれる。2皿目は炙り

すべての皿に看板のインドマグロのトロが盛り込まれる。2皿目は炙り

1皿目を食べ終えると「2皿目お持ちしますか?」と声がかかる。1皿目、2皿目……とそれぞれ異なる5種類の鮨が盛られた皿が順番に提供される。

5皿で1周。6皿目で1皿目の構成に戻る。「一番多いのは2~3皿」(4代目)で、途中でお好みに切り替えてもいいが、できればまずは一度山の頂上(5皿目)まで上っていただきたい。その日用意されたネタに一通りありつける。盛り込まれるネタは、全体で20~22種類。

3皿目のトロは、トロ鉄火。このあたりで〆る客も多い。玉子も盛りこまれている

3皿目のトロは、トロ鉄火。このあたりで〆る客も多い。玉子も盛りこまれている

組み立ての内容は仕入れに応じての日替わり

組み立ての内容は仕入れに応じての日替わり

5皿目には貝ひもや煮蛤など少し凝ったネタも

5皿目には貝ひもや煮蛤など少し凝ったネタも

「客が育てた」醤油

「ゑんどう」は醤油にも特徴がある。この店では客が醤油をつけるための刺し猪口(とも猪口)は供されない。すでに仕事がしてあるか、もしくは卓上の醤油を客自身がハケで塗る。

客自らハケで醤油を塗る。もちろんいったん口をつけた鮨に醤油を追加で塗ろうとする

客自らハケで醤油を塗る。もちろんいったん口をつけた鮨に醤油を追加で塗ろうとする"二度塗り"は控えられたし

「つまりはお客様に醤油を育てていただいているんです。でもたまに気を使われて、ハケがネタに触れぬよう、ハケの先から醤油を垂らして味をつけるお客様がいらっしゃる。直接ネタに触れるようにハケで醤油を塗っていただくことで、うちの醤油は育てていただいているんです」

市場内の鮨店には誰もが期待する。それは築地でも大阪でも、全国どこでもそうだ。たまに、訳知り顔で「市場の鮨は……」などと一段下に見るような物言いをする人がいるが、本来、市場は場内の仲卸や仕入れに来る調理人の仕事場。市場という場で営業し続けてきた老舗の味を、滅多にやってこない外野がどうこう言うとしたら、そのこと自体が妙な話だ。

店の場所は正面入口から左側に沿ってまっすぐ行った本場手前のこのあたり

店の場所は正面入口から左側に沿ってまっすぐ行った本場手前のこのあたり

看板の味の乗ったインドマグロはもちろん、ブリンッ!とした歯ごたえが抜群に楽しい白身も甘味と酸味が印象的な酢飯とよく合う。サワラやサヨリといった鮮度命!のネタも口に放り込めばつかみずし」として一体感のある味わいが口内に広がっていく。

思わず「うめえなあ……」と東京弁が口をつく。

郷に入りては郷に従え。プロの集う市場の食事を満喫したければ、市場のいなせな雰囲気を感じ取ることができるアンテナの持ち込みは必須。あとは周波数をピタリと合わせれば、極上の市場メシ体験が待っている。

「平均2~3皿」のところ、2日連続で5皿平らげてしまった

「平均2~3皿」のところ、2日連続で5皿平らげてしまった

ライター紹介

松浦達也
松浦達也
ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。
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