なぜ、人はこんなにも焼き肉に惹かれるのか。
肉が好きだから?ただ焼くというシンプルな調理法だから?それともみんなでワイワイ焼くというプロセスまでも楽しめるから?
今や、国民支持率NO.1メニューといっても過言ではないメニュー「焼き肉」の極め方を焼肉マニア小関氏が語りつくすこの連載。
ライター紹介
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小関尚紀
- リーマン作家/MBA/Yakiniku Journey(焼肉探検家) サラリーマン、作家。早稲田大学大学院修了。経営学修士。『焼肉の達人』(ダイヤモンド社)、『世界一わかりやすい「ゲーム理論」の教科書』(KADOKAWA 中経出版)など単著5冊。趣味の焼き肉は、予約困難店含め200店舗以上を訪店。日々、セクシーミートを探索しつつ、美しく、美味しい焼き方を独自に研究している。
「肉には赤ワイン」という固定概念を覆す!
焼肉と日本酒をペアリングとして合わせる焼肉店が増加し、すっかり定着しています。
焼肉と日本酒のペアリングの先駆け『六花界』(千代田区)グループに始まり、
- 六花界
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東京都 千代田区 鍛冶町
焼肉
2016年にオープンした、60種類の日本酒飲み放題の貸し切り焼肉『肉と日本酒』(台東区)、
- 肉と日本酒
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東京都 台東区 谷中
焼肉
同じく2016年にオープンした低温調理の焼かない焼肉店『29on』(新宿区)が定着に一役買った代表例です。
- 29ON 本店
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焼肉
肉料理といえば、ワイン…それも赤ワインじゃないのか!?もちろん、肉とワインの相性が良いのは、世界中の定説。否定するものではありません。
しかしそれ以上に、焼肉と日本酒の相性がペアリングとして良すぎるのです。
釈迦に説法ではありますが、日本酒は米を発酵して造る日本古来のお酒です。熱燗にしても冷やして飲んでも美味しいお酒は世界でも珍しく、四季折々のさまざまな楽しみ方をできるのが特徴です。
ペアリングで大事なのは、食材と喧嘩をしない調和、匂いや脂っこさを消すマスキング、料理単体よりも味がバージョンアップするシナジー効果、味の足りない要素をカバーする補完というポイントがあります。
実は日本酒は、いずれの機能も有している優れもののお酒。では、日本酒は牛肉との相性が良いと言われるのはなぜなのでしょうか。
肉と日本酒が合う合理的理由
日本酒は糖分・有機酸・アミノ酸など、さまざまな旨味成分を含んでいます。
旨み成分は、5つの基本味(甘味、酸味、塩味、苦み、旨味)の1つで、独立した味を構成する1つの公式の呼び名です。
なかでもアミノ酸はお酒にコクや旨味を与えてくれる成分で、アミノ酸度という数値で表されます。日本酒には発酵されるときに発生する約20種類のアミノ酸が含まれており、その中の1つに「グルタミン酸」があります。
一方で、牛肉には、核酸系の「イノシン酸」という旨味成分が含まれています。
「グルタミン酸」と「イノシン酸」は、干し椎茸に含まれる「グアニル酸」を含めて三大旨味成分を構成しています。
中でも「グルタミン酸」と「イノシン酸」の旨味成分のシナジーを生み出す組み合わせを、身近な例で聞いたことがありませんか?
昆布と鰹です。
この組み合わせは出汁をとるときに使われていて、「グルタミン酸」の昆布だしと「イノシン酸」の鰹だしによって、旨味のシナジー効果が生み出されます。
つまり、日本酒と牛肉の組み合わせでも同様の現象が起こります。さらに日本酒のそのほかの旨味成分が加わることで、より一層美味しく感じられるのです。
この組み合わせは、日本人が幼少期から慣れ親しんだ旨味の組み合わせなので、日本人はより旨味を感じやすいのが特徴。
特にアミノ酸系の旨味と核酸系の旨味は、旨味を強く発揮します。この2つが生み出すシナジー効果によって、単独で味わうときに比べて、旨味は最大で7~8倍にもなると言われています。
一方のワインはどうか?
