連載:松浦達也の大阪グルメ探訪

この「カステラ」の正体は!?安くて早くて旨くて名物がある店の無限の楽しみ方

大阪グルメ。そこには東京グルメとは一味もふた味も違う文化がそこにはある。
美味しさ、安さ、人の良さ…
フードアクティビスト・松浦達也がその魅力を徹底的に解剖してみた!

ライター紹介

松浦達也
松浦達也
ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。

「いい店とは」という問いに対する解答は無限にある。

僕にとっては問いが「いい大衆酒場とは」なら、「安くて早くて好みのつまみのある店」と答えるだろう。お題が「大阪のええ店とは」なら「お値打ちで活気があってうまい店」、「旅先で行きたい店」なら「そこでしかありつけないもののある店」なんて答えるかもしれない。

つまり東京者の僕にとって、「大阪のいい大衆酒場」という問いへの解答は「安くて早くて好みのつまみがうまくて活気があり、そこでしかありつけないもののある店」となる(長い)。

長くなってしまうのも仕方がない。人は非日常的体験に対しては慎重になるし、自ら選ぶとなればハードルも上がる――と言い訳をしておこう。

さて本日も大阪に来ている。早くに仕事が終わったので、難波あたりで明るいうちから軽く引っ掛けたい。そう思ったとき、つい足が向いてしまうのがこの店だ。理由はこの日替わりメニューが書かれたホワイトボードを見れば一目瞭然。

ぎっしり。夜になるとここから次々に消えていくが、早い時間なら選び放題

ぎっしり。夜になるとここから次々に消えていくが、早い時間なら選び放題

魚介を中心とした酒呑みの口元がゆるみそうなアテがぎっしりと書かれている。

中心価格帯は300~400円台。「お造り」には500円台のメニューもあるが、200円台のメニューもある。「鮭の皮焼」に至っては100円だ。しかも串焼きやおでんといったレギュラーメニューはカウンター上の短冊メニューのほうにずらり。ふらりと入った身としては何をつまみとするか、非常に悩ましい。

飲み物を注文して、メニューを眺めながらつまみの条件を整理してみた。こういうとき僕が注文するつまみの傾向はだいたい決まっている。「地もの」「店もの」「自分のもの」だ。

「地もの」は言わずもがな。地元ならではのつまみである。大阪の大衆酒場といえば、やっっぱりこれだ。

「(鯖の)きずし」である。関東圏で言えば「しめ鯖」だが、関西圏では呼称が異なる。そしてほとんどの大衆酒場に「きずし」がある。関東でも「しめ鯖」を置く居酒屋や大衆酒場は多いが、西の大衆酒場の定番感は関東よりも遥かに上を行く。関西の酒場できずしがないとがっかりしてしまう。

初めての店で「地もの」を頼むのは店との相性を探る意味もある。味つけの濃淡や、甘さなどは定番のつまみで測るのが一番いい。ちょっと仰々しく言うならば、継がれてきた連綿からは、その地域の食文化が見え隠れする。

次に頼むべきは「店もの」。その店でしかありつけないメニューだ。好みも加味すると当たり外れは確かにある。でもこの店で僕が必ず頼む「当たり」がある。訪れると必ず「今日ありますか?」と確認する「カステラ」というメニューがそれだ。

メニュー名はもちろん、見た目も確かに「カステラ」である

メニュー名はもちろん、見た目も確かに「カステラ」である

この店の「カステラ」は甘い卵菓子のカステラではない。黄色い部分は魚卵を寄せたもの、その上にカニ味噌が塗られている。人によっては痛い風が吹いてきそうなメニューだが、これを箸の先でつつきながら、日本酒をちびちびとやるのが、なんとも心地いい。

ときどき、大口を開けて食らいつきたくなる衝動に負けそうにもなるが、この店のカステラは品切れ必至、この店だけのスペシャリテだ。そもそも量を食べるようなつまみではないし、ここは1人でも多くの人がありつけるよう、グッとこらえるのが大人というもの。「持ちつ持たれつ」は酒場という社会でも必要とされる心構えだ、と思う。

「地もの」「店もの」と来れば、最後は「自分もの」だ。「自分にとっての定番つまみ」は個人的な経験値も高いはず。店との相性を測るのに最適と言っていい。僕の場合はこれだ。

もしくはこれ。

大根や玉子といったおでんもうまいのだが、本命はそちらではない。シューマイだ。立ち寄った大衆酒場や食堂の品書きにあると気づけば注文してしまっている。東京・吉祥寺の名焼鳥店「いせや」などはむしろシューマイを食べに行く飲み屋とさえ思っているフシがある。

この店のシューマイはおでん種としてのシューマイ串とコロコロとした焼きシューマイがある。だしをパンパンになるまで吸ったシューマイ串は串からひとつ引き抜いた瞬間、口のなかにおでんの複雑なだしがあふれてくる。

一方、焼きシューマイは香ばしい香りに加えて、カリッとした皮の食感の内側から押し寄せる肉の味わいが飲み物の注文を加速させる。

ゆとりがあれば「目につくもの」も候補に入る。前半で触れた「鮭の皮焼」100円

ゆとりがあれば「目につくもの」も候補に入る。前半で触れた「鮭の皮焼」100円

この店――「正宗屋」相合橋店は人気店だ。昼からの通し営業だというのに、平日の早い時間から満席となり、明るいうちから相席になることもある。かといって、遅い時間に訪れると「カステラ」や「きずし」などの名物が軒並み品切れということもある。

でもよそ者としては嘆いてはならない。本来、大衆酒場は地域の人のためのもの。その日、コップを傾けるべき人は他にいたのだ。今日食べられなかったつまみだって、考えようによっては次への宿題であり、いつか訪れるときのごほうびになる。時間をかけて店と心が通うようになったら、そのときこそ、心置きなく祝杯を上げればいい。

小一時間ほど飲んでいるうちに「鮭の皮焼」は早くも品切れ。まだ外は明るい

小一時間ほど飲んでいるうちに「鮭の皮焼」は早くも品切れ。まだ外は明るい

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