赤ワインに含まれるアミノ酸量は日本酒の1/5で、白ワインに至っては1/10程度になり、日本酒は多種ある酒類の中でもトップクラスです。
誤解を恐れずに言うと、旨味成分データからみたシナジー効果を生み出すペアリングからみれば、肉とワインより、肉と日本酒の方が一歩も二歩もリードしています。
日本酒、ワイン、ビールなどのアミノ酸の含有量比較
(参考:福光屋の酒のアミノ酸データより)
つまり、日本酒は焼肉の最高のお供ということが科学的にも言えるのです。
酒質によって合う、合わないはありますが、総じて日本酒は牛肉の旨味を大いに引き出してくれルもの。口に含んだ牛肉の脂分が溶け、甘みが広がる、そんな幸せな時間をぜひ体感したいものです。
ペアリングとして、どういう日本酒が最適か?
ただし日本酒といっても一律に語ることはできません。作り方によって、味の濃淡、香りも違ってきます。
大きく分けると、
・フルーティ系 純米大吟醸や吟醸酒といった吟醸系
・軽快系 辛口や醸造用アルコールが添加された本醸造酒系
・旨口系 山廃、生酛の純米酒系(自然の力を活用した、昔ながらの日本酒の作り方)
・熟成系 長期熟成系
好みもありますが、焼肉には、濃厚なコメの旨味と、まろやかな飲み口が牛肉に合います。味の濃淡でいえば、濃。肉は赤身や程よく脂がついたものに向きます。
コメの旨味をダイレクトに感じやすい日本酒がタイプ的に合い、生酛、山廃で醸した酒はこのタイプが多い。
例えば、生酛づくりに、山廃仕込みは、明治末期に開発されたお酒の醸造方法の1つで、簡単に説明すると、古来から行われてきた醸造過程から山卸という工程のみを廃止し、自然発酵でじっくりと醸していく方法です。
一本一本に個性があり、肉の脂質と味の強さにも負けない強みがあります。
自然の力を借りてじっくりと作るこの方法で作られた日本酒は、一般的な製法での酒に比べて、酸味や重厚感のある芯が通った強い味に育ちやすい…つまり、山廃や生酛本来の強めの酸味と、柔らかい旨みを強調させることで、お肉の持つコクとお酒を非常に良い状態で調和させるのです。
(参考:日本酒のペアリングが良くわかる本)
山口県岩国市にある酒井酒造に、「五橋five」シリーズという日本酒があります。
2013年に登場したこのシリーズは進化をしており、近年では生酛仕込みへと進化しています。
一般的には、日本酒の仕込みには黄糀が使用されますが、fiveイエローは焼酎の仕込みに使用される白糀を使用しています。このfiveイエローこそ、肉との相性を意識して作られた日本酒と言っても過言ではありません。
お肉や油分のある料理との相性抜群です。一般的には、黄糀は白く、白糀の方が黄色いので、イエローと名付けられました。
白糀が生み出すクエン酸は、濃厚なコメの甘みにすっきりとした酸味で輪郭を与えてくれます。
白糀を使用し飲むと、メロンのような熟れた濃厚な独特な旨味。次いでクエン酸の強烈な酸味と喉の奥に少しの苦み。この苦みに伴う辛みを少し感じつつ、すっとキレて行きます。
抜け感も甘い果実、余韻も楽しめる個性的な味わいになります。
千葉県酒々井にある蔵元、飯沼本家の「肉正宗」は、肉に合わせるために誕生した純米酒もあります。牛肉に負けない大辛口でパワフルな酒質は、バランスよく肉の味を引きたてます。
肉×高級食材×日本酒の組み合わせは絶対堪能すべし
去年から今年にかけて、焼肉業界で「肉×高級食材」を合わせて食べる、肉カケルという食の組み合わせが流行しています。
例えば「牛肉×雲丹」であり、「牛肉×牡蠣」×「牛肉×トリュフ」です。牛肉をのせた雲丹めし。牛肉雲丹寿司、牛肉牡蠣寿司、牛肉と蒸し牡蠣。
これに日本酒は、ベストな組み合わせなのです。
ちなみにペアリングが確立されてから、本家フランスでもまだ30年程度です。
1987年にフランス・パリの3つ星レストラン「ルカ・カルトン」のオーナーシェフのアラン・サンドラスが、料理に合わせてワインを変えたコースが最初だと言われています。
コース料理が少量多皿に変化したことで、ボトル1本ですべての料理に対応が難しくなり、料理ごとに違うワインを提供したのがワインペアリングの始まりだとか。
肉と日本酒のペアリングの歴史は更に浅いことから考えると、まだまだ新しい組み合わせ、シナジー効果が期待できますね。